第7話 美肌の基本!化粧水を作りましょう
部屋の中央には木製のテーブルが置かれており、その上にはビーカーやフラスコなどの実験器具が整然と並んでいた。
左右の棚には植物の入った瓶がずらりと並んでいる。昼間にお店で見せてもらったものよりもずっと種類が多かった。
「魔女のアトリエだ……。本物を見られるなんて夢みたい……」
目を輝かせる陽葵を横目に、ティナはアロマウォーターの入った瓶をいくつか並べる。
「これでいいのか?」
「うんうん、ありがとう!」
陽葵は瓶の蓋を開け、手のひらをパタパタさせながら香りを確認する。
「香りからして、これはローズ、こっちはラベンダー、もうひとつはネロリかな……。ティナちゃんはどの香りが好き?」
「そうだな……。強いて言えば、これかな……」
ティナが指さしたのはネロリだった。ビターオレンジの花から抽出されるアロマウォーターで、オレンジフラワーウォーターと呼ばれることもある。上品なフローラル調の香りの中にほのかに柑橘系の爽やかさが混ざっているのが特徴的だ。
ネロリは「天然の精神安定剤」と呼ばれるほどのリラックス効果があり、気分が落ち込んでいるときや前向きな気分になりたいときには最適だ。保湿効果も期待できるため、化粧水の成分としても人気を集めている。
「じゃあ、ベースの成分はオレンジフラワーウォーターにしようか」
「ベースの成分?」
ティナは首を傾げながら尋ねる。そこで陽葵は、化粧水の構成成分について説明した。
「化粧水はね、ベースとなる水が80%~95%を占めているんだ。そこに保湿剤やアルコールなんかの水性成分やオイルなんかの油性成分、あとは水と油を混ぜる界面活性剤が入っているの」
「なんだ。ほぼ水じゃないか」
「そうだね。水の中に肌をしっとりさせる成分が入っているってイメージかな」
ティナは納得するように「なるほど」と頷いた。
「あとはここに保湿成分を入れたいんだけど……何かないかな……」
陽葵は棚に並んだ植物の瓶を眺めながら考える。
本当はグリセリンがあれば一番いいのだけれど、この世界に存在するのかはちょっと怪しい。なにか代替できるものはないかと考えていると、夕食に出てきた蜂蜜を思い出した。
「そうだ! 蜂蜜! ティナちゃん、蜂蜜貸して!」
陽葵が興奮気味にお願いをすると、ティナは怪訝そうな顔をする。
「そんなもの、どうするんだ?」
「蜂蜜には保湿作用と細菌の繁殖を抑える働きがあるから、化粧水の材料として使えるんだよ!」
「そうか……まあ、ちょっとだけなら使っても構わない」
「使うのはほんのひと匙だから大丈夫だよ!」
ティナは「それなら」と了承しながら、2階から蜂蜜を持ってきてくれた。
オレンジフラワーウォーターと蜂蜜をテーブルに並べる。成分はかなりシンプルだけど、化粧水としての役割は果たせるだろう。
「よし、さっそく作ってみよう!」
陽葵は意気揚々と拳を掲げる。「おー!」と乗ってきてくれるかな、と思いきやティナは我関せずと言わんばかりに傍観しているだけだった。
ちょっぴりがっかりしながらも、気を取り直して作業を開始する。
「まずは、オレンジフラワーウォーターを200ml計ります」
陽葵はオレンジフラワーウォーターをビーカーに注ぐ。ビーカーの目盛りに沿ってとくとく注ぎ、目盛りぴったりでストップした。
「ここに蜂蜜をひと匙入れます」
蜂蜜の入った瓶からひと匙すくう。それをオレンジフラワーウォーターの入ったビーカーに入れた。
「蜂蜜は混ざりにくいから、湯せんで溶かすんだけど……」
陽葵はじーっとティナを見る。そこで傍観者だったティナがギョッと顔をしかめた。
「……なぜこちらを見る」
「ティナちゃん、お湯ちょーだい!」
陽葵はボウルを差し出しながらお湯を強請る。さきほどティナが魔法を使ってバズタブにお湯を溜めていたのを知っている。同じようにお湯を出してもらうことにした。
「分かったよ……」
面倒くさそうにしながらもティナは「パラドゥンドロン」と呪文を唱える。すると、あっという間にボウルにお湯が溜まった。
「さっすがティナちゃん! ありがとう」
何度見ても便利な力だ。
お湯を貰ったところで、陽葵は湯せんで温めながらオレンジフラワーウォーターと蜂蜜を溶かす。
「あとはクルクル混ぜるだけ~」
