第17話

「お前に用はない。王はどこにいる」


 クレオンは剣をヴァルタルへ向ける。ヴァルタルは顔を上げると、不敵な笑みを浮かべた。


「陛下なら、この王都にはいませんよ?」

「なんだと」

「おや、もしかして驚いてますね? 一体どうして王が都にいないのかと。偶然、たまたま他所へ行く用事があったのかとお思いですか?」


 まるで茶化すようなヴァルタルの口調に、クレオンは腹が煮えくり返りつつあった。


「御託はいい。王の居場所を吐け。でなきゃここで死ね」


 剣を向けるクレオン。だがヴァルタルは、余裕を消さない。


「どうぞどうぞ。ですがその前に、貴方の為になる話をしてあげましょう」

「黙れ。お前に用はない」

「いいえ、これを聞けば変わるはずです。では早速一つ、お教えしましょう」ヴァルタルは丁寧にお辞儀をする。「まず、私は今日、貴方が王都に進行すると知っていました」

「何?」


 クレオンは記憶をたどった。この話をした人間は一人もいない。確かにカーネリアにはそういった話をしたが、断られた上に、わざわざ彼女が話すはずもない。


「驚きましたね? でも驚くのは早い。今貴方は、何故私が今日の侵攻を知っていたのか、知りたいでしょう?」

「どうせ占いでもしたんだろうな」

「いえいえ、占星術の類は……専門外って程じゃあないんですけどねぇ」ヴァルタルは小さく笑う。「でも私の場合、知ってたというよりは実際に見た、という方が正しいんですけどね」

「何が言いたい」

「つまるところ、私は貴方が侵攻に来るだけではなく、魔族を従えて来る事も想定済みでした」

「……下らない。何を言い出すかと思えば」

「では何故陛下がご不在なのだとお思いで?」

「他国へ会議にでも出かけたんだろ」

「まさか。我らが神王が、わざわざ他国へ出向くはずもないでしょう。むしろ他の国の国王共が、陛下へ跪きに来るんですから」

「だから、お前はあらかじめ知っていたと。で、誰がお前に吹きこんだ」


 クレオンの言葉に、ヴァルタルは笑い声をあげた。実に不愉快な笑いに、クレオンは剣を握り締める。やがて笑い終わると、彼は深く息を吸った。


「……失礼失礼。あまりにもおかしいものでしたから」

「何がおかしい」

「そうですねぇ、どうしても信じないというのなら。残る貴方の疑問に答えましょう」

「お前、俺の何を知っているってんだ」

「全て、ですよ。全て」ヴァルタルはにやりと笑う。「例えば、貴方が倒した魔王についてです」


 それを聞いて、クレオンは息を呑む。


「……魔王なら、間違いなく俺が倒した」

「ええ知ってますよ。でも貴方は、魔王の顔を見たはずです。誰の顔でしたか?」


 ヴァルタルは笑いをこらえながら、じっとクレオンを見つめる。クレオンは何も答えなかった。まるで心を見透かされているような感覚に、これ以上ないくらいに不愉快さを感じていたからだ。


「答えなくても分かってますよ。そう、魔王は貴方とそっくりでした。そうですよね」

「お前は魔王と関係があるのか」

「いいえ。ですが貴方は関係あるのでしょう? 新しい魔王さまなのですからね」

「いい加減にしろ。これ以上でたらめを言うなら、お前を殺してやる」

「ですから、それは後で好きなだけどうぞ。でも本当に大切な話はこれからですよ?」


 ヴァルタルの不敵な笑みに、クレオンは葛藤した。今すぐ殺したてやりたいという感情があったが、この男が魔王や仲間の死について何かを知っているのでは、という好奇心が相克していた。最終的に好奇心が勝ると、彼は剣を降ろす。


