第52話 栄える者、枯れる者

 戎谷の家は、外面だけではなかった。数々の高級品や有名画家の絵画、どこかのオークションで競り落としただろう、値打ちの芸術品が置かれていた。


 案内されたのはリビングだった。開放感のある空間には、壁に掛けられた大型のテレビ。雪のように白い革のソファが並べられており、中心にはガラスで作られたコーヒーテーブル。窓の外からはプールも見られたが、今は誰も入っていなかった。


 特に驚いたのが、恐らく戎谷が座るだろう場所に二人の女。片方はウェーブのかかった黒髪で、もう片方は茶色に染めたセミロングのヘアスタイル。二人とも全裸であった。


 思った通り、戎谷は二人の女に挟まるように座り、脚を組むとそれぞれの肩へ腕を回す。


「掛けろ」


 顎で対面のソファを指す戎谷。俺はバックパックを近くに置いてから座った。


 そこへ眼鏡をかけた男が、ティーカップを三つ持ってくる。中身は紅茶だった。それぞれの手前へ置くと、一礼して戎谷の傍らへ控える。


 瓜田は紅茶をひと口飲み、一言感想を告げてから話を始めた。


「いやー、今日はお招きいただきありがとうございますゥ」


「お前を招いた訳じゃない。今日の目的はそいつだ」


 戎谷は瓜田を制して、俺を指さす。


「それで、俺を呼んだ理由は?」


「単刀直入に言う。オレの下で働け」


「断る」


 この男が何を言ってこようが、答えは既に決めていた。


 俺の目的は、瓜田の上司に当たる存在――転売ビジネスの元締めに会う事だ。その目的を果たした以上、もはやこいつらに加担する理由はない。


「ちょ……キーファンさん!?」


「あんたの下で働くメリットはないだろ。それに、俺は個人で動いてる。今後も集団に属するつもりはない」


 そう告げると、戎谷は片方の女から腕を放してズボンのポケットに手を入れる。ポケットからスマホを取り出して、しばらく弄ったのち俺に見せるようテーブルの上に放る。


「見てみろ」


 俺は前かがみ気味になりながら、戎谷のスマホを見た。表示されていたのは有名なフリーマーケットアプリの商品表示ページだった。ただ、表示されていた商品に見覚えがある。


 それは俺がこの三日間で、配信中に紹介した商品だった。しかも表示されている値段は、定価の倍以上になっていた。


「これは……」


「オレらの本業だ」


 自信満々に話す戎谷。


「いやー、ウチとしては戦利品の買い取りだけでもよかったんやけどねェ。まさかキーファンさんが紹介してたモンがめちゃめちゃ売れてたもんで、ウチらも便乗してちょいと稼がせてもらいましたわ」


「なるほど」


 改めて自分の影響力を思い知らされたと同時に、やはりこいつらにモラルはないのだなとはっきり理解した。


 アイテム紹介に関しては、金稼ぎを全く意識していなかった。俺としては視聴者の中にいるだろう冒険者に、ダンジョン攻略に役立つアイテムを教えたかっただけだというのに。


「ただ、こっちばかりが美味い汁啜ってちゃあフェアじゃねぇ。だからてめぇには、正式にオレの下で働いてもらいたかったんだが」


 質の悪い冗談だった。こういう奴らに、フェアプレイの精神などあるはずがない。体よく利用するための方便だろうに。


 眼鏡の男がスマホを取り、それを返してもらう間に戎谷は話を進めていた。


「なら俺の取り分くらい寄越してもいいんじゃないか」


「欲しけりゃくれてやる。オレの下に付いてくれるってんならな」


「さっきも言ったが、アンタに付くメリットが何一つないだろ」


 そう言ってやったものの、戎谷は不敵に笑う。


「てめぇのような有名人が、何食わぬ顔で街歩けると思ってんのか?」


「まさか」


「分かってんなら話は早い。オレと組めば、てめぇに降りかかる面倒事を片付けてやってもいい。今まで殺害予告の類を貰った事あんだろ? それかパパラッチに追い掛け回された経験でもいい」


 実のところ、どちらも経験している。殺害予告については、引っ越す直前に貰った。新聞の文字を切り抜きした、あからさまな怪文書スタイルだった。パパラッチもちょうどその時期か。だがどちらも無視している。今のところ大きな問題に発展してないし。