ガラス棒を使って混ぜ合わせると、オレンジフラワーウォーターと蜂蜜が溶けあって均一の濃度になってきた。
「うんうん、良い感じだねぇ」
小さなアトリエで化粧水を混ぜ合わせていると、まるで自分も魔女になったかのような気分になった。心が弾むのを抑えきれずに、鼻歌交じりに攪拌する。
ティナは陽葵の手元を覗き込みながら、疑うように眉を顰める。
「そんな在り合わせの材料で、化粧水とやらができるのか?」
「できる、できる! 化粧品って身近なものでも簡単に作れるんだよ!」
手作り化粧品の材料は、今回使った蜂蜜のほかにも、ヨーグルト、米ぬか、オートミールなどスーパーで手に入るようなものでも簡単に作れる。
テクスチャーや肌なじみは市販のものには劣るけど、自分で選んだ成分だけで化粧品が作れるメリットは大きい。
そして化粧水なら混ぜるだけでできる。レシピさえあれば初心者でも簡単に実践できるため、もとの世界でも化粧水を手作りする人は一定数存在していた。
話をしながら攪拌していると、あっという間に化粧水が完成する。
「よーしっ! これで完成!」
「もうできたのか」
ティナはビーカーの中の化粧水を覗き込んだ。
「これを顔に塗るのか?」
「そうだよー」
「大丈夫なのか? そんなの塗ってかぶれたりしないか?」
ティナは疑いの眼差しで、ビーカーを中身を見つめていた。
その反応は正しい。得体のしれない液体を肌に塗るのは誰だって抵抗があるだろう。そこで陽葵はある提案をした。
「じゃあ、大丈夫か確かめるためにパッチテストをしようか」
「パッチテスト?」
聞きなれない言葉を聞いて、ティナはきょとんとしながら首を傾げる。陽葵はティナにも伝わるように解説をした。
「パッチテストっていうのはね、化粧品がお肌に合うか確認するテストだよ。いきなり顔に塗ってかぶれを起こしたら大変だから、腕とかに塗って様子を見るんだよ」
「まあ、確かに腕なら最悪かぶれたとしても服で隠せるからなんとかなるな」
「そうそう。二の腕の内側は顔の皮膚と同じくらいの薄さだからパッチテストには最適だよ。手作り化粧品に限らず、初めて使う化粧品は二の腕で試してみると安心だね」
陽葵は解説をしながらティナの袖を掴む。
「じゃあ、さっそくパッチテストをするから袖をまくって」
「おい、勝手にまくるな!」
口で抵抗をするティナに構うことなく、陽葵はワンピースの袖をまくり上げて二の腕を出す。
「ティナちゃん、腕白い! 全然日焼けしてないんだねぇ」
「まあ、森に引きこもってるからな。そんなことより、さっさと済ませろ」
「はい、はーい。赤みとかかゆみとかが出たらすぐに教えてね」
「……分かった」
ビーカーをそーっと傾けながら、手のひらに化粧水を垂らす。それをティナの二の腕に少量塗った。
「これでOK! あとは時間を置くだけなんだけど」
「時間を置くってどれくらい?」
ティナに尋ねられたことで、陽葵は思い出す。パッチテストには時間がかかることに。
「えーっと……できれば24時間」
「は?」
本来パッチテストは、24時間様子を見て、かぶれや赤みが出ていないか確認するものだ。その日に作って、その日に使うのはあまりお勧めできない。
このタイミングになって、陽葵はその欠点を思い出した。
「うーん、私は蜂蜜化粧水は使ったことがあるからパッチテストなしでも構わないけど、初めて使うティナちゃんは24時間は様子を見たほうが安心だからねー……」
陽葵の言葉を聞いたティナは、むむっと眉を顰める。
「そんなに待てない」
そう呟くと、ティナは人差し指を立てて呪文を唱えた。
「パラドゥンドロン」
直後、二の腕の辺りでポンッと破裂音は響く。ティナの周囲を見渡してみるが、とくに変わったようには見えなかった。
「なんの魔法を使ったの?」
陽葵が首をかしげながら尋ねると、驚きの事実が明かされた。
「化粧水を塗った場所だけ時間を進めた。これで24時間経過したぞ」
「そんな荒業が……。ちなみに肌の状態はどう?」
「痛くもかゆくもない」
「アレルギー反応は起こしてないようだね」
魔法を使えば、パッチテストもあっという間に済ませられるようだ。
「魔法って本当に便利」
陽葵は目を輝かせながら感心していた。
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