第23話 クリームファンデを作りましょう

「ファンデーションとやらを作るったって、どうやって作るんだよ」


 ティナは腕組みをしながら陽葵ひまりに尋ねる。アトリエの中心には陽葵とティナがいて、アリア、セラ、リリーは部屋の隅で見学をしていた。


 みんなから注目が集まる中、陽葵はとっておきの秘策を伝えるようにフフフと笑った。そのままアトリエの棚から、粉の入った瓶を取り出す。


「これを使うんだよ!」


 テーブルに並べられたのは、ホワイト、オレンジ、イエロー、ピンク、レッド、グリーンの細かな粉。これらは、以前ティナのアトリエを調査した時に見つけたものだ。


 色とりどりの粉を並べると、ティナは納得したように頷いた。


「カラーサンドか。各地の海や山から採取した土だな」


「そう! これって私の知っているクレイに近いと思ったんだよね。この色のついた土を使えば、ファンデーションだって作れるはず。それだけじゃない。チークとか口紅だって作れると思うよ」


「なんだそれは?」


「まあ、その辺は追々説明するとして、まずはファンデーションを作ろう。処方は乳液をベースにして、そこにカラーサンドを加えればできるはず!」


「色付きの乳液を作るイメージか?」


「さっすがティナちゃん、話が早い!」


 ファンデーションの剤型は、クリームタイプ、パウダータイプ、リキッドタイプなどさまざまだが、コスメ工房にある商品を応用して作るならクリームタイプが手っ取り早い。保湿力も高いから、乾燥したこの国で使うにもうってつけだ。


「そうと決まれば、さっそく作ってみよー」


 張り切って拳を突きあげた陽葵だったが、ノリを合わせてくれる人はいなかった。しゅんとしながも、気を取り直してファンデーション作りを開始した。


「まずはアリア様の肌の色に合わせて、カラーサンドを調整します。アリア様、こちらに来ていただけますか?」

「え……ええ」


 アリアは陽葵の勢いに押されながらも、素直に従った。そのまま陽葵の隣にある椅子に腰かけた。陽葵はアリアの肌の色とカラーサンドを交互に見比べる。


「ベースはホワイトのカラーサンドを使って、そこにイエローとピンクを足していく感じかなぁ」


 すり鉢と匙を準備してカラーサンドを計ろうとすると、アリアはムスッとした表情で抗議した。


「イエローなんて入れる必要ないわよ。肌を白くしてほしいんだからホワイトだけで作って頂戴」

「そうはいきませんよ」


 陽葵は即座に拒否する。怪訝そうな顔をするアリアに、陽葵はファンデーションの役割を伝えた。


「ファンデーションは、肌の色むらをカバーして美肌に見せるアイテムなんです。もとの肌の色を無視して白いものを塗ったら、顔だけが白くなって不自然な仕上がりになってしまいますよ」


「それなら、全身に塗れば……」


「そういうわけにはいきません。もとの肌の色に合わせたファンデーションを使うのが鉄則なんです」


「そしたら肌を白くしたいっていう目的が果たせないじゃない」


 アリアは肌を白くすることにこだわっているようだ。まずはその考えを改めてもらう必要がある。


「いいですか、アリア様。色白であることだけが美しさじゃありませんよ。アリア様のナチュラルベージュの肌だって健康的で素敵です」


 白い肌にはないナチュラルベージュ肌の魅力を語る。まずは自分の持つ素材の価値に気付いてほしかった。


 肌の色は生まれつきのものだから、後天的にどうこうできるものではない。日焼けをしないように気を付けることはできるけど、それでも生まれつき色白の人のような肌には簡単にはなれない。


 それならば、自らの素材に価値を見出して、最大限魅力を引き出すほうにシフトした方が手っ取り早い。アリアにもそのことに気付いてほしかった。


 だけど長年抱えていたコンプレックスは、簡単には拭えないよう。アリアは俯きながら拳を握り締めていた。


「白くないと、美しくないわ……」


 陽葵は小さく溜息をつく。


(そう簡単には説得できないか……)


