第2話 現状

走らなくなってから2週間が過ぎた

燃え尽き症候群と突然の親の家出によって、身も心も疲れ果てた俺は、クーラーの効いた部屋で枷が外れたかのようにひたすらゲームをやり続けていた。


広大なマップで自分が手に入れたキャラを自由自在に動かしながら敵を倒し、ストーリーを進めていく新感覚RPGゲームだ。どのキャラも容姿が本当に素晴らしくて、そのキャラを使って現実離れした技を繰り出しながら敵をどんどん倒してレベルアップしていく様子が「現実」と違って快感を得られた

面白すぎて1日10時間もプレイしてしまった日もあって、今までは全く縁のなかったオタクの気持ちが少しわかった気がした


しかし、孤独であり続けることは同時に自分の現状を否応なしに認識させてきた

中学を卒業したらどうすればいいのか

陸上部を捨てた俺は来年に高校受験を控えた普通の中学3年生であり、夏を制する者は受験を制すという豪語に倣って熱心に勉強してないとおかしい時期なのだ

当初の予定ならスカウトを受けた陸上の強豪校にスポーツ推薦で入学するはずだったが、もう陸上をやらないと決めた俺はすべてのスカウトを断るように学校に連絡した。かなり心配されたが、自分の学力に見合った高校に行きますといって先生の言い分を押し切った。親のことについてはいずれバレるだろうがまだ言ってない


朝練で疲れていたので普段の授業は全く聞かずに寝ていたし、定期テスト1週間前の部活動禁止期間だろうと関係なく家の近くのグラウンドで走っていたので勉強は本当にからっきしだった


板書の内容を写し取ったノートを見ても、なにも考えずにただ写していただけだから振り返ってもよく分からない。じゃあ本屋で分かりやすくまとめられた参考書を買おうと思っても、手元にはなけなしの小遣いが入った財布と毎年貯めてきたお年玉しかない

全部で大体12万円くらいだろうか

余裕で参考書を買えるお金だが、これからのことを考えると一円たりとも無駄にお金が使えない。電気代、食事代、水道代…と色んなことにお金がかかるし、まだ自分はバイトが出来る年齢ではないから


そんなことを考えているうちに睡魔が襲ってきて、現実を忘れるように深い眠りのなかに落ちた


起きたら夕方になっていた 

ガコンッとポストに郵便物が入れられる音がした

どうせ家出した親への郵便物だろうと思って取りに行くのを面倒に感じたが、そのままどんどん溜まってポストがぎゅうぎゅうになる方がもっと嫌だったから、行って確かめてみると、英語で書かれた手紙が入っていた


From koutarou sennjyou

to kakeru sennjyou


兄さんから俺への手紙??


俺の兄は千条孝太郎という名前で、中学時代1500Mの全国大会で大会新記録を大幅に上回る記録で優勝し、駅伝では選手ながら自らが主導者となって県大会ですらまともに戦えなかったチームメイトを一から鍛えなおし、開校以来初の全国大会へと導いた英雄である。また学力も凄まじく、全国模試では2桁を切ったことがないという

そんな絵に描いたような文武両道を果たした兄は、他にやりたいことが見つかったため中学で陸上を辞め、東京の超進学校で青春を謳歌しながら勉強を頑張り、海外の名門大学に進学した。走ること以外何もできない俺に優しくしてくれたし、よく練習に付き合ってくれてとても仲が良かった


手紙を開いてみると、それは何故か謝罪から始まっていた


「ごめんという言葉で済まされるとは思っていない。全ては俺のせいなんだ。お前に自由に陸上をやらせてやれなくて本当に申し訳ない…」


‘‘この時の自分は‘‘なぜ兄さんが謝っているのか全く分からなかった

こんなことになってしまったのは全て俺が兄さんに追いつくことが出来なかったせいなんだ。それなのにこんな同情されるようなことを言われて少し腹が立った


下の方まで読むと、励ましの言葉と共に兄さんの通帳の在りかと思われる場所と通帳のパスワードが書かれていて、驚きと申し訳なさを感じながら家の中の指定された場所にいくと本当に通帳があってそこには巨額の金額が表示されていた


高校生のうちに莫大な投資にでも成功したのだろうか?

そんな兄さんが頑張って稼いだお金を使うことに躊躇いが生じたが、今の自分にはそれがないと何もできないので無駄遣いしないことを誓ってそのお金をありがたく使わせてもらうことにした


本屋で参考書を買った帰り道、大きな川の向こうで遠くに沈む夕日を眺めながらふと思った


そういえば、3年前に日本を出て行ったきり、兄さんの現状について1度も知る機会がなかったけど何をしているんだろう。まあ、きっと凄いことをやっているに違いないか…

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