第19話

王都の騒ぎから数日が経った。騒ぎは大きな規模であったものの、結局王都騎士団は魔族たちを深追いしてこなかった。そのお陰で、クレオンが合流した後は楽だった。

 クレオン一行は森の影からある小国を監視していた。そこはカーネリアが女王を務める国である。


「……それで、何故あの国へ?」


 バトレーツキィが尋ねる。


「大事な用があるからだ」

「お言葉ですが魔王様。王都の侵攻に失敗したからと、変わってあのような小国を襲うのはどうかと……」

「襲うつもりはない。話をしに行くだけだ」

「話をするだけですか? これは私の推測なのですが、今回も無事では済まないと思いますよ」


 クレオンはバトレーツキィを睨む。


「なぜそう思う」

「よく見てください。人間達はやけに警戒しているみたいですよ」


 実際、門番の数はクレオンが訪れた時よりも増えている上、重武装の兵士も巡回していた。だが彼の考えは違う。


「王都襲撃の報せが来たんだろう。警戒して当然だ」

「そんな中、あの国へおひとりで向かうおつもりで?」

「俺は人間だからな。それに、あの国じゃあ俺は英雄と呼ばれている」


 バトレーツキィも、建物の陰からわずかに見えた銅像へ目を向ける。彼らの”魔王”が、銅像になっていた。


「本当に無事で済むなら良いのですが、念のため我々はここにいます。何かあれば……そうですね、城に火を放ってもらえれば」

「一応、心にとどめて置いておく」クレオンは立ち上がり、歩き始める。「くれぐれも見つかるなよ」

「ご安心ください。いざという時は、私が身を挺すればいいんでしょうし」

 半ば呆れたように、バトレーツキィが答える。クレオンは彼の言葉を最後まで聞かないまま、森を抜けた。

 門前に着くと、クレオンを見た兵士の目が鋭くなる。以前来た時の頼りなさとはうって変わって、目の前にいる人物への警戒心で溢れていた。


「クレオンか」


 門番の一人が尋ねる。


「そうだ。カーネリアに会いに来た」


 すると門番たちはそれぞれ話し合うと、再び彼の方を向く。


「ついてこい」


 首を向けて、そううながす。クレオンも頷き、彼らの後へ続いた。

 門を抜けたその時、何故か彼の背後から四人の兵士もやって来る。まるで彼を逃がさないように、といったふうに。


「何かあったのか」


 クレオンとて、心当たりがない訳ではない。用心のためにと尋ねる。


「陛下がお呼びだ」

「カーネリアが?」

「お前に、大切な話があると言っていた」


 クレオンは頷く。王都襲撃に関する話だろうか。もしかすると、自分も手伝ってくれと言われるのではないか。そう考えながら、城へと近づく。

 城へ続く階段の前で、丁度騎士団長のダリウスと出くわす。彼もこれから戦場へ向かうかのような、重装備でいた。


「クレオン」

「ダリウス騎士団長」


 互いに顔を合わせると、名前を呼び合う。だがダリウスの表情は、以前のような気さくさはない。クレオンに対し、どこか警戒しているような目を向けていた。


「陛下がお前に話があるという。ついてこい」

「さっき兵士から聞いたよ」

「そうか」


 ダリウスは頷くと、黙って踵を返す。クレオンは彼の後に続いた。そこでもやっぱり、兵士たちが彼を囲んだままでいた。


「ところで、この兵士たちは何だ? まるで囚人の護送のようにしか見えないんだが」

「気にするな。用心のためだ」

「用心?」

「お前は知っているか? 数日前、王都が魔族に襲撃された。幸い、被害に遭ったのは下層のみ。死傷者はさほどではなかったものの、魔族には逃げられてしまった」

「ああ、知ってる」

「それだけではなく、王城で王宮魔術師が首を撥ねられて死んでいたそうだ。幸い、神王や側近たちは、全員無事だったそうだが」

「聞いたよ」

「その件について、陛下はお前に話を聞きたがっている」

「いいだろう」


 妙な空気になってきた。もしクレオンに協力してほしいという願いなら、もう少し歓迎するような空気になっていたはず。なのに今の彼は、端から見れば囚人のようだ。

 彼らは王城の中ではなく、何故か広場へと向かっていた。


「城の中じゃないのか」

「ああ。陛下は中庭でお待ちだ」

「どうして?」

「……質問の意図が分からないな」


 クレオンとダリウスのあいだに、緊張が走る。以前は彼を快く歓迎したというのに、やはりどこかよそよそしい。


「さっきから何か変だぞ。一体何があったんだ」

「それは陛下から直接聞くと言い」


 しかしダリウスには、答えるつもりがないという。仕方なく、クレオンは後に続いた。

 やがて王城の中庭にたどりつくと、噴水の前で一人の少女が立っていた。未目麗しい琥珀色の髪をなびかせ、その体には銀色に輝く鎧を身にまとっていた。クレオンは彼女を見て、ただならぬ気配を感じる。


「カーネリア?」


 呼びかけに応じて、カーネリアは振り返る。彼女が見せた表情は、怒りと悲しみの混じったものになっていた。その目はただ一心に、クレオンを見つめる。


「来たか、クレオン」


 声も以前のような明朗さはなく、まるで威嚇するようだった。カーネリアは、ダリウスたちに下がるよう顎を向ける。ダリウスたちは敬礼をすると、入り口をふさぐように立ちはだかった。


