第55話 葱を背負った鴨 パート2
外に出ると、すぐに腕を組んだ白銀とはち合った。
「……やっぱり応援を呼ぶべきだったかしら」
「何だ、あいつに同情してるのか」
「いいえ。でも情報を持ってるだろうから、利用価値は十分に会った筈よ」
「そんなに情報を持ってなかったぜ。あと別に死にはしないだろうから、ほっとけ」
いくらあのごろつき共とて、命を奪う行為がどういうものなのかは理解しているはず。
尤も、俺にはどうでもいい話だが。
「それで、人質となった子はどこへ行ったの?」
白銀も同じ考えだったのか、話を変えてきた。
「空港とまでは分かったが、そこから先は分からない」
「行先は? もしかしたら該当する便から割り当てられるかもしれないわ」
「それは俺も考えたが、あいつは行き先までは知らないと」
果たしてこの国に空港がいくつあると思っているんだ。
第二次世界恐慌後も、各公共交通機関は本数を限りつつも運行されている。飛行機もその一つだ。ただし燃料費の高騰なども踏まえて、基本的に利用客の多い朝と夜のみの運航となっている。
ただ「海外へ行く」という漠然な理由だけでも、割り当てが難しいのはそのためだ。
先んじてスマホで航空便を調べていた白銀だったが、最終的に首を横に振るだけだった。
「……駄目ね。今の時間から二十一時までの間に、海外行きは十本出るみたい。この辺から一番近い空港は、そもそも今日は運航してないそうよ」
するといよいと手詰まりって訳か。一つずつ探そうにも、日本横断をするには時間がなさすぎる。
いっそプライベートジェットを……と思ったが、現代では政府からの許可がない限り、プライベートジェットは利用できないようになっているんだった。くそ、とことん不便な時代だ。
……いや、待てよ。そもそも俺が移動する必要があるのか。この国には一億という人口があるのに。
そこで閃いた。俺は直ぐにスマホを取り出して、自分の配信アカウントを開く。
「何かいい案でも思いついたの?」
横から画面をのぞき込む白銀。
「ああ。だったら空港近くに住んでるかもしれない、ファンの手を借りればいい」
あるいは炎上騒動にでもなってくれるか。とにかく、多くの人にこの事実を知ってもらえれば良かった。
「けど皆動いてくれるかしら? 確かに人が攫われたって聞けば動いてくれる人はいるかもしれないけれど……」
「だから綾に懸賞金をかける」
「……とんでもない事を考えたものね」
苦笑を浮かべる白銀。
「金はあるんだ。やらない訳がないだろ?」
「そうね。現状それしかないみたいだし」
「なら白銀は部下を呼んでくれ」
「いいけれど、何故?」
「今日でこの問題にケリをつけるからだ」
話しながら、俺は着々と配信の準備を進めていく。配信中に映った中で、最も移りがいい綾の姿を切り抜き、それを小さな枠の中に張り付ける。そして懸賞金額は『百万』にしておく。
ダンジョン攻略の際はボディカムをつけるが、この配信では必要ない。スマホ一つで生配信が出来るという事が、これほど有難く思えた日はないだろう。
準備を済ませた俺は、早速配信を開始する。
当然ながら、告知無しでの配信なので視聴者はゼロのままだった。
だが有難いことに、この配信サービスは登録したチャンネルが配信をすると、通知が行くようになっている。勿論タイトルも含めてだ。その中に行方不明者や人質といった穏やかじゃないワードが入っていれば、おのずと興味も沸くだろう。
配信開始から一分後、ようやく視聴者が増え始めた。まずは十人。
『なんか配信してる』
『行方不明者って誰?』
『画面に写ってる子って、確か一緒に出てた子だよね』
「えー皆さん、いきなりこんな配信をして申し訳ないんですが、時間がないので概要だけ説明します」
『なになに? マジでどうしたの?』
『キーファンさんいつも以上に真剣な声ですね』
「画面に出てるのは、配信に出演してくれたクロネコさんです。実は、彼女が攫われました」
