第53話 鑑定局の真の目的
家に戻ると、丁度たまきと白銀も帰って来ていたようで、リビングで荷下ろしをしていた。
「あら、お帰り」
「お゛か゛え゛り゛な゛さ゛い゛」
白銀はやつれ気味以外は普通だったが、たまきの方は完全に声が枯れていたようだ。
「たまきどうした。歌いすぎたのか」
「う゛ん゛。し゛ゅ゛う゛ろ゛く゛は゛お゛ひ゛る゛こ゛ろ゛ま゛て゛た゛っ゛た゛ん゛た゛け゛と゛」
まるで某俳優の叫び声みたいな話し方になっているたまき。
「その後カラオケ行って潰れたらしいわ」
白銀は苦笑を浮かべる。
「う゛ま゛く゛う゛た゛え゛た゛き゛か゛し゛な゛く゛て゛」
ねぎらいの言葉をかけようかと思ったが、自分で潰したなら自業自得だろう。まあそれだけ頑張ったという証拠でもあろうが。
「ところで、クシナは帰ってきてるか」
「ええ。部屋で寝てるわ」
「な゛に゛か゛あ゛っ゛た゛の゛?」
「ちょっとな。それとたまき、あまりしゃべんなくていいから、喉労われ」
「う゛、う゛ん゛……」
頷いて、たまきはどこかで買って来ただろうのど飴を頬張った。
「ところで、夕飯はどうするの? たまきさん、どうやら飴以外の買い物せずに帰って来たみたいなんだけど」
白銀が示した通り、時刻は既に夕方。一般家庭なら、もう夕飯の支度も中ごろ暗いだろう。
指されたたまきは、申し訳なさそうに頭をぽんぽん叩く。
「まあいいだろ、たまきも忙しかったんだし」
「あ゛り゛か゛と゛ゆ゛り゛ん゛く゛ん゛!」
そう言いながら、頭をすりすりと寄せてくるたまき。
「なら宅配サービスでも頼む? 支払いは私がするから」
「そうだな。ただ支払いは俺がしておく」
「貴方にもいろいろ手伝ってもらってるでしょ? それも踏まえて、私に払わせて」
支払い問答は店でやるものだろうに。家ですらやらされては叶わん。仕方がないので、俺は黙って頷いておく。
「で、何を頼むんだ」
尋ねると、いの一番にたまきが手を挙げる。
「ニ゛ン゛ニ゛ク゛マ゛シ゛マ゛シ゛ヤ゛サ゛イ゛ナ゛シ゛カ゛ラ゛メ゛マ゛シ゛!」
「喉労わってやれよ……」
てかよくそんなの食えるよな。聞くだけで胃がもたれてきたぞ。
「私はフグがいいのだけれど、どこかで食べられないかしら」
「旬じゃねぇだろ今は……」
白銀も白銀である。夏にフグが食べたいとか、ちょっと季節感なさすぎではないだろうか。
結果的に夕飯は大手中華チェーン店のものを選んだ。フグはないがニンニクは食えるから、という理由である。
それから三人だけで夕飯を済ませた。クシナの分もあったが、お供えした時にはまだ眠っていたのでそのまましにしてある。
夕飯を終えて、俺たちは食卓に座ったままテレビを見ていた。やっていたのは明日の天気予報で、雲一つない晴れ間だろうと告げていた。
「そっちはどうかしら。何か進展はあった?」
白銀が尋ねて来たので、俺は顔をそちらへ向ける。そうだ、報告を忘れていた。
「あったなんでもんじゃない。もうすぐカタがつきそうだ」
「黒幕の尻尾を掴んだのね」
俺は頷いて、スマホを二人に見せる。
「名前は戎谷。さっき調べたが、どうやらSNSアカウントも持っているようだった」
帰る途中に調べてみたのだが、どうやら奴はSNSのアカウントを開いていたらしい。投稿内容は……成金にありがちな金持ち自慢の内容ばかりだった。邸宅の様子や、そこでパーティーをしている風景はもちろん。高級車を前に絶景の写真を撮っていたり。
批判コメントはなかった。この手の投稿には、批判コメントが当たり前なのに。多分業者かなんかを雇って消しているんだろう。つくづく笑えないヤツだ。
俺は奴のSNSアカウントを表示して、白銀とついでにたまきにも見せる。
「うわ……」
「い゛る゛よ゛ね゛ーこ゛う゛い゛う゛ひ゛と゛」
白銀は絶句し、一方でたまきは飄々と受け流していた。SNS強者のたまきにとっては、当たり前の風景なんだろう。
