「絞空」

「あっ……」

 思わず私は床に倒れてしまった。視界が常に右側に傾いて見える。

「おい、おい……」

 こたつは倒れた私を見て慌てふためている。そんな事なら喧嘩しなければ良かったのに。

「ふとん。今冷やすもの持ってくるから」

「あっ……」

 何か言いたげなふとんを背に、こたつは勝手に我が家の冷蔵庫を漁りに行った。足音が病熱の空間から遠ざかっていく。

「……こたつ、あいつは元来ヒトを温める道具です」

「……」

付喪神つくもがみ様が教えてくれた事で……私達の役目と反対の事をすると、その道具は人間から元に戻るそうです」

「……へぇ」

「せっかく人間になったのに、なんであいつは」

「持ってきたぞ!!」

 戻ってきたこたつへふとんは目をやる。その彼女の目は決心の熱に揺られていた。

「こたつ、辞めようよ」

「なんでだよ。ご主人様が死ぬだろ」

「ご主人様よりこたつの方が死んでほしくないの!!」

「ふとん!! 俺は死なないぞ!! ずっと、お前と一緒だから……」

「嫌だよ。せっかくこたつと話せるようになったのに……嫌だよ……」

「あ、のーー」

 突如言葉を発したご主人様に二人が振り返る。場は冷たい。

「早く……私を冷やしてくれない……私熱いんだよね……」

「ほら、ふとん。ご主人様が」

「第一、道具は道具でしょ」

「「えっ」」

 熱色に未だ染まる視界、ご主人は何とか言葉を呟く。

「親友や、家族でさえいう事を聞いてくれないんだよ……私はあいつらに尽くしてるのに……お前らくらい黙っていうことを聞いてくれたっていいでしょう……!」

「ご主人様……」

「早く……お前なんて……熱い」

 息も絶え絶えのご主人様に、ふとんがゆっくり近づく。手には白無地のブランケットを持って。

「ふとん、何してるんだ……?」

「私も、こたつに付き合うことにしたんだ。熱いでしょうご主人サマ……」

 ふとんは無理やり起き上がらせたご主人の首に布をかけ、そのかけたまま後ろを向き、前に倒れた。過去のご主人様とテレビで見た首吊りトリックである。

 声もなく、こたつは布団を止めに走り出した。

「ふとん!!」

 呼ばれて向いた布団の顔は、怒りではなく悲しみであった。泣きながらも、彼女の絞める手はほどけない。

 こたつの躊躇かっとうが首吊りに枕し、ご主人様は間もなく死亡した。

「こたつ……私冷やしたよ」

 笑いながら、彼女は布団へと溶けていった。今になって、部屋は心地よい温度へと落ち着いていた。

 


 

 

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