『マジ?』
『通報したほうがいいんじゃ?』
「で、今ある伝手をたどった結果、どうやらどこかの空港にいるみたいです。攫った犯人は、クロネコさんを海外へ売り飛ばすとか」
『売り飛ばすってやば』
『人身売買は犯罪ですよね』
『今通報した』
この時点で、視聴者はすでに百人を超えていた。
『今北』
『今日出演してた人が攫われたんだって』
『なんかどっかの空港にいるみたいだよ』
そこから視聴者たちがそれぞれ情報交換をしながら、次々と入っていく視聴者にこれまでのいきさつを教えてくれていた。
開始五分で一万に達し、視聴者も疑心暗鬼になりつつあった。
『本当に攫われたの?』
『さっき通報した者だけど、空港ってだけじゃわからないって。一応各空港にそれっぽいのがいたら声かけるみたいだけど』
『他になんか情報とかないの?』
「そこでこの配信の主旨を皆さんにお伝えします。今ご視聴なさっている視聴者様に、クロネコさんの捜索を手伝ってほしいのです」
『手伝えって言われても……』
『うち空港から遠いし、多分無理だと思う』
『もしかして写真の下に書いてあるのが懸賞金?』
視聴者の一人が気づき、コメントを載せた。
「はい、その通りです。もしクロネコさんを見つけてくれた方には、懸賞金百万円を贈呈します」
『有難いけどマジで遠いんだよな、ウチから空港までって』
普通はそんな感じだろう。俺の自宅からも、空港は遠い。
「それと手伝ってくれた方には、一万円を贈呈したいと思います」
懸賞金だけでは、流石に動こうとは思えないだろう。見つけた奴が総取りか、あるいは……。それでいがみ合ってもらっては困る。
ならば参加者全員にも配ればいい。無論、中には嘘の報告もあるだろう。だがそれでも、綾が無事に見つかってくれるならそれでいい。
『懸賞金は一人だけ?』
視聴者の中から、質問が出てくる。
「もし複数だった場合は山分けとなります。勿論、参加費の一万も含めてです」
『参加したいけど、仕事がなぁ』
『ビール四本開けちまったから無理かも』
『親が許してくれなかった』
千差万別の視聴者が、それぞれ不参加を表明しつつあった。
「無理にとは言いません。通報してくれた方のお陰で警察も動くみたいですし」
『お金はほしいけど……』
『おれらに出来る事ってあるかな……?』
『仮に見つけたとしても、その後どうすればいいの?』
「出来れば引き留めていてほしいんですけど、無理なら場所だけでも構いません。とにかく情報が必要なんです」
それからもコメント欄では、困惑する声が続出していた。
現在の視聴者数は十万に達しつつあった。それでもまだ動いてくれる気配はない。ならいっそ懸賞金の額を上げるか……。
『試しに来てみたけど、ちょっと探してみる』
なんて思っていると、どうやら一人捜索してくれる視聴者がいたようだ。
「探してる方、今どこの空港に居ますか?」
コメントが流れていく中、件の視聴者が空港の名前を教えてくれた。中部方面の空港らしい。
『探してる人いるんだ』
『マジか』
『俺も行ってみようかな』
『親の目盗んで出てきました。キーファンさんこれから探してみます』
『飲もうって思ったけどちょっと散歩がてら行ってきますかね』
『もし会えたらサインくださいね』
それから続々と、コメント欄に参加の報告が流れていった。どれくらいいるかは分からないが、十万といる視聴者の半分は参加してくれるみたいだ。
「皆さん、本当にありがとうございます」
『いつも楽しませてもらっていますからね』
『こういう形で恩返しできるなら』
『お金も忘れないでくださいね』
「ええ、もちろんです」
『他に情報とかあれば教えてもらえると』
そうだ。綾はどちらかというと気配が薄く、もしかすると分かりにくいかもしれない。
だが恐らく、連れの方は目立つはずだ。
