第3話 ワンパンペペロンチーノ

「オクムラ! ごはん!」


 今宵の魔女はご機嫌斜めだ。


「はいよ」


 こういうときに俺にできるのは、ハイボールを濃いめに作ることだけだ。


 あとは、味の濃い一品料理。

 とりあえず事前に用意していたスルメを出す。


 それから、シャウエッセンを焼いてマスタードとケチャップをぶちまける。

 俺は知っている。

 ホットドックを食うのは、ウィンナーとマスタードとケチャップを食うためだということを。


「…………あち」


 少女は眉間に皺を寄せ、ウィンナーをぱきりと噛んだ。

 もぐもぐと味わい、酒を流し込む。


「…………んまい。

 褒めてつかわす」


「恐縮です」


 実際、恐縮である。

 凄いのは俺ではなく日本ハムだ。

 すっかり魔女の機嫌も上昇傾向にある。


「聞いてよ、オクムラ」


「はい」


 愚痴だろうか。

 いよいよ俺も飲み屋の大将っぽくなってきたものだ。


「昨日、反乱組織レジスタンスを潰したって言ったでしょ」


「ええ」


「そこのリーダーがさあ、なかなか屈服しなくてさあ」


「はあ」


 屈服。

 怖い響きの言葉だ。


「……どうすればいいと思う?」


「……どう、ですか」


 俺はまたミュートにしたタブレットで、リュウジが「自分の好みは自分にしかわからない」というテロップで彩られていることに啓示的な感想を抱きながら、


「思うがままにすればよろしいかと」


 と答える。

 ……これで良かったのだろうか。

 いや、しかしリュウジ先生は絶対だ。


「思うがまま、かあ……」


 少女はグラスを口元に運んで考え込んでいる。

 賢者は多くを語らず疎まれ、ピエロは語りすぎたが重用され、後に殺された。


 できるだけ、前者でありたいものである。

 どうせ死ぬなら楽して死にたい。


「では、始めますが」


「ん……そうだね」


 少女がいつまでも俺の手元にぼうっと視線を向けているのでそう言うと、ウィッチハットを深くかぶりなおした。


 ニンニクを潰し、たっぷりの油で炒める。

 さっそく良い香りがしてくる。そこから切ったウィンナーを投入、水と塩を入れてパスタをいれる。


「力は活かすべきだよねえ」


「そうですかい」


「わたしもオクムラみたいな力が良かったなー」


 俺は返事をしなかった。

 おそらく本心に近い言葉は、危険すぎるお言葉である。


「お待たせしました。ペペロンチーノです」


「……わあー」


 目を開けた少女が、やはり歓声をあげる。

 香りを楽しみ、眺めている。

 


 どんなに恐ろしい存在であっても、それは可愛らしく見えるものだった。

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