 だけど諦めるのはまだ早い。いまはアリアの肌に合ったファンデーションを作ることに注力した。


「とりあえず、アリア様の肌の色に合わせてカラーサンドを調合しますね」


 アリアはまだ納得していないようだったが、カラーサンドを調合することにした。


 まずはホワイトを匙ですりきり10杯。そこにイエローを2杯、ピンクを2杯入れた。そこでふと、日焼け止めクリームで使用した星の砂を思い出した。


「紫外線対策として星の砂も入れておきましょうか」


 既に魔法をかけてある星の砂を、ひと匙加える。粉体の原料を入れ終わったら、すりこぎ棒を使って全体を混ぜ合わせた。


 ホワイト、イエロー、ピンクの粉が混ざり合って均一な色になったところで、次のステップに移る。


「次に精製水とオイルを湯せんで温めるんだけどー……」


 陽葵はティナにじーっと視線を送る。訴えるような眼差しを前にして、ティナはすぐにやるべきことを察した。


「はいはい、お湯な。パラドゥンドロン」

「ありがとー、ティナちゃん」


 ボールにお湯を張ってもらったところで、精製水を入れたビーカーとホホバオイルを入れたビーカーをそれぞれ湯せんで温めた。


 両方が温まった頃合いに、オイルを入れたビーカーを取り出す。そこに先ほど調合したカラーサンドを加えた。


「全体を混ぜ合わせながら精製水を少量ずつ加えるんだけどー……」


 またしてもティナを凝視する。相変わらずティナは察しが良かった。


「水と油を混ぜろと?」

「お願いします」

「はいはい、パラドゥンドロン」


 ティナに魔法をかけてもらい、水と油が混ざる。しっかり混ぜ合わせたらクリームファンデーションの完成だ。仕上げとして、テクスチャーを調整してもらい、腐らないための魔法もかけてもらった。


「完成!」


 ナチュラルベージュに染まったクリームを前にして、陽葵は嬉しそうに声をあげる。その隣から、アリアが興味深そうに手元を覗き込んだ。


「これを肌に塗ればいいの?」

「そうですね。だけどその前に色合わせとパッチテストをしたいので、ちょっとお付き合いいただいてもいいですか?」

「何をすればいいの?」

「アリア様はじっとしていらっしゃるだけで結構ですよ」


 陽葵は匙で少量クリームを取り、自分の手の甲に乗せる。それを指先で軽くなじませてから、アリアに向き直った。


「アリア様、ちょーっとお顔失礼しますね」

「え……って、ひゃうっ! 何なんなのよ急に!?」


 陽葵が顔と首の境目のフェイスラインに触れると、アリアは驚いたような声を出した。


 一瞬だけ騎士のセラが剣を抜きかけたが、すぐに害のあるものではないと判断したのか、剣は抜かないでくれた。王女様相手に無礼な行動を働いたが、何とか命拾いした陽葵だった。


 セラから睨まれていたことすら気付かない陽葵は、熱心にファンデーションの色味とアリアの肌を見比べる。


「うんうん。色はちょうどいいみたいですね」


 ファンデーションの色味は、フェイスラインで確かめるのが一般的だ。顔と首の境目を見ながら一番馴染む色を選ぶと失敗しにくい。


 完成したクリームファンデーションは、アリアの肌に自然と馴染んでいる。カラーサンドの調合はバッチリだったようだ。色を確認した後、濡らした布でファンデーションを拭き取る。


「あとは肌に異常が現れないかパッチテストをしたいんだけどー……今日は塗り方まで説明したいからティナちゃんの魔法で時間を短縮させてもらおう」


 本来であれば肌に塗ってから一日は様子を見たいところであるが、王女様に明日もご足労願うのは気が引ける。一日でパッチテストまで済ませるには、ティナの魔法に頼るのが最適だった。


 ファンデーションを二の腕に馴染ませ、ティナの魔法で時間を進めてもらう。問題がないことを確認してパッチテストも完了させた。


「よし、ファンデも完成したことだし、さっそくお顔に塗ってみましょう」

「ええ。お願いするわ」


 アリアは緊張した面持ちで陽葵に向き合う。そのままそっと目を閉じて、メイクが施されるのを待った。

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