第7話 ついに始まった高校生活

陸上以外に思い出のなかった中学校の卒業式は何の感慨に浸ることもなく終わり、クラス委員長が情けで俺をクラスの打ち上げに誘ってくれたが、自分が来たところで盛り上がらないだろうし、行きたいとも思わなかったので誘いを断り、自分だけの春休みが始まった


親がいないので入学手続きは全て一人でやることになって大変だった。書類の記入、入学金の振り込み、制服採寸、学校指定の体操着とジャージを取りそろえるなどで忙殺されて、受験勉強の時より目まぐるしい日々が続いたが、一週間程度で全てが片付いた。それからは一日中ゲームをしたり、少し遠くに出かけるなどして一人の割には充実した日々を送った


4月7日、臨海東高校の入学式の日がやってきた。入学式は午後からなので10時ごろに起きて、昼食を兼ねた少し多めの朝ごはんをとった。少し青みのかかったワイシャツに紺色のブレザーを通し、灰色のズボンを履いて、最後に雨模様のような丸い点々がついた黒いネクタイをつけて着替えを終えた


春にしては珍しくまだ少し寒さを感じる中、桜の舞い散る道路を自転車で駆け抜けて最寄り駅へと向かった。最寄駅から浦野浜駅までの定期券を改札に通し、学校へと向かった。京葉線に乗ってるとき辺りに同じ制服を着た学生が見当たらなかったので、日時を間違えたのかと思ってスマホで調べてみると、集合時間は14時らしく、自分は1時間ほど勘違いしてしまったらしい。もう浦野浜駅はすぐそこで引き返す理由も見当たらなかったので素直に降りることにした


春休みに学内メールで送られてきた自分のクラスと出席番号を確認しながら教室へと向かう。自分は1年C組らしい。集合時間を1時間勘違いして2時間前についてしまったが読書でもして時間を潰そうと思って教室のドアを開けると既に多くの人(主に男子)が自分の座席についていて驚いた。デート前に夜も眠れないほどそわそわして集合時間の何時間も前に着いてしまった彼氏のように辺りを見回す学生を目にして心の中でクスッと笑い、同時に安堵した


自分の席に向かって歩いていると、俺の前の座席に座っている男子生徒は既に隣の女子と打ち明けており、リア充さすがだな~と心の中で感心していると、前の彼がいきなりハッとしたようにこちらを向いてきて話しかけてきた


「お前、前に海であった会った千条走だよな!」


「あ、そうだよ」


「だよな!同じクラスで出席番号が隣りとか偶然が重なりすぎだろw  楽しい1年間にしような。改めてよろしく!!」


「お、おう。よろしく」


握手を交わし合った後、彼は隣の女子に向き直り、再び会話に興じていた


話しかけられた時は一瞬誰だか分からなかったが、よく見ると確かにあの時の相良竜也だった。高校デビューでイメチェンしたのか、髪を金髪にしてワックスをかけていてあの時よりさらにかっこよくなっていた。元の顔立ちが良いからイメチェンしなくてもかっこいいけどな

ちなみにこの学校は自由な校風に従って髪を染めるのが認められている


薄いライトノベルを読み終えるころに呼び出しの合図がかかって入学式の会場である体育館に向かった


進学校といえど、校長の話はつまらないらしい。入学式を終えて今日は解散だ。明日からすぐに5限までの授業が始まるので早く家に帰って準備しないと


翌日、昨日の入学式で既に打ち解け合った人が多いのか、教室内は騒がしかった

「どこ中から来たの?」「その場所って何が有名なの?」「春なのにまだ寒いね」「好きなアーティストいる?」などの初々しい会話が聞けるのかと思ったら…


「昨日、僕ガイルの最終回観たんだけどマジで最高だった… 七幡が山ノ下に告白されて1期のOPが流れるシーンは涙腺崩壊したよ。あの人間不信の七幡が成長して、ここまで来たんだと思うとなんかこっちまで嬉しくてさ。本当歪まされたよ」

「あの作品は傑作だよな。俺の人生を変えたと言っても過言ではない」

「俺は認めない、認めないっ!!なんで俺の推しの夢ヶ浜が結ばれないんだよ~ 何度もアプローチして完全に脈ありだったのに何だよあの鈍感七幡野郎はよ… 絶対夢ヶ浜と付き合った方が毎日楽しいのに」

「まあ落ち着けって。もうすぐ僕ガイルのギャルゲーが発売されるんだからそこで思う存分、夢ヶ浜を攻略しなよ。あとifバージョンの小説も出てるしさ」

「そうだね… グスンッ…」


「そのヘアアクセサリー可愛い君によく似合ってるね。ところでさ、放課後俺と喫茶店行かない?」

「あ、はい。喜んで」


オタク話に花を咲かせてる(?)グループもあれば、突然女子にナンパする野郎もいて(って、なんでOKしてんだよ!ちょろすぎるだろ!!結局、顔かよ)入学式翌日にする会話とは思えない光景が広がっていた。どうやら自己紹介などは昨日に済ませてしまったらしい

いやSNSで入学前から繋がってたとか?


まあ何にせよ、知りようがない


俺にも相楽という友達がいるから少なくとも友達0は回避できた


チャイムの音が鳴って担任が教室に入ってきた


「はい、それじゃあ入部届の紙を配りまーす。今日の放課後に行われる部活動紹介を聞いたり、仮入部したりして自分の入りたい部活動を決めること。特別な理由がない限り、帰宅部は禁止!!2週間後に提出ね~」


「部活か…」


正直帰宅部でもいいと思ってたが、何かに入らなければならないらしい。親がいないから生活費を稼ぐために放課後バイトをするといって特別な事情を作ることが出来なくもないが、バイトをする気力はないし、お金に関しては何も困ることがないほどに兄さんが貯めてくれた貯蓄がある


ここには陸上部がない。一昨日くらいに人数不足で廃部となったそうだ。あんな苦しいスポーツを好き好んでやる人なんて滅多にいるはずがないから不思議に思うことはない


球技系の部活に入ろうか。いや、スポーツの世界から完全に退いて文化部に入ろうか


それでも新しい道に進んだところで去年の秋からずっと心に残り続けるモヤモヤは消えることがない気がしてきた。やはり自分には陸上が…


思ってもいないようなことでも心の染みはいくら洗い落とそうといしても、簡単には消えてくれないようだ

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