第22話 王女様のお悩み

 王女様の話を聞くため、店内に居たお客さんには急いで買い物を済ませてもらい、扉の看板をクローズに切り替えた。


 お客さんが居なくなったところで、陽葵ひまりの椅子をアリアに譲り渡し、一同は話を聞く体勢になった。


 注目を集める中、アリアは俯きながら話を始めた。


「見ての通り、私は生まれつき肌が黄色いの。二人のお姉さまは、お母さま譲りの白い肌で生まれたのに、私は全然白くなくて……」


 言葉を詰まらせたアリアは、悔しそうに唇を噛む。そんなアリアをセラがすかさずフォローした。


「アリア様は王様似ですからね。仕方のないことかと」

「仕方ないなんて言わないで!」


 強い口調でセラを制するアリア。ドパーズのようなイエローの瞳には、わずかに涙が滲んでいた。アリアはギュッと拳を握りながら言葉を続ける。


「この肌のせいで、周りから散々陰口を叩かれたんだから。第一王女と第二王女は雪のような肌を持つ絶世の美女なのに、第三王女はどうして凡庸なのかって。もしかして妾の子なんじゃないかって噂をされたことだってあったわ!」


 確かに姉妹の中で一人だけ肌の色が違ったら、気になってしまう人もいるのかもしれない。だけど妾の子なんて陰口を叩くのはあんまりだ。


 世の中には人の容姿をネタにして貶めてくる人間が一定数いる。アリアの陰口を言っていた人物もそういう類の人間なのだろう。


 容姿は表に現れるものだから、叩きやすいし、周囲からの共感も得やすい。アリアを貶した人物も、世間話のひとつとして話題にあげたのかもしれない。


 だけど言われた方は深く傷つく。生まれ持ったものをあれこれ言われるのなら尚更だ。


 アリアは興奮した気持ちを抑えるように、一度深呼吸をする。それから意思の籠った瞳を陽葵に向けた。


「3日後に国外の来賓を招いた社交界があるの。その時までにお姉さまたちのように肌を白くしたいの。そうじゃないと、また惨めな思いをすることになるわ」

「アリア様……」


 セラは目を伏せながらアリアの肩に触れる。専属騎士として傍で仕えている身だからこそ、アリアの気持ちが分かるのかもしれない。


 気丈に振舞っていたアリアだったが、セラに触れられたことで心が緩んだのか、再び瞳に涙が滲んだ。


 アリアは涙を隠すように俯く。握りしめた拳は小さく震えていた。


「お姉さまに比べたら、私なんて全然だめ。色白じゃないし、童顔だし、太りやすいし、いいところなんて全然ない。可愛くない自分が大嫌い……」


 小さな拳に雫が零れ落ちる。ぐすんと鼻を啜る音も聞こえた。


 アリアは自分の容姿にコンプレックスを抱き、悩み苦しんでいる。身近に比較対象がいるのなら、惨めな気分になるのも無理はない。


 それでも、自分のことを大嫌いなんて卑下してほしくなかった。


 陽葵はそっとアリアのもとに近付く。椅子の前までやって来ると、騎士のようにその場で跪いてアリアを見上げた。


「アリア様、ひとつ大事なことをお伝えしますね」

「なによ?」


 突然跪いた陽葵を見て、アリアは目を丸くしながら驚く。そんなアリアを真っすぐ見つめながら、陽葵はすーっと一度息を吸ってから訴えた。


「女の子はみんな可愛いんです」


 唐突な陽葵の叫びに、アリアだけでなく他の面々も唖然とする。しんと沈黙が走った。


 アリアは目をぱちぱちさせながら尋ねる。


「なんなの、急に?」


 その質問を皮切りに、陽葵は一気に持論を展開した。


「女の子はみんな可愛いと言ったんです。確かに顔の造りに違いはありますよ? 目が大きいとか鼻が高いとか肌が白いとか。顔立ちの整った人と自分を比べてしまって落ち込む気持ちも分かります。とくに私の国ではSNSなんてものが流行っていて、スマホを開けば美人で溢れ返っていますからね。それと比較して落ち込んでしまう気持ちも分かります」


「えすえぬえす? すまほ? あなたは一体何を言ってるの?」


「そんなのはいまはどーでもいいんです! 私が言いたいのは、顔立ちの整った人と比較したって、あなたが可愛いという事実は揺らがないということです!」


 ヒートアップした陽葵は、さらに捲し立てる。


「可愛いというのは顔の良し悪しだけではありません。楽しい時に見せるとびきりの笑顔とか、好きなものを前にした時のキラキラした瞳とか、恥じらって赤らめた頬とか、そういう些細な仕草も含めて可愛いんです!」


 周りがポカンとしているのも気にせず、陽葵は意思の持った瞳で主張した。


「女の子はみんな可愛い。誰が何と言おうと、そこに例外はありません」


 きっぱり言い切る陽葵を見て、アリアはおずおずと尋ねる。


「その理屈だと、あなたも自分のことを可愛いと思っていることになるんじゃ……」


 その問い掛けには迷うことなく答えられる。


「思ってますが何か?」


 真顔で自らを可愛いと主張する陽葵。潔い反応にティナとセラが苦笑した。


「言い切ったな」

「凄い自信ですね」

「でも、カッコいいです……」


 概ね引いたような反応だったが、リリーだけは尊敬の眼差しを向けてくれた。陽葵は構うことなく続ける。


「別に私は、顔が整っていると自画自賛しているわけではありませんよ。女の子は可愛いという理論に自分も当てはまっていると言いたいだけです。あと私は可愛くなるための努力を怠っているつもりはありませんからね。そういう日々の積み重ねが自信に繋がっているんです」


 理由を添えると、陽葵はそっとアリアの手を取った。


「そういうわけなので、アリア様は可愛いんです。自信を持ってください」


 アリアの瞳に光が宿る。だけどまだ信じ切れないのか、すぐにそっぽを向いて視線を逸らした。


「そんなの詭弁よ。みんながみんな、可愛いわけがないじゃない……」

「その後ろ向きな考えがいけませんね」


 陽葵はアリアの手を取りながら立ち上がる。そのまま椅子から立ち上がらせるように手を引いた。


「アリア様は可愛い」

「なっ……なによそれ?」


 陽葵に手を引かれるままに立ち上がるアリア。突然の言動に戸惑っているようだった。それでも陽葵は止まらない。


「アリア様は可愛い。リピートアフタミー?」

「リピートって……」

「こういうのは思い込んでしまった方がいいんです。ほら、アリア様もご一緒に!」

「えぇ……」

「ほら、恥ずかしがらずに。アリア様は可愛い。はいっ」

「ええっと、その……アリア様は可愛い」

「アリア様は超可愛い。はいっ」

「ア……アリア様は超可愛い」

「アリア様は最強に可愛い。はいっ」

「アリア様は最強に可愛い」

「エクセレント!」


 陽葵は大袈裟に叫びながら、パチパチと拍手をする。その様子をティナが呆れたように眺めていた。


「なんだこの茶番は……」


 完全に引いていた。


「まあ、アリア様が可愛いのは紛れもない事実ですけどね」


 その一方で、セラは涼し気な顔で肯定した。


 自己洗脳とも言える暗示をかけた陽葵は、にっこりとアリアに微笑みかける。


「そのことを肝に銘じておいてくださいねっ」


 言いたいことを伝えると、陽葵は颯爽とアリアから離れ、ティナの隣に立った。解放されたアリアは、放心したようにぺしゃんと椅子に座り込んだ。


「あなた、一体なんなのよ……」

「私はコスメ工房のスタッフです。アリア様が可愛いのは疑いようもありませんが、その可愛さをもっと引き出すお手伝いならできますよ。私とティナちゃんで」


 そう宣言しながら、陽葵はティナの肩に手を回す。突然肩を組まれたティナは、鬱陶しそうに腕を振りほどいた。釣れないなぁと思いつつも、陽葵はアリアの自信を取り戻すための計画を明かした。


「ファンデーションを作りましょう」

「ふぁんでーしょん?」

「はい、肌を綺麗に見せるためのメイク用品です。美白化粧品は即効性がないですが、ファンデなら手軽に肌を綺麗に見せられますよ」


 肌を白く見せたいというのなら、ファンデーションを使うのが手っ取り早い。


 といっても、もとの肌の色を無視して真っ白にするつもりはない。もとの肌の色に近いファンデーションで綺麗に見せる。その方が彼女が本来持つ美しさを引き出せる気がした。


 陽葵は改めてアリアを見つめる。


 コンプレックスに感じているナチュラルベージュの肌は、健康的な肌と捉えられる。黄色みがかった瞳の色ともマッチしていた。そのバランスを崩したくない。


「とりあえずは、ナチュラルベージュのファンデを作りますか」


 よしっと意気込んでから、陽葵はアトリエに走った。

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