 戎谷のやり口は気に入らなかった。身の危険を示唆して付け入ろうというやり方は、まさにヤクザのやり方と言えよう。実に意地汚い。


「どちらも経験あるが、アンタらの手を煩わす程じゃない。だからその話は結構だ」


 何より俺は、このアル・カポネ気取りのクズ野郎が気に入らない。


 大抵はここで脅しにかかるだろう。だが戎谷は紅茶をひと口飲んで、深くため息をつくと頷く。


「なら好きにしろ。最初からてめぇの事なんざどうでもいいし、それに変わりはいくらでもいる。この女たちみたいにな」


 示し合わせるように、戎谷は茶髪の女の胸に手を振れる。


「……ぃゃっ……」


 それまで愛想笑いを浮かべていた女が、一瞬拒絶を見せた。


 すると戎谷の眉間に皺が浮かぶ。


「……てめぇ、今なんつった」


「……いえ、なんでも……」


 ひきつるような笑顔を浮かべる女。つい出た言葉を隠すように、戎谷の身体に顔を寄せる。


「このオレに触られんのが嫌だってのか?」


 だが戎谷は、女を引きはがして首元を掴む。


「ぐぅっ……ぅ……」


 苦悶の表情を浮かべながら、女は首を横に振る。傍らにいた黒髪の女も、その様子を怯えるように伺っていた。


「嫌だってか。だったらてめぇはもういらねぇよ」


 戎谷は女の首根っこを掴みながら、投げ捨てる。その先にコーヒーテーブルがあり、女はテーブルの角に鼻をぶつけてしまった。ガラスの上と敷かれていた黒いカーペットに血が飛び散る。


 その様子に、誰一人動じる者はいなかった。まるでそれが当たり前のような光景として、瓜田も眼鏡の男も、ボディーガード連中ですら何食わぬ顔で見ていた。


 実に気に入らない。


「……ちっ、汚ねぇもん飛ばしやがって」戎谷は舌打をすると、眼鏡の男とボディーガード連中それぞれに顔を向ける。「始末しておけ。血の付いた家具も女も全てだ」


 戎谷の言葉は、まさに俺の怒りを刺激するにふさわしい言葉だった。


 眼鏡の男がティーカップを持ち上げようとした所で、俺は自分の分を受け取る。開いたテーブルはボディーガードの一人が持ち、もう一人はカーペットを丸めて片付け始めた。


 三人目が女の両脇に手をかけ、持ち上げようとした。俺はそいつの頭に、ティーカップを思い切りぶつけてやった。


「ぐあっ!? っつ!」


 痛みと同時に熱さが襲ってきたのだろう。女から離れて、小躍りするボディーガード。


「キーファンさん!?」


「てめぇ、どういうつもりだ」


 立ち上がる瓜田と戎谷。


「悪いな。お前らみたいなクズ野郎を見てたらつい……な?」


「ほぉ、いい度胸してんじゃねえかクソガキが」


 戎谷が余裕の表情を浮かべると、残りのボディーガードが俺を取り囲むように現れた。数はざっと七人。


 俺は女の方へ顔を向ける。


「下がってろ」


「あの……」


「いいから」


 何かを告げようとしていたようだが、今はそれどころではない。俺は再び、ボディーガード共へ顔を向けた。


「ガキに世の中の厳しさってもんを教えてやれ。殺しちまってもいい」


 戎谷の言葉に、ボディーガード達が一斉に頷く。それから隅の方へ女と瓜田、眼鏡の男共々引っ込んだ。


 構えるボディーガード達。俺は誰が一番手を務めるか、じっと見流す。


 冒険者の規約で、冒険者同士での戦闘は禁止されている。だがダンジョン外での、ましてや他愛もない喧嘩についてはその限りではない。相手は冒険者ではないだろうし。


 勿論喧嘩自体は法律違反だが、第三者の目がない場所で行われても誰も気にしないはずだ。


 一番近くにいた奴が、右ストレートを放つ。それを交わして、後ろ蹴りで吹き飛ばす。勢い余った男は窓ガラスを突き破り、そのままプールへダイブしていった。


 二人目も甘い素人パンチをを食らわせようとしてきたので、それを掴み、盾代わりにして三人目のフックを防ぐ。慌てふためいたところへ顎に一撃。三人目はソファ事転げ落ちていった。


