第49話 ダンジョン巡り 二日目

 先日から続き、俺は次に攻略しようと計画していたダンジョンへ来ていた。今日から二連休となるので、この間に転売屋関連の話を進めるつもりだ。


 メンバーはほぼ確定要員のクシナと、意外にも綾も引き続き参加してくれるとの事。先日あんなに恥ずかしい目に遭ったというのに。


 無理に参加しなくていいとは言ったものの、「友達だから」と参加してくれたのだった。


 しかし、今日攻略するダンジョンにも作りになっている。


「……本当に大丈夫か」


 配信と攻略の準備を進めながら、心配になって綾に尋ねてみる。


 綾の方は、不安そうに体を縮こませていた。


「……大丈夫……」


「本当に無理しなくていいんだぞ」


「……大丈夫……わたし……ちゃんとやるから……」


「ならせめて後衛を務めてくれ。その方が気持ち的にも楽だろうし」


 このダンジョンの情報については、あらかじめ綾にも伝えてある。その点を踏まえた上で尋ねているのだが、それでも綾は首を縦に振っていた。


「……大丈夫……準備……ちゃんとしてきたから……」


 昨日と比べて、綾のバックパックは大きく膨らんでいた。対策の為の荷物を持ってきているからだ。


「……分かった。でも無理はするなよ。危なく成ったらすぐ俺に頼れ」


 もし俺がこのダンジョンのギミックを受ければ、まだ笑いとして消化できるだろう。しかし綾やクシナの場合は、冗談では済まされない。


 見た感じのインパクトでは、昨日の触手の方がまだ強いだろう。ただし今日の場合、下手するとダンジョン内で一日を過ごす羽目になる。それぐらい致命的な内容だ。


「……大丈夫……」


 再三の答え。よく言われるが、大丈夫とよく言う人は、基本大丈夫じゃない。無理をしている証拠だ。


 とはいえこれ以上押し問答をしていては、配信開始時刻まで間に合わなくなる。


 ちなみにクシナはこのギミックについて、「全く気になりません」との事。今回の件に関して、クシナの発言には確かな裏付けがあった。


 だからと被害にあわせるつもりはない。というかそうなると、待っているのは垢BANだからだ。


 準備を終えた俺たちは、早速配信を始める。スタート時の視聴者は、昨日の三倍にも膨れ上がっていた。


『おはよー』


『キーファンさん朝早いっすね』


『土日休日いいなぁ。こっちは出勤中です』


「今回も昨日に引き続き、ダンジョン攻略で役立つアイテムをご紹介します」


『目隠れちゃんいる!』


『今日もサービスしてほしい』


『パンツ降ろして待ってるべき?』


「……配信の趣旨は、ダンジョン攻略で役立つアイテムの紹介です」


 視聴者の気持ちは痛い程分かるが、この配信サイトはアダルト向けのものではない。それに、俺たちは高校生だ。法律的にもアウトである。


『うー残念』


『でもちょっと期待してる』


『てか今日攻略するダンジョンも似たようなギミックあるんだよね』


「確かにその通りですが、一応断っておきますけど、いやらしい目的で選んでいる訳じゃありません」


 何度も言うが、このダンジョン攻略の真の目的は転売屋関連である。時価五千円以上の戦利品を獲て、少しでも瓜田の組織に近づくためだ。


 あくまで踏破者がいないダンジョンを選んだ結果であり、そこにたまたま、破廉恥なギミックがあるだけ。


『キーファンさんもやっぱ男の子ですね』


『気持ちめっちゃわかる』


『私女だけど、お邪魔していいですか』


「……凸は勘弁してください」


 凸とは、視聴者が配信中に電話を寄越してきたり、あるいはあらゆる意味でする事を指す。


 ちなみにダンジョン攻略中に凸る行為は、明確には示されていないが禁止されている。あらぬ被害が発生するためだ。


 この自称女さんが来て、かつアダルトな映像が映れば垢BAN待ったなしだ。つまりあらぬ被害は、他でもない俺に来る。


 改めて、一度ついたイメージの払しょくは難しい物だと痛感させられた。



 ◇



 何だかんだで、配信と攻略は滞りなく進められた。中層までは先の触手ダンジョンと同じで、基本は魔物モンスターがメインの構成だった。


 配信の趣旨であるアイテム紹介も、今日は普段俺が持ってきている救急セットを紹介しておいた。


 絆創膏やガーゼぐらいなら持ってきている人もいるだろう。しかし場合によっては、骨折をしたりする時もある。俺が紹介したのはそういった『不測の事態』を想定したもので、治療方法を含めた紹介をしておいた。


