第57話 想定外の報酬

「白銀さん、お疲れさまですっ!」


 桜色髪の女は、白銀の方を向くと元気よくお辞儀をした。


「え、ええ……お疲れさまです」


 困惑した声色ながら、応えるようにお辞儀を返す白銀。


「知り合いか?」


 顔を上げた白銀に尋ねる。


「ええ。彼女は――」


「おっと! 自己紹介はわたしにさせてくださいっ!」桜色髪の女はそう言って、白銀へ掌を見せて止める。それから俺の方へふり向き直して、丁寧にお辞儀をした。「初めまして、松谷丹由倫さんっ! わたしは冒険者省の『神楽坂咲良』と申します!」


 快活な声で、女は名乗る。所属と言った際、白銀の眉がぴくりと動いたのが見えた。俺も神楽坂と名乗った女の言い方からして、何かを隠しているような意図がくみ取れた。


「冒険者省って言うと……」


「そうです! 冒険者に関する事柄やダンジョンの管理、裁定、戦利品などを扱う鑑定関連など、その総轄を担う部署です!」


「それは知っているんだが……」


「さすがですね松谷丹さんっ!」神楽坂は手を合わせ、万遍の笑みを浮かべる「あ、でもその辺は手続きする際に教えてもらえるんでしたね。えへへ、すみません」


 一転、顧みるように調子を落とすと、頭に手を当てた。


 冒険者省の官僚と聞くと、俺はもっと気難しいのを考えていたんだが。しかし神楽坂というのは、元気いっぱいな普通の女という印象しかない。


「ところで神楽坂さん。どのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」


 白銀はへりくだりと嫌味を半分ずつ合わせたような口調で尋ねた。


「あ、そうでした! と言っても……わたしはあくまで仲立ち役でして、ご用事があるのはこちらの方々ですっ」


 神楽坂が手を差し出した先には、六人の男が横一列に並んで立っていた。


 全員年は四十か七十代で、高級そうな背広を着こんでいた。いかにも、それなりの地位にいるって感じだった。


「神楽坂さん、有難うございます」うち一人、六十代ぐらいの初老の男が丁寧にお辞儀をする。次にこちらへと近づいて、再び一礼してきた。「キーファン様こと松谷丹由倫様、でいらっしゃいますね」


