第48話 換金へ

 瓜田が指定したのは、他でもない鑑定屋だった。


 それもれっきとした、鑑定局公認の。


 外では換金を終えた冒険者たちが収益を計算しており、店の中では各受付に列ができていた。


 何一つ変わらない、鑑定屋の光景。だがここが、転売ビジネスの窓口だという。


 店内に入り、いつも通り受付の列に並ぶ。他の冒険者がどういう手続きをしているのか気になったからだ。


 全員が転売ビジネスに加担している訳ではないだろう。だが一人か二人くらい……。と思っていたが、俺が来てから手続きが始まった冒険者に、特殊な手順を踏む者はなかった。


 全員戦利品を預けて、鑑定が終わるとでの支払いが行われていた。瓜田が言うには、買い取り後の支払いは時間がかかるという。つまり今のところ、加担者はいない。


 しばらくして俺の番が回って来る。さて戦利品を預けようとした時だった。


「あの、キーファンさんですか」


「ええ、そうですけど」


 普通、鑑定を行う場合はADVNアドベンチャーネームではなく本名を参照する。確定申告および納税の際、がないようにするためだ。


 だというのに、この店員はADVNで呼んできた。


「実は自分、ファンなんですよ」


「お、おう……」


「配信、いつも見てます。忙しいのでアーカイヴで見るのが殆どですけど」


「い、いえ。見てくれてありがとうございます」


 さらに握手でも求めてくるのかと思ったが、店員は満足そうにうなずくだけだった。


「鑑定ですよね? お承りします」


「ああ……」


 後で列がつっかえている事もあり、俺はさっさと戦利品を店員に渡す。


「確かに承りました。ただこれらの品物についてですが、鑑定に日数を要するかもしれないので」


 なるほど。どうやらここで間違いないようだ。


「そうですか」


「後日、こちらからご連絡を差し上げますので。何卒よろしくお願いします」


「じゃあ、これで帰っても?」


「はい。本日の手続きは以上となります」


「分かりました」


「ご利用ありがとうございました」


 店員はぺこりとお辞儀をする。何となくだが、鑑定屋にもてなされるのは初めてな気がする。


 俺のファンだから、という訳ではなさそうだが。それにご利用などとへりくだるなんて、鑑定屋らしくない。


 無論、鑑定屋は高慢な人間しかいないと言いたいのではなくて。つまり……妙にしっくりこないのだ。口調こそ丁寧ではあるものの、もっと不愛想で……それが普通の鑑定屋というか。


 まあそれは置いておく。で、店員のご利用というのは転売ビジネスについて指しているのだろう。しかしだ、俺のファンが転売に加担しているというのはいただけない。純粋にファンへの心配と、奴が俺の情報を晒さないかという心配の二つが理由だ。