「もしかすると連れがいて、そいつは紫かあるいは派手な色のスーツを着ていると思います」
『そいつが誘拐犯?』
「はい、そうです」
『おけ』
『探してみます』
『うち本州住みじゃないから無理だけど、みんな応援してるね』
ここまで来れば、後は時間の問題だろう。願わくば早く見つかってほしいものだが。
ふと、離れた場所で別の手を打っていた白銀がもどって来る。俺はマイクを一旦切った。
「そっちはどう?」
「ああ、皆参加してくれるってさ」
「こっちも、各空港に掛け合って置いてくれたみたい」
「後は見つかるのを待つだけか」
正直待つのがしんどいが。出来れば今すぐに駆け付けたいが、どこにいるか分からない以上この場から動けない。
既に陽は沈み、夜を迎えていた。真っ暗な埠頭の上で、一機の飛行機の光が見えた。
「あれに乗ってなければいいけれど」
同じものを見て、同じ考えを抱いた白銀が呟く。調べてみたが、通り過ぎたのは国内便だった。
だがいずれ、海外へ行く便も出てくるだろう。その前にどうか、見つかりますように。
俺はずっと配信画面を眺めつつ、視聴者のコメントに時々ながら応答していった。空港にたどり着いた視聴者も多く、同じころに海外便も出つつあるようだった。
とはいえ戎谷からの連絡がない以上、向こうも待つしかないのだろう。もしかすると俺が条件を呑んでくれるかも、という期待もあるはずだ。それを待ってくれればいいが。
倉庫の方では、いつの間にか喧騒が消えていた。もうあのごろつき共は帰ったのだろう。戎谷がどうなったかはどうでもいい。
再び配信画面に目を向ける。今だに発見報告はない。
既に配信開始から二時間が経過しつつあった。結果的に視聴者の半数以上が捜索に参加してくれたようだ。
だが該当する人物の姿は居ない。綾はともかく、紫のスーツを着た男の姿さえないという。
もうすでに出てしまったか。そう思った時、一つのコメントが流れる。
『いた』
「……どこにいましたか」
嘘かもしれないと思いつつ、その視聴者のコメントを待つ。
『便所行ったとき紫のスーツを着てる人見かけた。今後追ってる』
「どこの空港ですか」
しかし視聴者からの返事はなかった。
『ウソとか?』
『ちょっとやめろよウソ報告は』
他の視聴者も糾弾しつつ――。
『紫スーツが片目を前髪で隠した女の子と接触した』
『いたよ紫のスーツ』
『多分写真に出てる子を見かけた。紫スーツの人と話してる』
と思っていると、複数の発見報告が流れた。
「どこです! どこの空港です!?」
当人たちは、空港名を教えてくれた。場所は東北にある空港だった。
「ありがとうございます、すぐ向かいますので、一旦カメラとマイク切りますね!」
俺は一旦カメラとマイクを切り、白銀の顔を見あげる。
「分かったのね」
「ああ、東北の空港だ」
「なら行きましょう。迎えを呼んであるから大丈夫」
迎え、と首をかしげていると、不当に一台の車が入って来る。夜に溶け込む漆黒の色に、高級車メーカーのロゴをでかでかと取り付けた車だった。
車は俺たちの前で止まる。中から何となく見覚えのある男たちが現れた。
「お疲れさまです」
「ええ、お疲れ」白銀は男からの挨拶に応えて、すぐ後部座席へ回る。「東北に向かって」
「かしこまりました」運転手を務めていた男がお辞儀をすると、俺の方を向いて後部座席のドアを開けてくれた。「松谷丹様、お乗りください」
「あ、ああ。どうも」
まるでVIPのような待遇だな、と思いつつ、後部座席に乗る。高級車の座席なだけあってか、雲のようにふかふかのクッションだった。革も肌にへばりつかず、芳香剤のほのかな香りも気に障らない程度に撒かれていた。
全員が乗ったところで、車は急加速ともとれるスピードで発車した。埠頭の姿は段々と遠のき、やがて高速道路が見えて来た。
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