 てっきりタメ口でも来るかと思ったが、あまりにも礼儀正しく対応してきたので、こちらもつい応えようと深々と頭を下げてしまう。


「え、ええ。その通りでございます」


 口調も変な感じになっちまった。


「実はわたくし、こういう者でして……」


 男は背広の内ポケットから名刺を取り出して、俺に渡してくる。受け取って確認してみると、ある企業の専務を務める人物だった。


 しかもその会社は、俺がダンジョン攻略で使っているアイテムの製造、販売会社であった。


「えっと、どのようなご用件で……」


 使い方についてあれこれ言われるのでは、そう思っていると、後ろにいた男たちもこぞって駆け寄る。


「初めまして松谷丹様、わたしはこういう者でして」


「お初にお目にかかります、松谷丹様」


「いつも当社製品をご愛用いただきありがとうございます。申し遅れましたが、わたくしこういう者で御座います」


「お会いできて光栄です、松谷丹様。遅ればせながらご紹介を」


「このような場所で大変恐縮でございます。わたしは……」


「ちょ、ちょっと皆さん待って……」


 一斉に名刺と名乗りを提出されても困るものだが。ひとまず一人ずつ名刺を受け取り、それぞれ確認する。全員、俺が普段使っているアイテムを作る会社の人だった。


 それも皆、専務か同等の役職に就いている人達である。


「それで、皆様どのようなご用事で……」


 恐る恐る尋ねると、代表ともとれる六十代くらいの男が頷く。


「先日松谷丹様がわが社の商品に宣伝してもらった所、たった一日で一年分の売り上げになりまして……」


 覚えはあった。戎谷が見せてくれたフリーマーケットアプリで、俺が紹介した品物が高く売られていたのだ。


 だが需要と供給のバランスがそうであるように、元々は商品紹介で需要が格段に膨れ上がり、そこに戎谷が商機を見出したのだろう。


「わが社も同じような売り上げになっておりまして」


 それから他も我が者も、わが社も、と声を上げる。落ち着いてくれと言う前に彼らはすぐ言葉を切り上げてくれたので、話はちゃんと続いてくれた。


「そこでぜひ、貴方のスポンサーにさせていただきたいと思った所存です。いかがでしょうか」


 六十代の男がそう告げると、他の男たちも一斉に頷く。どうやら全員、俺のスポンサーになりたくて声をかけてきたようだ。


 俺としては構わないが、一つだけ疑問がある。だがそのためにも、神楽坂という女がいるのだろう。


 神楽坂は俺の視線に気がつくと、待ってましたと言わんばかりに頷いて前に立つ。


「松谷丹さんもご存知の通り、冒険者がスポンサー契約を結ぶののは前例がありませんでした。そうなると……やはり収益関係で問題が発生してしまうから、ですねっ」


「その調整を、あなたがしてくれると?」


「はいっ! というよりもうすでにさせていただきましたっ!!」


 神楽坂はベロを出しながら、可愛らしく敬礼をする。いろいろ考えていたが、全て杞憂だったようだ。


「仕事が早いようで……」


「おほめ戴き光栄ですっ! えへんっ!」


 えへんは余計だろうに。野暮な突っ込みはさておいて、専務らの方へふり向き直す。


「後は松谷丹様次第と言った所です。いかがでしょうか」


 ありがたい話だが、まずは確認しないといけない事がある。


「それで、報酬についてお尋ねしてもよろしいでしょうか」


「でしたらこちらの方に」


 専務の男は持っていた革の鞄から、ファイルを取り出す。中から一枚紙を出して、こちらへ渡してきた。


 紙は契約書であり、そこには契約の概要と報酬額が記されていた。その報酬額は、一月で自動車が買えるほどの額であった。


「我々の方の条件もご確認ください」


「不備がないよう、目を通していただけると幸いです」


 他五人も同じく、契約書を見せて来た。額に差異はあれど、どれも一月で二万以上。


 つまるところ、俺は単純計算で一月一千万も貰えるのだ。それは、もう支払いや高熱費に頭を悩ませずに済むという証拠でもある。


「いかがでしょうか……」


 専務たちは固唾を飲んで、こちらの様子を伺っていた。


 スポンサー契約を結ぶうえで求められるのは、今後も自分の会社の商品を使ってほしいとの事。それ以外の煩わしい条件――例えばいちいち宣伝したり、あるいは気を遣ったりはしなくていいとの事。いつも通り、普通にアイテムを使えばいい。それが条件だった。


 こんな好待遇、断るはずがないだろう。


「分かりました。契約します」


 そう答えると、専務たちの表情が一斉に晴れやかになる。


「ありがとうございます!!」


「光栄です、松谷丹様!!」


「ぜひ今後ともよろしくお願いします!!」


 中には握手を求めてくる者もいたので、答えるように手を握り返したりもした。


 これでもう、支払いに頭を悩ませなくていいんだな。わがままを言わせてもらうなら、ダンジョン攻略の際に張り合いが無くなってしまうのが心配だ。細かく戦利品を拾う癖が無くならないといいんだが。


「さすがですね松谷丹さん! 世界初のSランク冒険者だけでなく、世界初のプロ冒険者になるなんて!」


 様子を伺っていた神楽坂が、まるで自分の事のように喜んでいた。


「ずいぶん嬉しそうですね」


「そりゃあもう! 我々冒険者省としては、ダンジョン攻略が盛んになってくれるのが一番ですから!」


「なるほど」


「さて、お話もまとまったようですし、わたしはこれにて失礼しますね」


 そう告げて、神楽坂は専務らにお辞儀をした後、今度はこちらにも一礼してくる。


「松谷丹さんも、今後のご活躍、期待してますねっ!」


「それはどうも……」


「それと……」するとなぜか神楽坂は、急に距離を詰めてくる。俺の手を取ると、大事そうに胸元へ手繰り寄せた。「ようやく、会えましたねっ」


 別れ際に頬へキスをして、神楽坂は手を振ってその場を去っていく。


 まるで嵐が過ぎ去ったような光景だった。


 断わっておくと、俺は過去にあの女と会った事がない。向こうは省の人間だから、こちらの事はいくつか知っているだろう。だが頬へキスをされる様な関係ではない。


「……気にしないで」困惑していると、白銀がそばに寄って来る。「神楽坂さん、貴方に興味津々みたいだから」


「どうしてだ。俺はあの女に会った事ないが」


「例えて言うなら、白馬の王子様を待つ姫ってとこかしら」


 白銀の言わんとすることは、何となく理解できた。だが自分では白馬の王子様とは思えないんだが。


「……なんか……くやしい……」


 ふとその声を聴いて、俺はすっかり綾を忘れていたのだと理解した。完全に頭から抜けてたな。


 さあ様子を尋ねようとしたが、丁度俺たちの横へ、警察に連行されて行く瓜田が通りがかる。


「あ、ちょっと!」


 何故か呼び止めないといけない気がした。いや、理由は分かってる。こいつをこのままムショ送りで済ませたくなかったからだ。


「何ですか。もう全部解決したんですけど」


「あの、そいつの処罰についてなんですが……俺に任せてもらえませんか」


「……何を言っているんだ、君は」


 呆れたように、警官が首を横に振る。


「突拍子もないのは分かっていますが、どうかお願いです」


「あのな君……こういうのは――」


 警官が言いかけたところで、目の前に専務が現れる。彼は一礼して、警官にも名刺を出す。


「我々からもお願いです。その男の処罰については、松谷丹様に一任させてもらえないでしょうか」


「わたしからもお願いします」


「弊社からも!」


 あげく、まるでそれを会社全体の意見だと告げるものまで現れた。


「その男には我々も苦汁を飲まされまして。こちらが開発に苦労した商品も、この男のせいで何度廃版にさせられた事か」


「……ちょ、何の話だかさっぱり……」


 完全に覚えがないらしく、瓜田は冷や汗をかきながら首を横に振る。


「あなたには覚えがないでしょうが、我々にはあります。我々はある商品を十年かけて開発し、やっと発売にこぎつけたのです。それをあろうことかこの男に買い占められ、たった一か月で展開を終了せざるを得なくなったのです」


「弊社にも同じような事がありまして」


「わたしらもです」


 こぞって専務らは、瓜田の所業を暴露していく。段々と血の気が引いていく瓜田は、その場で気絶しそうな勢いだった。


「無理を承知とは思いますが、どうかご一考の程よろしくお願いします」


 六十代の専務が頭を下げると、他の五人もこぞって頭を下げた。その様子に、警官もとりつく島がないように辺りを見回す。


 他の警官は知らんぷりをしているものの、その場に立ち尽くしていた。やがて対応していた警官は、深いため息をついた。

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