 俺自身も不利を背負ってしまっているのか。そう考えると、今後は慎重に事を進めるのが一番か……。


「はぁ!? テメェふざけんな!」


 突然、店内に怒声が響きわたる。精算所で、一人の冒険者が店員を詰めていたようだ。


「ですから、規定通りの報酬は――」


「バカじゃねぇのかテメェ! 相場の五倍で売れたってのに、オレへの報酬は売上の一パーセントだぁ? んなバカな話があるか!!」


「お客様、お願いですから落ち着いて――」


「落ち着けだとこの野郎……! おい、あの瓜田って男を呼べ!」


「は……?」


「耳にクソでも詰まってんのか? テメェら瓜田って奴と組んでんだろ!? だったらさっさと呼べ!」


「し、しかしわたくし共はそんな人物を……」


「しらばっくれんじゃねぇ! 呼ばねぇってんだったら、テメェらの事鑑定局に洗いざらいチクんぞ!」


「し、しかし……」


 そこへ、鑑定屋の自動ドアが開かれる。店の中にいた冒険者たち、店員の注目が降りそそぐ中、瓜田は颯爽とその真ん中を歩く。


「ウチの事を及びでっかな?」


「テメェ……わざわざ自分から来てくれるたぁな」


「おやおやこれはこれは。どうかなさいまして?」


「とぼけんじゃねぇ。テメェの言う通りしたら、売り上げの一パーセントしか金が入ってこなかったんだよ。どういう事か説明しろ!」


 怒る冒険者は、今しがた貰っただろう報酬を瓜田の方へ投げつける。


「おや。なにが不満やったんです?」


「約束と違うだろうが! 買い取り金額と売り上げの金をくれるって言ったじゃねぇか!」


 瓜田は首をかしげると、対応していた店員の下へ近寄る。


「もしや、横領したんちゃいますやろなぁ?」


「いえ……規約通り支払いは行いました」


「ならええんですわ」


 満足した回答を得られたようで、瓜田は微笑みながら怒る冒険者に近づく。


「せやって。支払いはきっちりさせてもらったそうですわ」


「じゃあ何で売り上げ金の一パーセントしか入ってねェんだコラ。買い取り金額はどこ行ったんだよ!」


「ちゃんと支払額ん中入っとりますやろ」


「なに……? 入ってねぇって言ってんだよコラァ!」


「せやから、ちゃあんと入っとりますわ」


「テメェ、ふざけた事言ってっとぶっ飛ばすぞ」


「せやから、買い取りはとっくに済んどるんですわ。さっきから言うとりますやろ? 支払額に、ちゃあんと売上金も入っとるって」


 怒る冒険者は、瓜田の話をつかめず首をかしげていた。俺には瓜田の言わんとすることが理解できた。


 瓜田は、戦利品を支払無しで買い取ったのである。つまり買い取り額はゼロ。払われないのだ。


「テメェ……!」


 しばらく後、瓜田の言葉を理解した冒険者は飛び掛かろうとした。だがいつの間にかいた護衛の大男二人に抑え込まれる。


「あかんてあかんてェ。暴力は駄目や教わりましたやろ?」


「この詐欺師がっ……」


 大男二人に頭と腕を抑えられた冒険者は、そう吐くのが精一杯だったようだ。やがて顔を伏せて「ちくしょう」と呟く。


 一方で瓜田は、奇抜な色のスーツを直すと堂々と翻る。


「皆さん、お騒がせしましたねェ。さ、みなさん普段通りに戻ってくださいな」


 瓜田の言葉に顔を見合わせる冒険者。話の筋が見えない冒険者たちは、眉をひそめながらもそれぞれの普段通りへ戻っていく。


 さてどうしたものかと辺りを見回すと、瓜田と目が合った。奴は愛想笑いを浮かべながら、俺に来いと手招きしてくる。俺は頷いて、店を出ていく奴の後を追いかけた。


 裏道に出くわしたところで、瓜田はこちらへふり向き丁寧に一礼する。


「いやァすんませんなァほんま。恥ずかしいとこ見せてしもうてェ」


 奴の愛想笑いと掌を擦り合わせる仕草には、悪びれる様子を微塵も感じなかった。


「奴の言ってた話は本当か?」


「まさか。買い取り金額もちゃあんと含んどりますし、その辺はあのにもしっかり説明しはったんですがねェ」


 カスと言う部分を、まるで吐き捨てるように強調する瓜田。


「なら売り上げの一パーセントとやらは?」


「そりゃもう言葉のっちゅうもんですわ。いくらもらうかについての交渉は承っとりますし、なけりゃあねェ……。ウチらも商売やから、規約を守りつつかつ最大限の収益を得るためにも、一パーセントでやらせてもらったってトコですわ」


 なるほど。後付けで条件を付けくわえるタイプの悪徳商法か。


「昨日の説明じゃあ、交渉に関する話はなかったと思うが」


「それは完全にウチのミスですわ。ホンマ申し訳ない!」


 パンっ、と掌を合わせて平謝りする瓜田。そう言えば許してもらえると思ってるんだろうな。


「ならさっき買い取ってもらった戦利品について、交渉させてもらおうか」


「あーそりゃもうあかんですわ。もうキーファンさんに支払う割合は決まってしもうて」


「じゃあ次からは……五十パーセントで頼む」


「半分ですかい……かなりキツイですなぁキーファンさん」


「これでも最大限譲歩したつもりだ」


「んー、せやったら四十なら考えてもええです」


「駄目だ、五十」


 これは受け売りだが、交渉の場では自分の意思をはっきりさせたほうがいい。特にこちらが主導権を持っている場合は。


 一番やってはいけないのが、相手の提案に乗る事である。と言っても相手の提示た条件が、こちらの必要条件を満たしているなら話は別だが。


「……せめて四十五で」


 額を上げたとなると、向こうは条件を吊り上げられる余地があるという訳だ。ならば尚更折れる理由はない。


「断る」


「いやーさすがにこれ以上は……」


「五十。それが絶対条件だ」


「せやけどなぁ、キーファンさん。五十やとウチの取り分が無くなってしまうんですわ。ウチかて必死こいて働いとりますん。それに、ウチには小さい子がおりましてなぁ。その子にあったかくてうまい飯食わせたいんですわ。ウチは結構貧しい生まれやったんで、尚更そう思うとります。せやから四十五。それやったら子供に十分美味い飯食わせられますねん」


 長々と語ってもらったところ悪いが、こいつの言ってる話は嘘である。


 本当に子供の事を考えているなら、その奇抜な色のスーツを売れば十分な金になるはず。何なら腕時計も、恐らくはウン百するだろうブランド品だ。


 そして必死こいて働いてるという割には、光沢の目立つ革靴には一つの汚れもない。まるでさっき買ったばかりの新品だとしても不思議じゃない程だ。


 比較して、俺の靴は破けてはいないものの泥にまみれている。しかも色は黒なのに、汚れでどぶ色になりかけていた。


 今の靴を買ったのは、引っ越してからだ。ダンジョン攻略をしてきたばかりなのもあるだろうが、それでも完全に履きつぶすまでは買い換えないようにしている。


 その上でいけしゃあしゃあと与太話を浴びせてきた辺り、こいつは俺を完全に舐めてやがる。


 この瓜田という男……こいつはなかなか――。


 気持ちのいい野郎だ。


 いくら俺でも、ここまでの奴には会った事がない。


「……分かった。四十で手を打とう」


「……ホンマでっか!? さっすがキーファンさんや! 話の分かるお方やと思うとりましたわ!」


 飛び上がりそうなほどはしゃぐ瓜田。俺は奴に万遍の笑みを見せてやった。


「アンタの粋な心に負けたよ。その話聞いてたら、こっちが悪者みたいに思えちまう」


「いやいや、そんなつもりやなかったんやけど……でも、ほんまおおきに!」


 瓜田は俺の手を無理やり取ると、両手で握手をしてくる。


「まあ、子供にうまいもん食わせてやりなよ」


「ええ! ええ! ウチの子も大喜びしますわ!」


 それから瓜田は再度礼を告げると、こうしちゃいられんと急いで去っていく。


 今頃ガキを騙すのはちょろいな、とでも考えているんだろう。奴がほくそえんでいる様が頭に浮かぶ。


 俺の方だが、愛想笑いが消えなかった。なぜなら頭の中に、とっても楽しいアイデアが浮かびまくってるからだ。あのクズ野郎をどうなぶってやろうか、それを考えるだけで笑いが止まらない。


 あいつは生きててはいけないタイプの人間だ。そう思える奴に遭えたのは随分久しぶりだった。

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