第18話

「お前は……」


 突然の光景に、クレオンはたじろぐ。目の前に立っていたのは、どこからどう見ても自分そのものだったからだ。


「安心しろ。俺はお前だ」


 だがその言葉は、むしろクレオンを混乱させるだけだった。


「どうなっているんだ」

「ここは”記憶”の世界だ」

「どうしてだ? 俺はさっきまで王の寝室にいたのに」

「そのペンダントが、入り口のカギなんだ」


 クレオンはヴァルタルから奪ったペンダントを見おろす。


「これが?」

「そのペンダントは魔法の力で出来ていて、記憶を残せるんだ」

「つまり、俺は今自分の記憶と話しているのか」

「未来のな。そして俺は、お前にあるものを託すためにいる」

「あるもの?」

「お前はついさっき、宮廷魔術師のヴァルタルから真実を教わったな」


 クレオンは力なく頷く。


「……全ては嘘だったって話だ」

「そうだ。そのせいでセルマやアーレント、レンカの三人が死んでしまった」

「だから何だって言うんだ、今更できる事なんてないだろ」

「いいや、ある」もう一人のクレオンが、自信満々に答える。「輪廻の儀についても聞いただろう」

「ああ。俺は今、同じ運命をたどっているのだと」

「そう。これから先、お前の世界は過去の世界と交わり、そしてお前は過去の自分に殺される。その過去の自分も、また同じ道をたどり過去の自分に殺される。そうして俺たちはずっと、同じ時を廻って来た」

「そうとも。出来る事なんてない」

「だが、仲間は救える」


 その言葉に、クレオンは目を丸くした。


「助かる? 嘘だろ」

「いいや本当だ」


 その言葉は、失墜に暮れたクレオンにとっての兆しでもあった。クレオンはかつての自分の襟首をつかむほど、激しく迫る。


「教えてくれ、どうすれば三人を助けられるんだ!?」

「簡単だ」対してもう一人のクレオンは淡々と述べる。「世界が交わる時、過去の自分を殺せばいい」

「それは、つまり……」


 クレオンはもう一人の自分から手を離す。


「王が勇者に選んだのは、セルマでもアーレントでも、レンカでもない。お前だ。つまり奴の目的はお前だけなんだ」

「でも、本当に俺が死ねばいいのか?」

「違う。今お前が死んでも、過去は変えられない。勇者クレオンを殺さなければ、また仲間達が死ぬだけだ」

「そうじゃなくて、本当に俺が死んだだけで、魔王は仲間達を見逃すのか?」

「ああ、間違いない」

「なんでそんなことが分かるんだよ」

「ヴァルタルの話を聞いただろう。王が危惧していたのは、自分にとって代わる存在が現れる事。それがお前なんだ。だがセルマも、アーレントも、レンカも、その中には入らない」

「勇者として選ばれた俺だけを?」

「そうだ。お前も知っているだろう。セルマは神官だ。神王と崇められるジークヴァルドを手にかけるような真似は出来ない。アーレントも賢者であり野心家ではない。放っておけば勝手に隠居するだけだ。レンカも、そんな大それた野望を抱いていないのは知っているだろう。アーレントと共に冒険を続けるか、あるいは故郷に帰るか。しかしただ一人、器もあり、力もあり、目標を見据える慧眼の持主がいる。それが”俺”なんだ」


 記憶のクレオンは自分の胸元へ指を突き立てる。クレオンは困惑した。本当にそれだけで、三人を救えるのかと。


「いいか。そうすればこの輪廻も終わり、仲間達も無事に生き残れる。勇者だった頃の俺が……お前が死ねばな」

「ならどうやって、過去の自分に会えばいい」

「空を見れば、時が分かる」


 空と聞いて、クレオンは現在の空模様を思い出す。金色に染まりつつある空を、彼らは”黄昏の空”と呼んでいた。


「黄昏の空……」

「輪廻の儀によって、それは引き起こされている。黄昏の空が輝きに満ちた時、世界は交わる。その時お前は、かつての自分を殺せばいい」

「お前は殺せたのか? 自分を?」


 するともう一人のクレオンは、目を伏せる。


「……いや。分かるだろう? お前は魔王を斬った。自分をな」

「ならどうやればいい。あの時の俺は、三人の仲間もいるんだぞ」

「レンカとセルマについては問題ないだろう。たとえ未来のお前だとしても、お前はお前だ。レンカの防御魔法も、セルマの神聖魔法も効かない」

「だとしても、まだアーレントが残ってる」

「アーレントさえどうにかできれば、後はお前自身との一対一だ」


 だがその結末は、他でもないクレオンが知っている。


「でも俺は、自分に勝ってしまった」

「そうだ。だからと言って、未来を変えられない訳ではない」

「教えてくれよ、どうすればいいんだ」

「それは自分で見つけるしかない」

「そんな! 頼む、教えてくれ」

「無理だ。俺はそこに到達できなかった」

「頼む! 何でもいい、教えてくれ!」


 再三の懇願にも、もう一人のクレオンは首を横に振った。彼とて、その先に何があるのか知らないからだ。


「すまない。俺が力になれるのはここまでだ」少しずつ、もう一人のクレオンが消えていく。「失敗しても大丈夫だ。次の機会でも、この事は伝わる。成功するまで、ずっと続くだろう」

「待ってくれ! まだ話は……」


 だがもう一人のクレオンは来えて、クレオンの視界も再び光に包まれた。

 その先で待っていたのは、先ほどと変わらない王の寝室だった。まるで時が止まっていたかのように、今もヴァルタルは血を流して倒れている。クレオンは記憶の自分が語った事を思い出す。

 かつての自分を殺せば、仲間達が助かる。だが自分はどうあっても助からない。それでも彼は、セルマ達が助かるなら、と考えた。

 ふと、彼は魔族たちの事を思い出す。目的は果たせなかったものの、彼は王都の寝室へ火の魔法を放つ。やがて辺りはぱちぱちと燃え上がり、窓が割れると火の手が一掃強くなっていく。クレオンはその前に城を脱出し、鉤縄を外すとすぐさま王都を離れた。


 最終的に彼らが集合したのは、先日キャンプを張った場所だった。そこでは既にバトレーツキィ含む、魔族たちが集まっていた。


「魔王様!」クレオンを見つけて、開口一番バトレーツキィが駆け寄って来る。「ご無事だったのですね! それで、神王は倒したのですか」


 クレオンは首を横に振る。


「いや、そもそも奴はいなかった。俺の策が、宮廷魔術師に筒抜けだったようでな」

「何ですと!? それでは、我々は……」


 クレオンは魔族たちを見回す。


「戦死者は?」

「幸い、戦死者は出ませんでした。なぜかは知りませんが、王都にいた人間達も大して強くなかったようで」

 どうやらヴァルタルは、王と精鋭を引き連れて別の場所へ逃がしたようだ。

「そうか」

「それで、次はどうするんです」

「寄るところがある。お前達も来い」


 クレオンは既に、次の策を練っていた。ヴァルタルの話が本当なら、かつての自分さえ倒せれば仲間を救える。ならば、こちら側の数は多いに越した事はない。そう思ったからだ。

 バトレーツキィは怪訝に思ったものの、クレオンの言う通りに従った。尤も彼には、それ以外の方法何てなかった。王都への侵攻が骨折り損に終わってしまった以上、他に手柄を立てなければならない。次に向かう場所がそうであればと願いながら。

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