 そういった治療法は自分から学びに行かないと習得できないものだ。


 中層のボス級に関しても、先日と同じく綾にほとんどを任せた状態だった。ボスに関しては昨日よりも単調な動きをしていたため、綾もほぼ無傷で勝利している。


 そこから休憩をはさみ、俺たちは配信と侵攻を再開した。件の破廉恥ギミックは、下層からだろう。


「……あらかじめ断っておきますが、場合によっては映像を途切れさせていただくかもしれません」


 視聴者に、およびどこかで監視しているだろう配信サイトの運営に誤解されないよう、宣言しておく。


『そんなー』


『ちょっとだけでいいので見せてください』


『どうか目隠れちゃんのいやらしい姿お願いします』


 最後のコメントは、一万円のスパチャだった。一番断りにくいパターン来たな。


「……すいません。本当に規約違反でBANされるんで。スパチャありがとうございます」


 何だろう。とても悪い事をしているような気分にさせられる。


『まあしょうがないよね』


『キーファンさんがBANされるのは嫌だ』


『迷惑系配信者がBANされないで、キーファンさんがBANされるのはおかしいし』


『パンツはき直しました。純粋にダンジョン攻略の様子を見たいと思います』


 肩を持ってくれる視聴者。尚更良心が痛むような。いや、求められてるのはやってはいけない事なんですけどね。


 しばらく進んでいくと、俺たちはある敵に出くわした。見た目は水っぽいような――いわばスライム状で、それ以外は目や口のない不気味な魔物モンスターだった。


 この魔物こそが、本ダンジョンの破廉恥ギミックである。


「クロネコさん、下がってて」


 先んじて盾を構えていた綾だが、出来れば後衛に回ってほしかった。


「……大丈夫……です……」


「いや本当に下がって」


 実際に来てみると、やはり嫌な予感しかしない。奴がどういう攻撃をするのかは、綾も動画で確認している。


 だが相手は一匹ではない。二匹、三匹と暗闇から現れていき、最終的には六匹となった。


「クロネコさん。マジで危ないから下がって」


 もう一度声をかけても、綾は頑なにその場を動こうとしなかった。


 スライムの魔物モンスター自体は、大して攻撃能力もない。つまり百匹いようが、Gランクの冒険者でも簡単に倒せるだろう。


 問題は倒した後にある。


 説明する間もなく、一匹が綾へ飛び掛かった。綾は盾で受けようとしたが、それでは駄目だ。


 俺はバックパックからを取り出して、庇うように前へ出ると開く。


 スライムは水しぶきを上げて飛び散り、ねばっこい液を足もとに垂らした。


「……気持ちは分かるが、俺の事は信じてほしい」


「う……ごめんなさい……」


 スライムの対処法については簡単である。傘を使えばいい。


 奴らの攻撃は捨て身同然で、何かに当たれば弾けて溶けてしまう。つまりわざわざ剣を振ったり、銃で撃ったりする必要がないという事だ。


 ただし傘なら何でもいいわけではない。必ず傘でないとダメだ。ナイロンやポリエステルといった、服にも使われているような繊維素材では防げない。


 ともかくこれで、非常事態は免れた。後は傘を盾代わりにして、スライム共から綾とクシナを守ればいい。


「視聴者の皆さん。このように、あのスライムの魔物モンスターには傘を使いましょう!」


 確認してみたのだが、この方法でこのダンジョンを攻略しようとした冒険者はいない。皆先入観に囚われて、武器で倒そうと考えていたからだ。


 俺自身も、傘を使ったやり方は天啓と言える。奴らが突進する様を動画で確認して思いついたのだ。尤も確証はなかったが。


 傘を片手に、反応を見てみる。これはかなり自信がある紹介だったからだ。


『ダンジョンで傘使う人初めて見た』


『さすがキーファンさん。目の付け所がシャープ』


『かがくのちからってすげー』


 コメントを確認している間にも、スライムはわざわざ傘へ突撃していき、弾けて地面へばら撒かれて行く。


「と言ってもこの方法はスライム君にしか効果がないでしょうから、他のダンジョンではかさばるので推奨しません」


 傘が有効なダンジョンなど、恐らくここ以外ないだろう。ダンジョンは屋内に分類されるし、雨漏りするような場所も殆どない。


