第58話 楽しいダンジョン配信(木の枝縛り攻略)

「……ホントに木の枝だけで攻略しろって言うんですか」


 パンツ一丁の瓜田が、木の枝を見おろして尋ねる。


「そういう企画だからな」


「……いくらなんでも無理ですって!!」


「お前の意見はどうでもいい」


「そんな……勘弁してくださいよぉ……」


 瓜田は膝から崩れ落ちる。


 だが悠長に構えている間にも、配信は続いている。視聴者も一時間膠着状態が続けば、流石に苛立ちを隠せないだろう。


「ほら、視聴者もみんな早くしろって怒ってるぞ」


 俺は配信画面を瓜田に見せる。コメント欄では、視聴者の怒りが投げかけられていた。


『はやくしろよ』


『時間がもったいないんですけど』


『俺あと一時間で仕事行かないといけないんだけど』


『キーファンさんの顔に泥塗る気かよ』


「ねぇ待ってくださいよォ皆さん。木の枝だけでダンジョン攻略なんて出来るわけないでしょう? せめてなんか鉄パイプかバットでも……」


「だから、企画についてはあらかじめお前にも伝えただろうが」


「冗談言わないでくださいよ!! あんなの脅してるも同然じゃないですか!!」


 時はさかのぼり、瓜田の処遇について決まった後の事。


 俺はスポンサー立ち合いの元、瓜田の処遇について会議を開いていた。勿論当人も込みで。いくつか案が出されたのち、決まったのは『木の枝だけでダンジョンを攻略する』というものだった。


 無論その時は瓜田も笑顔で承諾したのだが……何を勘違いしているのか、脅されてとほざいて来ている。


 ちなみにこの配信の趣旨は、である。視聴者に冒険者とはどういう仕事か、を紹介するのが目的だ。


 尤も、俺の配信を見てくれている殆どにとって既知の内容だが。


 ちなみにパンツ一丁なのは綾の提案だ。奴の服を脱がせたときは、視聴者からの反応も良かったんだが。


「ホントに言い訳ばっかだな。大体、全部自分が引き起こしたんだろうが」


「ぐ……」


「『ぐ……』じゃねぇよ」とはいえこのまま悶着を続けていては、せっかく四十万人も集まった視聴者が帰ってしまう。「しょうがない。まずは俺が手本を見せてやるから、そしたら必ずやれよ」


「いいですよ……絶対無理ですから」


「はいはい言い訳してろ」


 仕方がないので、俺はダンジョンを進んでいく。


 今日侵入しているダンジョンは、ひどく簡単なものだ。Gランクでもソロで攻略完了の報告が無数にあり、慣れないうちはここで稼げと言われているほどだ。


 冒険者の数も増えて来たからか、これまでに十人程度とすれ違っている。ただ俺が配信していると知って、皆出て行ってしまった。一期一会の経験も、ダンジョン攻略の醍醐味なんだが。


 などと考えていると、早速敵と出くわす。相手は動きのとろい死者アンデットで、数も二体程度。


 このダンジョンで死傷者が出たことはない。敵の動きは死者の中でも非常にとろく、接近しても攻撃まで十秒の余裕がある。動きも単調で、持っている棍棒を分かりやすい振りかぶり方で振るだけ。


 俺ぐらいになれば、木の枝でも十分すぎるくらいの武器になりえてしまう。


「じゃあよく見てろよ」


「……絶対倒せないって……」


 などと瓜田が抜かす。


 俺は死者アンデットに近づくと、そのまま立ちすくんだ。敵は棍棒を振りかざそうとしてきたが、非常にのろまだった。五秒数えてもまだ余裕。七秒、八秒で木の枝を持ちながら、前蹴りを浴びせる。


 この間二体目は傍観する習性があるようだ。なので攻撃のそぶりを見せたのが、丁度一体目を蹴った後。振りかぶって一秒、二秒……。


 めんどくせえ。俺は木の棒を敵の頭に叩き付けた。死者アンデッドはゆっくり倒れて、解けていく。


「……ほら、こうやって倒すんだ」


 何一つ難しい動きはしていない。一体目は本当に蹴っただけだし、二体目は木の枝で頭をぶっ叩けばいい。これを繰り返すだけで千円稼げるなんて、なんと楽な仕事だろうか。


「いや……無理ですって」


「ふっざっけんなてめぇ。四の五の言わずにやりゃいいんだよ」


 俺も少々腹が立って来たので、無理やり瓜田に木の枝を渡そうとした。だが奴は、必死に抵抗する。


「できませんってこんなの! 無理無理!」


「手本は見せただろ。いいからやれって」


「いやです! 出来ない!!」


 あまりの駄々に、俺はついため息を出してしまった。


 なるほど。こいつには自責の念というものがないようだ。自分がしでかした間違いに対して、良心の呵責を感じないらしい。


「お前、自分がこれまで何をしてきたか思い出してみろ」


「……転売ですけど……」


「お前らが売ってる物がどこから来てるのか分かるか」


 瓜田は言葉で答えなかったが、代わりにダンジョンを見回す。一応は分かっているのだろう。


「お察しの通り、俺たち冒険者は身を危険にさらして金を稼いでる。それは他の企業も同じだ。命の危険までとは言わないが、皆飯を食っていくために懸命に生きている。お前達のしていた事は、そういった人たちの人生を踏みにじったも同然なんだよ」