 四人目がタックルをしてきたが、その勢いを利用して投げ飛ばす。二枚目の窓ガラスを割ってプールにダイブしていく。丁度出てこようとしてた一人目と頭がぶつかり合い、二人して水面に大の字で浮かんでいた。


 五人目、六人目は同時にそれぞれ右と左のパンチを同時に繰り出してきた。それをかわして二人の頭をそれぞれ掴み、三度ぶつけ合わせる。それから一人ずつ窓ガラスを破らせて、プールへ投げ捨てる。


 さあ七人目と、俺は最後に残った男へ目を向ける。


「ひ……ひぃぃっ!!?」


 最後の仕上げと行きたかったところだが、七人目はしりもちをついた後全速力で逃げ帰ってしまった。


「な、てめぇっ……!!」


 呼び止めようとした戎谷だが、既に七人目の姿はなかった。


 まるで話にならない。ボディーガード共は俺がもやしに見えるほどたくましい身体だったのに、ふたを開けてみれば動くサンドバック同然の相手だった。板切れのほうがまだ打ち込み甲斐があるだろう。


「うそやろ……たった一人で……」


「……この人、強い……」


 瓜田とぶたれた女性は、プールと部屋を交互に見やりながら驚いていた。だがこれでは、俺の怒りは収まらない。


「どうした。アンタは来ないのか」


 戎谷を誘ってみたものの、奴は苦虫を噛むような表情を浮かべるだけだった。


「……てめぇ、いい気になってられんのも今の内だけだぞ」


「御託は良い。来るのか来ないのかはっきりしろ」


 戎谷はめいいっぱい睨んだつもりだろうが、それだけだった。よく見ると、脚が震えていた。


 所詮は威勢だけの存在か。ならば相手する価値もないな。まあこいつは後でたっぷり不幸な目に合わせてやりゃいい。俺はバックパックを拾い上げて、女の方を向く。


「アンタ、服は?」


 尋ねると、女は首を横に振る。俺はバックパックから厚手の黒い合羽を取り出して、それを渡してやった。ひざ丈くらいまであるから、その場しのぎにはなるだろう。


「……ありがと」


 女は受け取ると、早速羽織って体を隠した。


「じゃあ行くか」


「……うん」


 俺は女を連れて、その場を去ろうとした。


「……クソガキが、覚えてやがれ」


 古臭い捨て台詞を吐いた戎谷だが、俺は無視した。


 邸宅を出て、門を過ぎると女が呼び止める


「あのさ」振り向くと、そわそわしながらも頭を下げた。「助けてくれてありがと」


「別に助けた訳じゃない」


 目的はあくまで、戎谷である。少なくとも奴の顔と特徴は覚えた。


「……あたし、借金があってさ。それ返せなくて、無理やりあいつの女にさせられてたんだけど」


 聞いてもいないのに語り始める女。とはいえ事情くらいには耳を傾けてやるべきだか。戎谷に関する情報は、いくらあってもいいからな。


「詳しく聞かせてくれないか」


「似たような境遇の子がたくさんいて、もう一人の方もそんな感じ」


「あの黒髪の女も?」


「うん」


「つまりアンタらは、無理やり相手させられてるって訳か」


「……そう」


 女は重々しく首を縦に振った。


 つくづく救いようのない男だな、戎谷は。瓜田もそれなりだと思っていたが、所詮同じ穴の狢と言った所か。


「何人かは仲いい子もいてさ……ねぇ、こんな事頼めるような立場じゃないのは分かってるけど、他の子達も助けてくれない?」


「実はその為に動いてる」


「え、ホント……?」


「あのクズが儲かっていると迷惑だっていう人物がいてな。そいつらの為に動いてる」


「って事は……」


 もしこの女が戎谷に関する情報を知っているなら、協力を仰ぐべきだろう。助けた甲斐があったもんだ。


「もしアンタが何か知っているようなら話してほしい」


「本当にアイツを捕まえるの……?」


「ああ」


「じゃあ……あたしが知ってる事全部教える」


 それから俺は戎谷の事について、いくつか話を聞いた。普段はどこにいるのかとか、今後はどこへ向かうのかという予定など。他にも第三者に伝わるべきではない、裏の顔についてもいくつか話してもらった。


 話が終わると、俺は女を交番へと送り届けた。女にはどうやら行方不明届けが出されていたようで、後で両親が迎えに来るという。俺は交番にいた警官に事情を話してから家路についた。

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