「さっさと話せ」

「その前に、貴方のこれまでを振り返りましょう。一年前、陛下は新たなる魔王が降臨したと知り、力の衰えた自分に代わり、魔王を倒す勇者を集った。そこで貴方が選ばれ、一年にわたる旅の末魔王を討伐した。そうですね?」

「ああそうだ」

「では、それが全て”嘘”だとしたら、どうしますか?」


 そう尋ねるヴァルタルの目は輝いていた。まるで、これから面白い物が見れるだろうという期待の眼差しだった。


「嘘だったと? お前ふざけてるのか」

「考えてみてくださいよ。貴方も我らが神王が、魔王を討伐した英雄譚はご存知のはず。それから数十年たった今、再び魔王が降臨した。でも貴方が覚えている限り、魔族の侵攻に立ち会ったのはたった一回。貴方と旅をした姫君の国。魔族との激しい衝突はその一階きりだったはずです」

「お前、俺たちの後をつけてたのか」

「まさか。ですが旅についていかなくても分かるんですよ。なぜなら主要な魔族は、全て陛下が倒したのですから」

「それが何だって言うんだ」

「まだ分からないんですか? あー可哀そうに!」ついにヴァルタルは笑いをこらえきれず、甲高い声で笑い声をあげた。「ですから! 魔王は最初からいなかったんですよ!」

「なんだと、お前……」

「では何故、陛下が勇者を選ぶための試験を開催したのか? 当然知りたいですよね」

「御託は良い! さっさと話せ!」


 クレオンもついにしびれを切らして、言葉が荒くなる。


「魔王を討伐した後、陛下は当時の姫君を娶り、我が国の王へ即位しました。そんな陛下に待っていたのは、熾烈な政治争論でした。裏切りは日常茶飯事。目の前では笑顔でいても、背中を見せた瞬間にナイフを突き立てる。そんな者達のいる世界で、勇者だった神王は疑心暗鬼に見舞われてしまった。やがてついに陛下は、自分を脅かす存在が出てくるのではと危惧したのです」

「それが俺たちと何の関係がある」

「だから我々は、偽りの魔王をでっちあげて、いずれ陛下に変わるかもしれない存在の芽を潰そうとしたのです。それが貴方もよく知る、勇者選抜試験です」

「まさかお前達は、最初から俺たちを殺すつもりで……」

「まあそれだけでもよかったんですがね」笑いから一転、無表情になるヴァルタル。すると再び笑みを浮かべた。「しかし時を同じくして、私はある魔術を研究してましてね」

「魔術……?」

「私はそれを『輪廻の儀』と呼んでましてね。効果としては、ある者を永劫に輪廻する時間軸に閉じ込める者で……」ふとヴァルタルは、クレオンへ首をかしげる。「時間については分かりますか」

「それと俺がどういう関係にあるってんだ」


 ヴァルタルはクレオンが期待していた回答を寄越さず、落胆する。


「まあいいでしょう。つまるところ、この術をかけられたものは、同じ時間を永遠と体験することになるんです」

「下らない戯言を。そんな事不可能に決まってる」

「それが可能なんですよ? 貴方がよーくわかってるじゃないですか」


 ヴァルタルは涎を垂らしながら、薄気味悪く笑みを浮かべる。クレオンは彼の言葉がよく分からず、首を横に振る。


「何が言いたい」

「ですから、その術をあなたに掛けたんですよ。つまり……ですね……!」ヴァルタルはこれ以上ないくらいに、甲高く笑う。「貴方は今、同じ時間を彷徨っているんですよ!」

「ふざけるな! そんな事できるはずが……」

「だからできるって言ったじゃないですか! 貴方が魔王として討ったのは、他でもない貴方なんですよ!」

「嘘だ、嘘に決まってる!」

「では今、魔族を統治しているのは誰です!? 他でもない貴方でしょうが!!」

「違う! おまえの思う通りになんかなってない!」

「いいえ! なっているんですよ! それも私だけではなく、陛下が危惧した通りに!」ついに笑い転げるヴァルタル。だが話は続いた。「貴方は我々が思った通り、陛下を脅かす存在となった! その証拠に、魔族を引き連れて我らが都を襲撃しているじゃありませんか!」

「それは、お前達が仲間を殺したから!」

「ええ、本来なら貴方もそこで死ぬはずでした! 私がかけた魔法も無駄になる所でした! ですが貴方は生き残り、”幸運”にも同じ運命をめぐっているんですよ! 何度もね!」

「ありえない、そんなバカな話があるか!」

「それがありえてしまうんですよ! ですからあなたはこれから先、また自分に殺されるんです! そしてその先で、貴方の仲間も殺され、再びここへ来る! 何度も!」

「嘘だ……そんな話あるわけがないっ……」


 クレオンはヴァルタルの言葉を信じたくなかった。彼の話が本当なら、仲間は何度も死に、そして自分も殺される。他でもない自分に。それが永遠と続いて、何一つ変わらない。


「ですから、貴方がここに来るのは初めてじゃないんです。こうしてお会いするのも」


 ふとそこで、クレオンはあることに気がついた。


「……なら、お前はどうして知っている?」

「まさか、教えるはずがないでしょう? 貴方には苦しんでもらわないと」

「何故だ。なぜそこまでして俺を。俺がお前に何をしたって言うんだ」

「何も。でもね、私は貴方が苦しんでいるさまを見ていると、とても心がはれやかになるんです。ああ、こんな辺境育ちの小僧が、醜く這いまわっていると……」


 それがヴァルタルの本心だった。彼は獣のように涎を垂らしながら、悦びに頬を染める。彼の並ならぬ嗜好によって、クレオンは理不尽にも苦しめられていたのだった。


「……お前だけは、絶対許さない」


 クレオンは剣をかまえる。


「どうぞお好きに」ヴァルタルはクレオンの殺意を受け取るように、身体を広げる。「別に死ぬのは怖くありませんよ。だって我々はまた会うんですから。それに、その度に貴方が苦しむさまを見れるのが最高の楽しみなんですよ」

「この外道が!」


 クレオンは叫び、剣を振るう。ヴァルタルは目を閉じて、自らの運命を受け入れた。彼は無抵抗のまま、首を撥ねられる。首は壁に当たり、地面へ転げ落ちた。その間際ですら、ヴァルタルの顔から笑みは消えなかった。

 怒りのままに剣を振るったクレオンだが、心は晴れなかった。これもまた、ヴァルタルの……そして神王ジークヴァルドの掌で踊っているようにしか思えなかったからだ。

 ヴァルタルが口にした真実は、特に彼にとって心に重くのしかかった。使命の為にと、勇敢に戦い、旅をしてきたのは無駄だったのだ。それだけではなく、アーレントも、レンカも、そして愛するセルマの死すらも、全て無駄だった。自分達は何のために旅をしてきたというのだろうか。魔王が実はいなかったというのに。だがそれを知るのは、遅すぎた。

 クレオンはヴァルタルの骸を見おろしていた。首泣き死体は何も言わず、王の寝室に血を流していた。彼は唯一残った悲しみに押しつぶされそうになっていた。


「……ちくしょう」


 つい出る悪態を消そうと、無意味にもヴァルタルの骸へ剣を突き立てようとした。ふとその時、骸の首元にペンダントが見えた。そのペンダントを、クレオンは以前にも見たことがある。

 それは魔王も首にかけていたものだった。何故ヴァルタルがそんなものを持っているのか、彼は気がかりでならなかった。剣をその場へ置き、彼はペンダントへ手をかける。

 次の瞬間、クレオンの視界に一面の白い世界が現れた。何が起こったのか分からず、彼はうろたえながら辺りを見回す。


「こっちだ」


 すると背後から、聞き覚えのありすぎる声が聞こえた。クレオンは自分の口元を確認する。自分が一旦じゃない。そう思い、振り返る。そこには、自分とうり二つの男が立っていた。

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