「……」


 瓜田はお得意の反論をしようと口を開いたが、結局何も言わず閉じる。もう何度も行っているやり取りだから、向こうも飽きているのだろう。


「分かったか?」


「……金を稼いで何が悪いんだよ」


 と思ったが、完全に見込み違いなようだった。ここまで頑なに自分を曲げないのは、もはや芸術の域と言ってもいいだろう。


 そこへ奥から、死者アンデッドが二人現れる。俺は木の棒を置いて、遠くへ離れた。


「ちょっと……どこへ行く気です!?」


「手本は見せた。後は頑張れ」


「待って! お願いですから、どうかっ!」


「自分が正しいと証明したいんだろ? だったらそいつら倒して証明しろよ」


 そうすれば、視聴者もこいつを認めてくれるだろう。


「無理ですって!! もうやめてくださいって!!」


「知らねえよお前の事なんか」


 敵は瓜田の背後に迫りつつあった。鈍重ゆえにまだ余裕はあるが。


 瓜田は木の枝を両手で握り締めると、わなわなと震えはじめる。そしてみっともない泣き顔を曝す。


「……全部、おれが悪かったです。許してください……」


「そうかそうか」


「だからどうか、アイツらを倒してください。おれを助けて下さい」


「分かった許してやる」


 そう答えると、瓜田は泣きながら笑みを浮かべる。


「ありがとうございます! ありがとうございますゥ!」


 土下座気味にその場へ顔を伏せる。


 で、何も起こらない。俺は敵を倒さないし、瓜田もその場から動かない。


「……あの、倒してくれるんじゃ……」


「ああ、確かに俺は許すと言った」


「じゃあ――」


「それだけだ」


「……へ?」


「俺は許す。それだけ」


「待って……それじゃあ話と違うって……」


「何が?」


「だって敵を倒すんじゃ――うわあああっ!?」


 話している間にも、敵は既に瓜田の足元まで来ていた。奴は腰が抜けてしまったのか、その場で動けなくなっていた。


 鈍い動きながら、死者アンデッドは棍棒を振りかざす。攻撃は奴の膝裏を打つ。膝から下が、まるで豆腐のように千切れて吹っ飛んでいった。


「ぎやあああああああああああああああああああああああっ!! 膝がァッ!!」


「実況する余裕はあるんだな」


 今更思うが、こいつにはもっと別の才能があったんじゃないかと思う。ゲーム実況とか――特にホラー系をやらせたら、間違いなく輝いただろう。


 今さら言っても詮無い事ではあるが。


「お願いですゥ!! 一生のお願いですから助けてェ!!」


「一生のお願いだと?」


 時間稼ぎの為にオウム返しをしてみる。


「助けてくれたら何でも言うこと聞きますから!! お願いですゥ!!」


 それを野郎に言われてもな、などと考えながら、まあ助けてやってもいいかと思う自分もいた。


「ったく、しょうがない奴め」


 まあ別に減るもんじゃないし。俺は瓜田へ手を差し伸べる。奴はすぐに手を掴んできた。


 それを引っ張って、間一髪、敵の攻撃を避けられた。


「ふひーっ!! ありがとうございます、キーファンさん!!」


「どういたしまして。で、なんでも言う事を聞いてくれるんだよな」


「も、もちろんです! 言ってくだされば、おれ、なんでもします!!」


「そうか。なら一つ頼みがある」


「ええ、ええ! 何でもどうぞ!!」


 ご機嫌な様子の瓜田。こいつを助けたのは正解だった。


「よし。じゃあ――死んでくれ」


「……え」


 俺は瓜田の襟をつかむと、足払いをして転ばせてやった。地面に倒れ込んだあとで、瓜田は呆気にとられたようにこちらを見つめる。


「今のも、一生の頼みってヤツだ」


「……待って、それじゃあ話と違う」


「そう言われても、約束は約束だろ」


 俺は瓜田が落とした木の枝を拾いあげる。奴の背後には、敵が迫りつつあった。


「嫌だ……こんなとこで死にたくない……」


「そりゃ誰だって死にたくないよな」


「じゃあ……」


「でもお前は駄目だ」


「いやだ、お願いだから助けて……」


 もうこの男にかける言葉はない。せめて死に様でも拝んでおくか。俺はその場に腰かけて、死者アンデッドが棍棒を振りかぶる様を見届けた。


「たすけてええええええええええ!! しにたくないよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ダンジョン内に響く叫び。やがてそれは断末魔に変わった。敵は瓜田へ、何度も鈍い攻撃を浴びせる。


「ひぎゃああああああああああああああああっ!! 痛いよおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああ……ぁ」


 何度も打たれて、まるで食いつくされた魚のようになった瓜田。その声は、死んだ後もわずかに続いていた。

 

「すごかったですね。死んだ後も声が出る人なんか、初めて見ましたよ」


 俺は視聴者に向けて投げかけた。


『自分も初めてです』


『死後痙攣とかもあるし、あり得なくないですけどね』


『でもパンイチでは死にたくないですね』


『キーファンさん、敵迫って来てますよ』


 視聴者に指摘されて、ふと思い出した。死者は既に俺の手が届く距離までやって来ていた。


「んじゃまあ、企画通り木の枝縛りで攻略しますか」


 職業体験希望者もくたばった事だし、ここからは普段通りの仕事をこなしていこう。そう思いながら、俺は死者アンデッドを木の枝でぶちのめした。

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