「ちなみにどうやって稼いだかというと、やっぱり転売稼業が殆どだった」
次に俺は、今日戎谷に見せてもらったフリマアプリの商品ページを開く。
「これ確か、貴方が配信で紹介してた……」
白銀はそう呟き、たまきも頷く。どうやら二人とも配信を見てくれていたようだ。
「ああ。本来の目的とは違ったが、どうやら奴ら、こういう商売をするらしい」
さしずめ、鑑定屋もどきの商売は副業みたいなものだろう。やり口からして、一回きりの詐欺みたいなものだが。
「成程ね」
「こ゛れ゛っ゛て゛、ほ゛う゛り゛つ゛で゛ゆ゛る゛さ゛れ゛る゛の゛?」
どうしても気になっただろうたまきが、枯れた声で尋ねた。
「中には法律で転売できない物も含まれてるけど、由倫が紹介したアイテムは転売規制されてないわ」
「だからやっていい訳じゃないけどな」
「そうね」
白銀は深くため息をつく。
「転売自体は商売の基本だし、それについては俺も特に文句はねぇよ。ただ、商品を不当に買い占めるだけじゃなく、売値も上げるってのは経済に対して著しい打撃を与えてるからな」
「と゛お゛し゛て゛?」
だよぉ、をつけなくてよかった。でなきゃ真面目な話をしている最中に笑いそうだった。
「そもそも経済ってのは人一人で回してるもんじゃない。金持ちも貧乏人も、何かしらに金を支払うから循環するんだ。商品の対象顧客も、金持ち向けとそうじゃない一般家庭向けで分類されてるだろ。それはあらゆる市民に、万遍なく金を使ってもらうためだ」
「けれど何でもかんでも値を吊り上げては、本来対象となる顧客に買ってもらえなくなる。そういった転売行為が非難されるのは、無理に値段を上げて、アンバランスなインフレを起こすからよ」
「……?」
いまいち解せない様子のたまき。一応、そんなに頭が悪い方じゃないと思うんだがな、たまきは。
「十円向けの駄菓子があるとして、それはどの層に向けて売ってるんだ?」
「……こ゛と゛も゛?」
「じゃあそれを千円に吊り上げたら? まあ月千円の小遣いをもらってる子供は普通に買えるかもな。じゃあ一万なら?」
「……こ゛と゛も゛た゛と゛か゛え゛な゛く゛な゛る゛」
「そういう事よ、たまきさん。転売行為で引き起こされるのは、富の一極化。対して貧しい人たちは何も買えなくなるし、そういう人が増えていく。アンバランスなインフレというのは、そういう意味」
「て゛も゛、き゛き゛ょ゛う゛は゛う゛り゛あ゛け゛か゛の゛ひ゛る゛の゛て゛は゛?」
「分かった、たまき。次からはスマホで入力してくれ」
これ以上喋らせても、喉に悪いだろうし。たまきは頷いて、さっき告げた言葉をスマホへ打ち込み画面を見せてくる。
『企業は儲かるんじゃ?』
「確かにそうだけど、問題は顧客がついてこないのよ。シェア率は分かる?」
白銀の問いに、たまきは首を縦に振った。
「じゃあ売り上げはあるのに、誰も使ってない商品があるとしたら、たまきさんはそれを使いたい?」
たまきは首を横に振った。はたから見れば、まるで宗教商法みたいに見えるだろうな、それは。いわゆるごり押しってやつだ。
「どのビジネスに言えるけれど、とどのつまり信用が大事なの。自分の会社の商品を使う人が多ければ、それだけで宣伝にもつながるし。それが新しい顧客の獲得になって、事業拡大にもつながるのよ」
「逆に売り上げはあるのに誰も使ってない商品があるとしたら、それは信用されなくなる。何ならねずみ講かマルチ商法といった、詐欺に近い形と捉われるだろうな」
ふ゛ーん゛、と相づちを打つたまき。
「何より第二次世界恐慌が起きた今、富の一極化は避けないといけないの。実はね、鑑定時の手数料はその為にあるの」
「……それは初耳だな」
「鑑定局の職員一部にしか伝わってない話だもの。それにもう一つ。これはさらにごく一部の人間にしか話されていない、鑑定局と冒険者省の真の目的よ」
