「帰路=帰空」
職場を発つ。仕事納めであった。
思っていたより上か下か、正月の帰路は混み合っていた。人の多くは、手に餅を持つ家族連れである。
以前より冷える年末は、帰る男の身に沁みて、より深く恋しさを感じさせたらしい。
「今年も色々あったよなーカヨコ」
「ねぇじいさん。政治家二人も辞めたりさ」
行き過ぎる人々の会話は今年のハイライトと化した。実に政治不正の多い年であった。
踏みつける道がやけに凸凹なのは、きっと雪かいた方の怠慢だろう。尤もしてもらった身であるが。
向こうには男の家が見えたが、目の前には長い信号機がある。分かりきった諦めでボタンを押すと、意外にも早く青信号は来た。
最後の帰路を練り歩き、雪の双璧を通り抜け、最良の家に辿り着いた。玄関灯がついている。
部屋の温度は生ぬるく、見るとストーブはついていなかった。
当の彼女は眠っており、ならば暖房のつかない理由となる。それでも寒く辛かった。
かつて白かった往年の壁は今は薄汚れてしまっている。今年も色々積み重ねたのだ。
「んに……」
男の期待とは裏腹に、彼女の声は寝言に尽きた。三日を過ぎても美しい彼女は、年末とあれば特に儚く眠る。
手洗いうがいを済ませた俺は、テーブルのヒロインを食べようと思った。彼女らしく、腐らしいミカンのみがそこで佇んでいた。勿体無いとも思えない姿をしている。
哀れな二つのヒロイン抱え、彼は淋しく夜餉を始めた。
いつもの掛け時計を見て、男はなぜだか、彼女との馴れ初めを思い浮かべた。
「私の席ってどこですか?」
「多分ここですかね……」
二人の大学生は若く、敬語で話していた。初対面というにはいささか弱かった。何せ最初の授業を、二人の宇宙の議論で潰したのである。本当に若かった。
近頃の二人は、口を開けば金ばかり。子どもばかり。タレントばかりの三題噺であった。
笑いどころの分からない俺は、彼女の話を背中で聞いていた。寝そべらず、向き合って彼女と話せば良かったと思っている。
年末は案外狭いイベントで、一人が眠れば一人は飽きる。彼にとっては、彼女がいるからこそ年末は年末となるのだった。
さてこの夜が明けてしまえば、俺は新しい俺となる。来年はどうしようか、明日は彼女に何をしようか。
「今年もーー残り五分です」
いつつけたのか分からないテレビが、頼んでもないのに時刻を告げた。時間の矢は的にかなり近い。
年越しに汗ばんでいた俺の手を、眠る彼女が握って来た。ここで泣いてしまっては、来年も泣き得るので泣き堪える。危なかった。
可憐な時間も残り僅か。カウントダウンが始まる。この間まで子をせがんでいた彼女が、添い寝し続けるとは限らない。来年こそと勢いづけて、男は酒を飲んだ。テレビで祝福の鐘が鳴る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます