第11話 いよいよ発売!いざ町へ

「うわぁ! 見て見て、ティナちゃん。見渡す限りのラベンダー畑!」


 目の前に広がる紫色の大地を眺めながら、陽葵ひまりは興奮気味にティナの腕を引っ張った。


 紫色の花穂を付けたラベンダーは、地平線の彼方まで広がっている。あまりに美しい光景を前にして、陽葵は目を輝かせた。


「よし、死ぬまでに一度は見たい絶景に認定しよう!」


 拳を握って意気込む陽葵とは対照的に、ティナは相変わらずクールに応対する。


「大袈裟な。たかがラバンダ畑ごときに」


 ティナはとんがり帽子が風で飛ばないように押さえながら、さして興味のないように紫色の大地を眺めていた。


「相変わらず塩対応だなぁ、ティナちゃんは」


「塩でも胡椒でも何でもいい。それより、もう少し大人しく乗っていられないのか? ヒマリがはしゃぐたびに荷台が揺れて落ち着かない」


「はいはい、わかりましたー。町に着くまで静かにしてるよー」


 ティナに注意されたことで、陽葵は大人しく膝を抱えた。


 陽葵とティナは、荷馬車に乗っている。完成した化粧水と乳液を町に売りに行くためだ。


 試作品の安定性試験を無事にクリアして、正式に商品化に踏み切ることができた。

 初回生産は化粧品、乳液が各50個。これはティナから助言されて出された数字だ。


 この世界では概念すら存在していない化粧品がいきなり50個も売れるのか不安ではあったが、ティナは町で捌ききれなくても店におけるから平気だと言われた。不安はあったが、ひとまずはティナの言葉を信じることにした。


 初回生産数が決まってから、二人は量産化のステップに移った。製造現場におけるスケールアップという工程だ。


 化粧水も乳液もビーカーでちまちま作っていたら途方に暮れてしまう。一気にまとめて生産するため、50個分の材料を一気に大釜に投入して生産した。


 念のためスケールアップ後の製品も、パッチテストと安定性試験を実施。いずれも試験をクリアしたため、こうして売り物として完成した。


 とはいえ、閑古鳥が鳴いている魔法薬店に化粧品を並べたからって、すぐに売れるはずがない。そこで宣伝も兼ねて、町で売り歩くことに決めた。


 当初ティナは町に出ることを渋っていたが、「貧困生活から脱出するために頑張ろう」と説得すると、嫌そうな顔をしながらも頷いてくれた。


 完成した商品を持って町に出ようとしたのだが……そこで重大な問題に気付く。


 小瓶に詰められた計100個の化粧品を持って箒で飛ぶなんてどう考えても不可能だ。そこに体重××キロの陽葵も加わったら、明らかに重量オーバーだ。


 そこで召喚したのがラベンダー農家のロラン爺さん。(実際にはロラン爺さんの家に赴いただけだが)


 ティナが町まで荷馬車で運んでほしいとお願いすると、真っ白な髭を携えたロラン爺さんは「ふぉっふぉっふぉっ」と笑いながら承諾してくれた。


 そんな事情から、現在二人は荷馬車に揺られながら町まで向かっている。


「それにしても、ティナちゃんにも頼れる相手がいるようで安心したよ。一人ぼっちで森で暮らしていると思っていたから心配してたんだー」


 静かにしているというティナとの約束を10秒で忘れた陽葵は呑気に話しかける。


「頼れる相手ってロランのことか? 別に頼っているわけじゃないぞ。この間、魔法で屋根の修理をしてやったから、その借りを返してもらっているだけだ」


「ティナちゃん、いくら魔女さんだからって呼び捨ては……。目上の方は敬わないとだよっ」


「はあ? 私はロランが鼻たれ小僧の頃から知ってるんだぞ?」


「ふぉっふぉっふぉっ」


 ティナが失礼な物言いをしているにも関わらず、ロラン爺さんは気にする素振りもなく呑気に笑っていた。おおらかなのか、単に耳が遠いだけなのかは分からないが。


「ティナちゃんからすれば、いま生きている人間はみんな小僧と小娘なんだね」

「まあ、そうだな」


 ティナの実年齢は200歳を超えている。陽葵の目には、高校生くらいにしか見えないが、実際はそんじゃそこらの人間よりもずっとお姉さんだ。


「ティナちゃんが若作りなことはよーくわかった」

「侮辱されているような気がするが……まあいいか」


 失礼な物言いを敏感に察したティナだったが、それ以上追及されることはなかった。


 それからも二人は、のんびり荷馬車に揺られながらどこまでも広がるラベンダー畑を眺めていた。


~*~*~


 日が高くなった頃に、陽葵たちは町に到着した。目の前に広がる町並みを見て、陽葵は再び目を輝かせる。


「なんて可愛い町なの! まるで絵本の世界みたい!」


 やって来たのは丘に沿うように建物が並んだ西洋風の町。丘の頂上には白いお城が建っていて、遠くから見ると天空に浮かぶ城のように見えた。


 お城の周辺には褐色の屋根に白い石壁の建物が連なっている。澄んだ青空によく映える、明るい雰囲気の町並みだった。


「おい、勝手にフラフラするな。中央広場に行って売り場を確保するぞ」


 ティナから注意をされたことで、陽葵は本来の目的を思い出す。


「そうだよね。今日はお仕事で来たんだもんね。観光はまたの機会に」


 あちこち見て回りたい気持ちをグッと堪えて、陽葵は商品が詰め込まれた木箱を運ぶ。そのままティナの後を追って、中央広場へと向かった。


 中央広場には大きな噴水があり、その周囲に沿うように様々な露店が並んでいた。帽子屋、アクセサリー屋、靴屋など個性豊かな露店ばかり。店先に並んでいる商品はどれもこれも手作り感満載で、フリーマーケットのような雰囲気が漂っていた。


「凄い! 小さなお店がたくさん」

「この辺りは個人の商人が店を開いているんだ」

「この世界って、無許可で路面販売しても大丈夫なの?」


 何気なく尋ねると、ティナは不思議そうに首を傾げた。


「商売なんてどこでやったって構わないだろ? いちいち誰かに許可を取る必要はない」


「規制がないんだね。良かったぁ」


 この世界の常識を知って、陽葵はホッと安堵する。


 もとの世界だったら、路面で手作り化粧品を販売するなんてご法度だ。そもそも素人が手作り化粧品を販売すること自体が禁止されているし、無許可で路上販売するのもNGだ。


 この世界でも売り方に関しては何かしらのルールがあるのかと思っていたが、案外緩いらしい。誰にも取り締まられないのであれば、堂々と販売できる。


「よーし、じゃんじゃん売っていこう!」


 陽葵は意気込みを見せると、持参したピクニックシートを広げた。その上に化粧水と乳液を綺麗に並べる。


 シートに並べられた小瓶を眺めながら、ティナは目を細めた。


「これだとただの魔法薬を売っているようにしか見えないな」


 確かにティナの言う通り、小瓶が並んでいるだけでは化粧品とは判断できない。そもそも化粧品のない世界なのだから、この世界の住人から見たら魔法薬が並んでいるようにしか見えないだろう。


 だけどその辺りは、陽葵も想定済みだ。


 陽葵は、フフフと得意げに笑いながら、厚紙を取り出した。


「お客さんにもどんな商品か分かってもらえるように、ちゃーんと準備してきたよ」

「なんだそれは?」


 ティナは陽葵の持っている紙を訝し気に見つめる。そこで陽葵は紙の正体を意気揚々と明かした。


「じゃーん! 手書きPOPを作りましたぁ!」

「てがきぽっぷ?」


 聞きなれない言葉だったのか、ティナはまじまじと紙を見つめる。その姿を得意げに見つめながら、陽葵は手書きPOPの役割を伝えた。


「商品の魅力を文字とイラストで分かりやすく紹介したものだよ。昔、ドラッグストアでバイトをしていた時によく作ってたんだー」


 紙に書かれているのは、女の子が顔に化粧水を塗って目を閉じているイラストだ。その傍らには『肌を潤して乾燥知らず』『しっとりぷるん』といった縁取りされた文字が並んでいる。どれも陽葵が書いたものだ。


「おお……。確かにこれを見れば、顔に塗る液体であることは認識できるな」

「でしょう?」


 ティナから同意されたことで、陽葵は得意げに胸を張る。その直後、別の点に驚かれた。


「というかお前、この世界の文字が読み書きできるようになったんだな……。ついこの間までは、魔法の眼鏡をかけないと読めなかったのに」


 確かに数日前までは、陽葵はこの世界の文字が読めなかった。だけどもう、その欠点は克服している。


「あれから勉強したからねー。これでも私、お勉強は得意な方なんだよ?」


 もともと何かを知るのが好きな陽葵は、勉強が好きだった。おまけに暗記する力は人一倍ある。陽葵がその気になれば、異世界の文字を理解するのも容易いことだった。


 意外な一面を目の当たりにしたティナは、驚いたように目をぱちぱちとさせていた。


「元気だけが取り柄のお馬鹿かと思いきや、意外に賢いんだな」

「えへへ、それはよく言われるー」


 陽葵は照れるように笑っていた。

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