ももぎさん
灯村秋夜(とうむら・しゅうや)
整理できてなくて、ちゃんと話せないかもしれません。それだけ、許してください。
老人ホームに入ったおばあちゃん、ずっと元気だったんですけど、風邪で入院したあと急にボケちゃって……ちょうど百歳超えたからなのかな、って思いながら、ホームに会いに行ったんです。ふだんから慣れてるホームの人はいいんですけど、昔からずっと一緒にいたはずの私たちのことが分からないって思うと、やっぱりショックでした。
あっちの職員さんも言ってたことで、私たちもおばあちゃんから聞いたことなんですけど、あれをタイトルにしようかなって。「ももぎさん」……っていう、おまじない。あれが何なのか、いまだに分からないんです。似たようなものを知ってる人がいたら、教えてほしいです。詳しいことは、これから話すので。
ボケちゃった人が昔のことを話し始めるのは、それなりにあることだそうです。もう百歳なので、昔っていっても、どのくらい前のことなのかぜんぜん分からないんですよ。記憶がはっきりしてる年代ってどのくらいか……なんて、幅が広すぎるじゃないですか。下限はたぶん幼稚園とかそのくらいで、上限はほんと人によるっていうか、おばあちゃんも百歳手前までほんとにしっかりしてたので。いつごろのことなのかな、って……調べました。
昔のこと、自分から話すタイプじゃなかったんですけど、記録には残してたみたいです。いろんな人の名前とか、何かあったときの連絡先とか。百年生きてたらそういうのも移り変わっていくみたいで、無駄になった手帳なんかも分けて置いてありました。ボケるか死ぬかしたら荷物の整理してちょうだい、って言われてたので、母と兄も手伝ってくれました。それで、気になるものを見つけたんです。
■■年代、おばあちゃんが結婚するかしないかの時代の連絡先もあったんです。そうですよね? まだ電話なんて普及してないし、番号も十一ケタで、今の仕様になってました。終戦から二十年も経ってない時代の電話って、七ケタか八ケタくらいだったと思います。それで、よく見てみたんですけど、お相手の具体的な情報がものすごく変だったんです。
「鏡を見ながら電話すること」。どこに住んでるとか、何をするときに頼るとか、ほかの人はそういう書き方だったんですけど、この「ももぎさん」だけ漢字で書いてないしフルネームじゃないので、ああなるほど、って思いました。おまじないなんだなーって。
こういうことがあったよ、って友達に言ったら「今度やってみる」って返事がきて、えーって思いました。いつの時代のどこかも分からない場所だし、そもそもおまじないだしで、まともにつながるわけないじゃないですか。次の日、友達……Kちゃんが、すっごい笑顔で「ありがとう!!」って言ってきて、びっくりしました。なんか、願いが叶ったとか言ってました。言ってもらっても、そんなことあったっけ? ってなるみたいな……とにかく、まともな感じじゃなかったです。
え、内容ですか? なんだったっけ、彼氏が浮気しなくなるようにとか。二人ともべったりで、ぞっこんっていうか、噂立てた方が恥ずかしいくらい仲良しでしたけど。
とりあえず、困ってる人には教えていいのかなって思って、仲のいい人には「ももぎさん」のことを伝えました。いろいろあったと思うんですけど、誰に伝えたのか、はっきりとは覚えてなくて。というか、Kちゃん以外は「ももぎさん」のこと忘れちゃってるんですよ。何かあるんだろうな、とは思ったんですけど……それも含めて、おまじないなのかなって思ったので。
そんなことしてたからか、本人から――「ももぎさん」の番号から、電話がかかってきました。お風呂に入ってゆっくり音楽聞いてたので、最初はなんだろって思ったんですけど、番号見てゾワッと来ました。で、コールが切れないんです。受話器置くボタン押しても切れないし、電源切ろうとしても切れないし。
ほんと怖くて、声も震えてたと思います。「もしもし」って、体中がたがた震えながら電話に出ました。そうしたら、品のいいおばあさんみたいな声で「ありがとうねぇ」って言われました。拍子抜けしたっていうか、ほんとに腰が抜けるくらい緊張が一気に抜けました。ほんとに普通の会話だけして、当たり障りのないお話だけで終わりました。
たしか、そう……このごろはたくさんありがとう、って。
ところで、おばあちゃんが何をお願いしたのか、いまだに分からないままなんです。ずっと人生がちゃんとうまくいってきた人が、何かお願いすることなんてあるんでしょうか。鏡だってあるかどうかわかんないのに……先輩方、なにか思いつきますか?
ももぎさん 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます