第2話 レンヨシハル
古い一軒家。表札には
まだ足は震えていたが家の中は彼が言ったように静かで何もいない。
小さく息を吐くと辺りを見渡した。その部屋は花瓶が一つ置かれているだけで本当
に何もない。
『ええ…ここ住んでるの?』雨芽がぼやくと男は盆を抱えてやってきた。
『住んでるよ、俺が独り。ほら、お茶、お菓子もあるよ。』
男は雨芽の前にそれを出すと自分は湯飲みを取りすすった。
『つうかさ、君。危ないよ?こんな夜はさ。見える人でしょ?教わらなかったの?』
『え…あ、はい。すいません。』
雨芽も湯飲みを取ると口をつけた。やけに香ばしく美味しいお茶が口に広がって熱いためふうふうと息を吹くと何度も反芻した。
『フフ、美味いだろ?俺の茶は美味いのよ。で、君名前は?』
『いえ、知らない人ですし…。』
『いやいや…もう人の家に上がりこんでてそれはないでしょ?名前、何?』
雨芽が黙り込んでいると男は仕方ない顔をして雨芽の後ろをじっと見た。
『ほう、
『は?』
『は?じゃねえよ、答えないから聞いただけだ。つうかさ、雨芽ちゃんよ。危ねえ
って教えてもらってんならちゃんと聞かないとさ。』
『はあ?』
雨芽は湯飲みを落とすと後ろにずり下がった。
『ああーもう零して。』
喜治は盆の上の布巾を取ると零れた茶を片付ける。
『今、なんて?』
『だから、危ねえって教えてもらったんなら。』
そう言いかけた喜治の言葉をさえぎって雨芽は怒鳴る。
『違う!あなた…煉喜治?』
『ああ。そうだが、なに?』
雨芽は顔を真っ赤にすると震える手で鞄から本を取り出した。その表紙には
『すいません、先生のファンです。失礼をお許しください。』
『チョイ待て。俺は違う。それは親父の本。』
『ええ?でも先生は煉喜治先生じゃ?』
『違う違う。親父が俺の名前をペンネームにしたんだ。俺じゃないし、親父はもう
死んでる。ちなみにさっきから覗いてる。』
喜治が指差すとそこに白髪頭の和服の
『はあ!ええ!あ、先生!先生ですか!』
雨芽は混乱しつつも和服の爺の前に正座すると頭を下げた。
『大変貴重な本をありがとうございました。どうぞ成仏してください。』
『ちょ、おい!雨芽ちゃん?』
雨芽は土下座状態で動かなくなる。気を失ったようだった。
『もう、アホ親父。子供驚かしてんじゃないよ、まったく。』
消え入りそうな声で スマーン と聞こえると和服の爺は消えてしまった。
『たく、仕方ないな。』
喜治は別の部屋から毛布を持ってくると雨芽の上にそっとかけてやる。
傍にしゃがみこむと雨芽の前髪を指先でぴんと跳ねた。
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