第10話 試作品を作りましょう
「ではこれから、試作品を作っていきます! わぁ~、パチパチ」
「随分張り切ってるな」
店を閉めた後、
精製水、グリセリン、ラベンダー精油、ウォッカ……ここまでが化粧水の材料だ。
「とりあえず、化粧水から作ってみようか!」
「ああ、頑張れ」
「ティナちゃんも手伝うんだよ。主に魔法で」
「はいはい」
ティナはうんざりしたような顔をしながらも、何とか協力してくれた。
「まあ、作るって言っても、材料を入れて混ぜるだけなんだけどね」
基本的な作り方は前回と同様だ。材料を計って混ぜるだけ。
「まずは、ビーカーに精製水を200ml注ぎます」
今回はアロマウォーターではなく精製水を使用する。井戸水から不純物を除いて純度を高めたものだ。精製水は魔法薬の調合でも使うらしく、ストックが大量にあった。
ビーカーに計り取った精製水は、いったん小脇に置いておく。そして残りの材料を手元に集めた。
「次に、グリセリンひと匙とウォッカひと匙を別の容器で混ぜ合わせてから、精油を加えていきます」
「いまさらだが、なんでウォッカなんて入れるんだ?」
「アルコールを加えると、化粧水に清涼感を与えられるんだよ。あとは精油を水と馴染ませやすくしたり、防腐剤としての役割を果たしたりするんだ。本当はアルコール濃度が99%以上の無水エタノールがあるといいんだけど……流石にそれはなさそうだったからねぇ」
アルコール度数の高いウォッカでも代用はできる。ティナの家にあったのはアルコール度数が40%以上のものだったため、それを使わせてもらうことにした。
グリセリンとウォッカを混ぜ合わせた中に、ラベンダー精油を2滴加える。アトリエにふわっとラベンダーの香りが漂った。心地よい香りで陽葵は、思わず表情を緩める。
「最後に精製水を加えて混ぜ合わせれば完成だよ!」
ガラス棒を使ってくるくると攪拌する。その様子をティナもじっと見守っていた。
なんだか見習い魔女さんに魔法薬の作り方を指導しているようで、ちょっとだけ誇らしい気分になった。実際には、ティナの方がずっと年上でベテランの魔女なのだけれど。
「よし、化粧水は完成!」
「今回も随分簡単なんだな」
「うん。原料を計って混ぜるだけだから簡単にできるよ!」
ティナが出来上がった化粧水をまじまじと見ているうちに、次の準備を始める。
乳液は化粧水と比べるとちょっと難易度が上がる。水溶性の成分と油性の成分を混ぜるのにひと手間かかるのだ。
ひとまずは、精製水、ホホバオイル、ラベンダー精油を並べる。本来であれば水と油を混ぜ合わせるために乳化ワックスを必要とするが、ティナのアトリエを見た限りでは存在していなかった。
だけどその欠点を補えるだけの力がある。いや、魔法がある。
陽葵はビーカーにホホバオイルを入れて湯せんで温める。同時に精製水も湯せんにかけた。
両方が温まった頃合いに、陽葵はティナに視線を送る。
「ティナちゃん、お願い。水と油を混ぜて!」
「はいはい」
事前に打ち合わせをした通り、ティナは2つのビーカーを手に取る。温まった精製水をオイルの中に注ぎながら呪文を唱えた。
「パラドゥンドロン」
ポンと小気味いい音が響く。見た目ではあまり変化がないが、多分成功しているはず。陽葵はビーカーを受け取り、泡だて器で勢いよく混ぜ始めた。
「よーし、混ぜろー!」
素早く手を動かしてビーカーの中身を混ぜ合わせる。しかし、素手ではどうにも限界があった。
「もっと素早く混ぜたいんだけど……」
「あー、はいはい。泡だて器を貸せ」
泡立て器を差し出すと、ティナは再び魔法をかけた。
「パラドゥンドロン」
すると、泡だて器が素早く回転し、電動泡立て器へと変身した。
「さっすがティナちゃん」
「まあ、効力は5分そこらだと思うけどな。そういう道具が欲しいなら、町の発明家に依頼しろ」
「発明家なんているんだ!」
「リス族の喧しい小娘だけど、腕は悪くない。私も何度か依頼したことがある」
「リス族!?」
発明家という部分よりもそっちの方が気になってしまった。リス族ということは、もふもふの尻尾を携えているのではないかと想像してしまう。
「もふもふしたいなぁ」
「いまの話をどう聞いたら、そういう感想が思い浮かぶんだ」
ティナは呆れたように陽葵を見つめていた。
そうこうしているうちに、ビーカーの中身が白っぽく乳化する。そこにラベンダー精油を2滴ほど加えて、もう一度混ぜ合わせた。
「よし、完成!」
ティナの協力もあり、あっという間に乳液も完成した。
それにしても、魔法があれば乳化剤不使用の化粧品が簡単に作れるのは驚きだ。もとの世界でも応用できたら、ナチュラル志向のお姉さまから絶大な支持を集めそうだ。
