第6話 合格発表

間もなく合格発表の日がやってきた。受験生の命運がかかった試験であるために、絶対に採点ミスがあってはならず、そのようなピリついた状況の中で全受験生の答案を採点し、幾度の会議を重ねて、入試本番から2週間足らずで入学候補者を絞り出した高校の先生たちの力量には驚かされる。本当にお疲れ様でした


他の高校を受験してないため、ここで落ちてしまったら他の2次募集がある高校に応募することになって面倒くさいが、自己採点をした結果、去年のボーダーを30点ほど超えていたので名前を書き忘れたようなミスがない限り、落ちることはないだろう。自分の受験番号は125番だ


インターネットでも合格発表が見れて、合格した人の家に入学手続きの書類が郵送されるシステムなので直接見に行く必要はないが、家にいても暇なので見に行くことにした


あと片手で数える程しか着ることのない中学校の制服に身を通して、最寄りの駅へ向かう。乗り継ぎをして、京葉線に揺られること20分、浦野浜駅に到着した


臨海東高校に到着してから10分後、合格者の受験番号が記された掲示板を覆う黒い布が教員によって降ろされ、自分の番号を見つけると同時にジャンプして喜びをあらわにするもの、軽くガッツポーズをする者、膝から崩れ落ちる者、終始無表情でいた者など反応は様々だった


長らく競争の場から身を引いていた自分にとってこのように選手じゅけんせいたちが一か所で己の感情をあらわにする現場を見るのは久しかった。たかが高校入試と揶揄する人もいるが、ここでしか出会えない人間、ここでしか経験できないこと、ここにしかない環境など、どれも人生を形作る重要なピースであり、本人にとっては自分の未来がかかった重大な試練なのだ。もちろん、負けた先に出会える景色だってある


「113番、117番、118番、123番… あ、あった」


無事合格することが出来たが、番号を見つけても自分の中に嬉しいという感情は湧かなかった。どこに向かっているのか分からない自分にとって確かだったのは、名前を書き忘れてなくてよかったという些細な安心感だけだった


特にやることもなかったのでこのまま真っすぐ家に帰ろうとしたが、せっかくここまで来たなら海を見ていこうと思い、葛西臨海公園駅で降りた


葛西臨海公園とは東京湾に面した都立の公園である。海が見れるだけではなく、園内にはマグロの大水槽をはじめとした水族館があり、東京湾に生息する生き物の他に、北極や南極といった極地で見られる生き物も展示されており、リーズナブルな入園料ながらたくさんの生き物を鑑賞することができる。他にもバードウォッチングが出来る鳥類園や観覧車があり、行楽地として休日にはたくさんの家族連れやカップルが訪れる場所となっているのだ


今日は平日の真昼間だからか散歩に来た年配の人や春休みを迎えた大学生のカップルしか人がおらず、辺りは閑散としていた


中央園路を通って展望スポットへ行き、東京湾を軽く一望した後、葛西渚橋を渡って砂浜に向かった


「ふう~ 」


砂浜に設置された長椅子に座って潮風を感じていると、その心地よさから帰るのもめんどくさくなってずっとここにいたくなるような気分になる


「隣、失礼するぜ」


「あ、どうぞ」


突然、制服を着た学生が有無を言わせぬ態度で隣に座ってきた。まだ奥に空いている長椅子があるのになぜここに座ってきたんだろうと考えていると、彼が話しかけてきた


「君も合格発表を見に行った帰り?」


「うん」


なんだかそっけない気もするが、初対面の人に対して話を広げられる程のコミュ力が自分にはないのでこれ以上喋ることはないと思っていたが…


「やっぱりそっか~ 俺も何となくここで降りたら遠くに制服姿で一人で歩いてる人を見つけて、俺と同じで海でのんびりするのが好きな人なのかなって思って話しかけちゃった」


「へえ~」


静謐な海で一人のんびりすることの良さを分かっているならなぜわざわざ話しかけてくるんだと思ったが、ツッコまないことにした


「っていうのは半分建前で君に聞きたいことがあるんだ」


「ッ!!」


自分を指名してきたことから、実は自分の正体を知っていて陸上を辞めた理由を根掘り葉掘り聞いてくるような厄介な人なのかもしれないと思って咄嗟に身構えてしまった


すると彼はこちらを向くことなくどこか遠く、地平線より遥かずっと先を見据えるような目でここではない場所を見つめながら、こう質問してきた


「君には未来が見えるか?」


会って間もない人、ましてや同い年の中学生にするような質問とは思えないが先ほどまでのチャラついた雰囲気は完全に消えており、その視線は至って真剣そのものだった


その誠意に応えるべく、嘘偽りなく質問に答えることにした


「そんなの分からない。流されるように生きることでも精一杯な状況で自分の未来を想像することなんてできない。目標さえ決められない自分はそこに何となく敷かれている道を歩いていくだけなんだ」


「やはりね。君の背中からは迷いを感じた。これまでに相当深い闇を経験してきたのが窺える。あ、いや別に君のことを詮索するつもりはないんだ。僕と似たような境遇の人間を見つけて話しかけたくなっただけなんだ。」


「そっか」


彼がどのような境遇であるのか知る由もないが、決して安い同情ではなかった。

一見、陽気に見える人でも心の奥底に闇を抱えているんだなと分かった


「いきなり隣に座ってきて、暗い話してごめんな。ジュース何でも奢るから許してくれ」


「あ、じゃあカルピスで」


「了解!」


別に喉が渇いてるわけじゃなかったが、彼の好意を踏みにじるのも悪い気がしたのでお願いした。


彼はささっとジュースを買ってきて、礼を言ってそれを受け取りそれから5分間くらいは互いに何も話さなかった


「そういや名前言い忘れてた。俺は相良竜也さがらりゅうやだ。よろしくな」


「俺は千条走せんじょうかける


「走か、いい名前だな!お前も春から臨海東だろ?これも何かの縁だしLINE交換しようぜ」


LINEを交換した後、彼はこれから友達と約束があるからと言って砂浜を颯爽と立ち去って行った。


なぜ俺が陰鬱な雰囲気を醸し出していることを知っていて、臨海東に合格してることが分かったのか理解できなかったが、彼には何でもお見通しなのだろうと思って深くは考えなかった


彼との交流はここで終わらない気がした

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