「カーネリア。俺に用ってなんだ? 一体どうしたんだ」

「その前に、クレオン」カーネリアは鞘に納められた剣を突き立てる。「王都襲撃の際、お前は魔族と共にいたそうだな」


 その言葉に、クレオンは息を飲む。


「……何故それを」

「以前した話を覚えてるか? お前がここにきて、セルマやアーレント、レンカの三人が死んだという話だ」

「ああ」

「その件について探りを入れようと、私は使者を送っていた。だが彼が滞在していた時に、王都襲撃が行われた」


 使者と聞いて、クレオンは記憶を振り返る。いや、自分が覚えている限り、誰かしらが通りがかった記憶はない。


「その使者が、俺の姿を見たと」

「そうだ」


 クレオンは言葉を失った。一番知られたくない相手に、自分の事を知られてしまったからだ。


「クレオン、何故だ? 復讐に走るのは分かる。だが何故、よりにもよって魔族と手を結んだ?」

「それ以外に方法がなかったからだ。カーネリア、出来るなら君が協力してくれさえすれば、俺も奴らと手を組む必要なんてなかった。

「言ったはずだろう。同盟国を裏切るなんてできないと」

「ああそうだな。だから君を批判したりしない」

「お前の気持ちは、お前が思っている以上によく分かっているつもりだ。だからこそ、使者を送り向こうの出方を伺った。その間だけでも待ってくれればよかったのに」

「いや、時間が無いんだカーネリア」クレオンは一歩前に出る。「聞いてくれ。もしかすると、あの三人を助けられるかもしれない」

「何を言っているクレオン。死者は蘇ったりしない」


「俺の話を聞いてくれ。王都で俺は、王宮魔術師のヴァルタルという男に出会った。そいつが言うには、俺は一定の時間を永遠にめぐる魔術をかけたらしい」カーネリアはクレオンの言葉を全く理解できなかった。「俺が魔王として倒したのは、実は俺だったんだよ! 時間がめぐって、俺は未来の自分を倒していたんだ。奴が言うには、最初から魔王なんていなかったんだとさ。何でも神王は、自分にとって代わる存在に怖れて、ならその芽をつぶそうと勇者の話をでっちあげた」

「……クレオン。お前……」

「本当なんだカーネリア! 空を見てくれ!」


 言われてカーネリアは、クレオンと共に空を見上げる。金色は一層強くなり、殆ど青みは消えかかっていた。


「黄昏の空がどうした」

「そう! 空が完全に黄金色に染まった問、俺はかつての自分と対峙する! そこで俺は、過去の自分を殺せばいいんだ! そうすれば、セルマ、アーレント、レンカの三人は助かるんだ!」

「……それで」


 カーネリアは再びクレオンの方を向き、冷ややかな目を送る。


「だから頼む、カーネリア。今度こそ俺に協力してほしい」


 その時のクレオンは、カーネリアにどう映っただろうか。彼女はその話を何一つ理解できなかった。いや、理解したくなかった。あまりにも馬鹿気だ話に、彼女は深く失望した。


「クレオン」カーネリアはため息をつく。「私はお前のことを信じていた。きっと魔族に手を貸しても、お前はずっとお前のままだと」

「カーネリア……」

「だが、今のお前は復讐にとらわれ過ぎている。魔族に寝返っただけではなく、あげく馬鹿げた話をして私を懐柔させようとは。クレオン……お前にはほとほと失望した」

「聞いてくれ! この話は全部嘘じゃない!」

「黙れ!」カーネリアは鞘から剣を抜く。「今のお前の話など、聞く価値もない!」

「どうしてだ、カーネリア! 確かに魔族と手を結んでいるが、心まで売ったつもりはない! 全て復讐の為だった! でもそんな事よりも、俺は三人を救いたいんだ!」

「三人は死んだんだ! おまえがそう言ったんだろう!」


 クレオンの叫びは届かず、カーネリアの声にかき消された。僅かながら、沈黙が流れる。


「カーネリア。俺は三人を救いたいんだ。今はもう、復讐なんて考えてない」

「お前は、下らない与太話を信じるんだな」

「本当の事なんだよ。このペンダントが、全てを教えてくれた」


 クレオンは首にかけていた、ヴァルタルのペンダントを掲げる。


「クレオン、お前は騙されているんだ。王宮魔術師が何て言おうが、三人は戻らない。そしたらお前は、再び復讐に走る。そうだろう?」

「どうして信じてくれないんだ」

「簡単だ。お前はもう、魔族の一員だからだ」


 カーネリアは剣を構えた。もはや狂人に手向けられるものは一つしかない。


「カーネリア。何も戦う必要はないだろう」

「それはできない。この国の王女として、民に誓った。再びこの国に危害を加えんとする魔族から、全てを以てして守ると」

「俺を、斬るつもりなんだな」

「こんな事になるなんて残念だ。クレオン」カーネリアは深く息を吐く。「さあ剣を抜け。この国から出たいというなら、私を倒してみるんだな」

「頼む、カーネリア。こんなの間違ってる」

「間違っているのはお前だ」


 カーネリアは一歩たりとも退く姿勢を見せなかった。クレオンは迷った。一体どうして、かつての仲間と戦わなければならないのか。彼は振り返る。もし逃げようものならば、ダリウスたちが襲いかかって来るだろう。被害は増えるだけだ。

 彼女の引かない姿勢に、クレオンも覚悟を決めた。鞘から剣を抜き、構える。お互い、言葉は不要だった。

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