「とりあえず使ってみようか!」
出来上がった化粧水と乳液を手の甲に付けてみる。ティナも真似していた。
「うーん、ラベンダー精油の香りで癒される~。ウォッカでグリセリンのべたつきを押さえたからベタッと感は薄れているね~。乳液はもうちょっととろみがあってもいい気がするけど」
「とろみってなんだ?」
「とろーっとした感触になることだよ。ほら、お料理に水溶き片栗粉を入れるような」
「なるほど。じゃあ、とろみとやらを付けてみるか?」
「できるの!?」
「ああ」
「天っ才!」
またしてもティナの魔法に助けられてしまった。これで増粘剤を使わずとも感触が自由自在に操れることも発覚した。
テクスチャーは合格だ。あと課題になるのは、品質保持だ。
「手作り化粧品は防腐剤を使っていないから、使用期限が短いんだよね。自分で使う分にはコントロールできるけど、商品として売るにはちょっと心配だなー……」
化粧品は開封してから使い切るまでに雑菌が混入するリスクがある。市販の化粧品には品質保持のためにパラベンやフェノキシエタノールなどの防腐剤が用いられているが、ティナのアトリエにそれらがあるとは到底思えない。
陽葵は困ったような表情を浮かべながらティナを見つめてみる。その訴えに気付いたティナは、はあと溜息をついた。
「要するに、コレを腐らなくすればいいんだな?」
「それもできるの?」
「半年くらいだったらなんとか」
「十分だよ!」
これで防腐剤の問題もクリアできた。通常の化粧品よりは期限が短いが、半年で使いきれる程度の容量に調整すれば使い切ってもらえるだろう。使用期限を明記した取扱説明書は必須になりそうだけど。
「とりあえず、試作品はこれでオッケーだね。あとは安定性試験をクリアできれば商品化できそう」
「安定性試験ってなんだ? この前のパッチテストとは違うのか?」
「パッチテストももちろんするけど、そのほかにも化粧品が温度や湿度、光の影響を受けた時にどんな風に変化するのか確認するんだ。要はお客さんが安全に化粧品を使い続けるためのテストだね」
「それなら魔法でも確認できると思うが」
ティナは再び魔法をかけようとしたが、陽葵は申し出を断った。
「試験環境を作るのはお願いしようかと思うけど、実際の試験は魔法じゃなくて、自分の目で見て確かめたいなって」
魔法で安定性試験が済ませられることは、これまでのことから何となく予想はできた。だけど、お客さんが安全に使えるか確かめるテストは、自分の目で確かめたかった。
もちろん、ティナの魔法を信用していないわけではない。これはあくまで、陽葵の気持ちの問題だった。
化粧品開発者の端くれとしては、自分の目で見て安全と判断したものを世に送り出したかった。
「まあ、私としてはどっちでも構わないが」
陽葵の開発者としてのこだわりまでは伝わっていないようだったが、ティナは納得してくれた。
「それじゃあ、安定性試験は後でやろうね。それが済んだら、いよいよ発売だよ!」
自分で作った化粧品を異世界で販売することを想像すると胸が躍る。初めて見る化粧品を前にしたら、異世界の女の子たちはどんな反応をするだろうか?
きっとティナが初めて化粧水を使った時と同じように、喜んでくれるに違いない。そんな想像をすると、思わず表情が緩んだ。
ニマニマ笑う陽葵を見て、ティナは冷静に話を切り出す。
「浮かれているところ悪いが、初回はいくつ生産するつもりだ?」
「ん?」
「価格はいくらで売る? 儲けはいくら取るつもりだ?」
「んん?」
ファンタジー世界らしからぬ現実的な話を振られる。もとの世界でいつぞや参加した商品戦略会議を思い出した。
企画部と営業部と製造部がバチバチに戦うおっかない会議だ。研究開発部の面々はビクビクしながら会議の成り行きを見守っていたのを覚えている。
「ああー……。嫌なことを思い出した」
「嫌なことって……。いくつ生産していくらで売るかは大事な問題だろ」
ティナの言っていることはもっともだ。だけど正直なところ、売り方に関しては全く考えていなかった。
「えーっと、それはまあ適当に……」
陽葵が苦笑いを浮かべながら答えると、ティナは再び溜息をついた。
「ものづくりは得意だけど、商売はからっきしといったところか」
「ごめんなさい……」
クラクラする頭を押さえるティナに、陽葵は平謝りした。
「しょうがない。売り方に関しては私が考える」
「ありがとー! ティナちゃん」
こうして販売戦略はティナに丸投げして、化粧水&乳液の商品化計画がスタートしたのだった。
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