 ともあれこのままなら、最奥まで簡単に抜けられるだろう。はじけるスライムを眺めながら、着々と足を進めていく。


 やがて大きな広間にたどりついた。恐らくここが、ダンジョンの最奥だろう。


「それじゃあとっとと攻略完了しちゃいますかね」


 ここまで来ると、もう何も怖い物はない。スライムエリアは突破したし、仮にダンジョンボスが何であれ、アメノムラクモでなで斬りにしてやる。


 などとタカをくくっていると、暗闇から大きな影が見えて来た。やがてその正体が現れると、俺は驚愕のあまり傘を放り投げてしまった。


「……マジかよ」


 そこにいたのは、巨大なスライムだった。それも、もし奴が弾ければ、この広間を浸水させられそうなほどの。


「や……やだ……!」


 大人しく下がっていた綾も、絶望のあまり尻もちをつく。彼女にはスライムの特性を、余すことなく伝えてしまっていた。


「何でこうなるんだか……」


 俺はカメラを切っておいた。あらかじめ宣言していた通りだったためか、視聴者もそこまでざわついていなかった。


『さすがにアレは……』


『むしろキーファンさんが可哀そうに思えて来た』


『このでかさじゃ傘は意味ないだろうし』


『見れないのは残念だけど……』


 むしろ心配してくれている様子だった。だが俺は、ただため息しか出なかった。


 呆然と立ち尽くしていると、スライムが飛び掛かろうとして来る。そこまでのダメージはないだろうし、直接受けても問題ない。カメラも切った。


「……危ないっ!」


 しかし綾が、庇うように俺をどけようとしてきた。だがその瞬間に、スライムが突撃してくる。ある程度衝撃はあったが、あくまで水をかけられる程度。俺はそのまま、綾に押し倒される形になった。


「……だ……大丈夫……?」


「いや……それはこっちが聞きたい」


 既にスライムが突撃したが現れ始めている。


 スライムの液体は、綾の服を溶かし始めていた。やがてブラジャーも溶けていくと、押さえつけられていた乳房がぷるんとはじけて、俺の身体にのしかかる。


「……ゃ……!」綾も気づいたのだろう、胸元を見て、体中を赤く火照らせた。「いやああああああっ!?」


 あわてて立ち上がろうとしたのだろう。しかしスライムの粘着きに足元をすくわれて、俺の顔面へダイブしてしまう。しかも、よりにもよって当たったのは胸の谷間部分だ。


「ぐぁっ……」


「見ないでっ! みないでぇぇぇぇぇ!」


 焦りもあるからか、うまく立ち上がれないようだ。その度に綾の豊満な胸が、顔をなでる。


「頼む……落ち着け……」


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 それだけならばいいが、付着した液体がまとわりつく度、呼吸ができなくなる。もやは綾の胸に酔いしれるどころか、窒息死しない内に抜け出す事しか頭になかった。


 ふと突然、綾の身体が浮き上がる。何が起きたのか辺りを見回すと、クシナが魔法――じゃなくて術で、クシナを浮かせていたのだ。


「ひゃあっ! 今度は何っ!?」


「危ない所でしたね」


 一応クシナの服も溶けていたようだが、けろっとしていた。初めて会った時、クシナは全裸だったもんな。


「た、助かった……」


「お役にたてて光栄です」


 綾を隣へ降ろすと、クシナは何故か近づいて来る。するとなぜか俺の身体に寝っ転がり、胸元へ顔をうずめてくる。


「……興奮していらっしゃるのですね」


 耳元で甘く囁くクシナ。悔しいが、その通りだった。


「……まだ配信中だぞ」


 結局俺が懸念していた通りの出来事になってしまった。


 あのスライムどもは、どうやら服を溶かす特性があるようだ。ただし溶かせるのは繊維生地だけらしい。その証拠に、カメラもスマホも、武器も無事だった。


 バックパックは溶けていたが。


 状況が落ち着いたところで、俺たちは後始末を始めた。このために着替えを持ってきておいたが、それは後でやっておこう。


 何だろうな。高難易度ダンジョンはそこまで疲れなかったのに、昨日と今日攻略したダンジョンは滅茶苦茶疲れる。次に攻略する予定のダンジョンもこんな感じらしい。本当に気が滅入る。

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