「真の目的?」
「それは……世界経済を第二次世界恐慌以前に戻す事」
多分、心の中で何となくは理解していたのだろう。何故鑑定局は、金銭のやり取りに口うるさいのか。その理由はやはり、経済にあった。
「で、手数料はその為にあると?」
「目的は二つ。一つは冒険者稼業によって、巨万の富を簡単に得られないようにするため。私達としても冒険者が増えるのは有り難いけれど、だからって一番稼げる仕事で在ってはならないのよ」
「矛盾してるな、それ」
「厳密に言うなら……私達と冒険者の関係は、不安定な足場の上にあるようなものよ」
少しでも均衡が崩れれば、いびつな関係にひびが入ると言う事だろう。確かに経済状況を戻すはずが、冒険者ばかりに富が行っては本末転倒だ。
かと言って政府――冒険者省や鑑定局に回りすぎても冒険者が食いっぱぐれるだけ。相克する中で、俺たちはうまくバランスを取らないといけないという訳だ。
「もう一つは簡単。手数料としてもらった資金は、余す事なく全て公共事業に充てられているのよ。それから……由倫。貴方に払った石油の買い取り金額と土地所有権も、全てそこから出てるわ」
「マジかよ……」
「もし気負ったりしてしまったのなら、その必要はないわ。既にそれ以上の収益は確保してるもの」
俺はほっと胸をなでおろした。白銀の話を聞いて、あの金は使ってはいけなかったのかと思えてしまったからだ。
『そのお金はどこに?』
たまきは首をかしげながら、スマホに打ち込んだ文字を見せてくる。
「勿論、全て本来あるべき事業に充てられたわ。この一か月で電気代は約十パーセント、ガソリンや燃料費も十パーセント、石油を原料とした製品は五パーセント安くなったわ」
言われてみれば、ここ最近の公共交通機関は少しだけ安くなっている。
「一か月でこれほどの効果が出ているもの。それもすべて、由倫のお陰ね」
白銀が微笑む。俺はどう受け取ればいいかわからなかった。褒められたにしても、自分が思ってた以上に規模が大きかったからだ。
「って言われてもなぁ……」
「謙遜しなくてもいいわ。今や貴方は、鑑定局や冒険者省でも一目置かれているもの」
『さすが由倫くん! やっぱりすごいね!』
たまきもスマホにそう入力して、万遍の笑みを浮かべながらこちらに見せてくる。
「ったく、褒めたって何も出ねぇぞ」
「まあそういう事もあるから、尚更転売事業の存在はすぐに対処しないといけないのよ」
確かに、せっかく経済がもどりつつある中で、奴らのやっている行為は足を引っ張るも同然だ。
『どうやってその人たちを倒すの?』
倒す、だなんて可愛いい方をするたまき。
「証拠が揃ったもの。後は黒幕を叩いて終わり」
「意外とあっけないな」
「見たところ、規模はそこまで大きくないみたいだし」
まあそれはそれで助かるが、俺としてはもう少し痛い目を見てほしかったんだがな。
などと考えていると、ふとスマホに着信が入る。宛名を確認したが、非通知だった。
「た゛れ゛か゛ら゛?」
「さあな」
普段なら無視するところだろう。しかし二度、三度と続いて着信を寄越してきたので、諦めて出てみる。
「……もしもし」
「『松谷丹由倫だな?』」
高音と低音の混ざった声。明らかにボイスチェンジャーを使っていた。
「何が目的だ」
こういった手合いは大抵、よからぬ事に巻き込もうとしてくる。どうせ正体を明かしてはくれないだろうし、さっさと用件だけ聞いて終わりにしよう。
「『今、隣にある女がいる』」
そう告げて、電話口から何かをまさぐるような音が聞こえた。それから女性の吐息らしきもを聞かせて来た。
「『……由倫君っ……!』」
声を聴いて、悪寒が走った。その声は玄野綾のものだったからだ。
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