第50話 ダンジョン巡り 三日目
予定では、午後から三つ目の配信を行うはずだった。しかし先のダンジョン攻略でのアクシデントもあり、翌日へ持ち込む事に。
何より、綾のメンタル面も心配だったからだ。
これ以上無理してもらう必要はないので、今日のダンジョンは誘っていない。攻略はクシナと二人だけになるだろうが、問題はない。
ちなみにたまきの方は、どうやら最近『歌』で売り出すつもりらしく、今日は早速レコーディングを行わないといけないようだ。白銀の方は……大分参ってきている様子だった。
とまあ、久しぶりにクシナと二人きりになれる。そう思っていたのだが……。
「……来ちゃった……」
俺たちがダンジョンの入り口前まで来たところで、綾が待っていた。
「……いや、来てくれるのは嬉しいんだが……」
「大丈夫……由倫君になら……見られても……平気……」
頬を染めて、うつむきながら呟く綾。そう言ってくれるのも嬉しくはある。
「わたしもです、由倫様」
その隣に、堂々と胸を張るクシナが現れた。
「……うん分かってるから」
時間はまだ余裕あるが、配信の準備を進めておく。配信の内容はもちろん、道具の紹介だ。
と言っても紹介だけではマンネリするだろうし、そろそろ別の企画も考えないといけないな。
幸い、本来の目的である転売屋へ買い取ってもらう品は充分だ。それぞれ確認したところ、今朝の相場状況では四万程度。未開のダンジョンであれば、この通り一万~三万程度の報酬が期待できる。今日の分を含めれば、総額五万円以上にはなるだろう。
三日で五万も稼げりゃ、向こうも俺の腕を認めざるを得ないはずだ。
◇
このダンジョンは先の二つと違い、中層のボスエリアから情報が途絶える。誰も中層ボスを倒せていないからだ。
わずかな噂では、初見殺しなギミックが仕込まれているという。ただそれが何なのか、知っているのは食らったものだけだそう。そして食らって生還した者は、いない。
ここを三日目に選んだ理由がまさにそれだ。綾とクシナには荷が重いだろうし、戦うのは俺だけになる。
それでいながら高難易度指定されないのは、中層ボスまでの道中が簡単な部類に入るからだ。
ここまでの戦果は、ほぼ綾が敵を倒していると言っても過言ではない。俺も今のところ、刀を抜いてすらいない。敵も基本一匹か二匹程度であり、中層ボスまで行かなければ初心者でも稼げるエリアとして有名らしい。
そのせいか、ここまでの戦利品は皆無だが。
配信の目的であるアイテム紹介についても、変わらず好評でいた。今日紹介したのは、カムなどの登山用具だ。これについては、視聴者の多くも使っている光景を目にしていただろう。
しかも今回のダンジョンは、起伏が激しい。無理に進めなくはないが、登山道具があればかなり便利だ。その様子を実践するのに、この上ない最適なダンジョンだった。
ただし使い方はちゃんと習いに行ったほうがいいと念を押しておいた。残念ながら、登山方面には詳しくない。俺もあくまで使い方だけを学んだだけで、人に教えられる程じゃないからだ。
とはいえ使用実績があるためか、この三日間の中でも最も購入報告が多かった。何となく思うのだが、これ宣伝報酬とか貰えないもんかな。というか貰ってもいいはずだ。
そうして中層もだいぶ進んだころ、俺たちは休憩を取っていた。そろそろ中層のボスに遭うだろう。
「……ふぅ……疲れた……」
かき込むように水を飲み干す綾。既にペットボトル二本ほど空にしており、その苦労もうかがえる。
「だいぶ慣れて来た様子だな」
最初のダンジョンと比べても、綾の動きは格段に良くなっている。既にGランクの動きではなくなりつつあった。
「あ……うん……。動きとか……何となく……分かって来た……」
「このまま行けば、すぐにDランクに昇格できるだろうな」
「これも……由倫君のおかげ……」
綾は頬を染めながら笑みを浮かべる。そんな様子を見て、かわいいと思えた。
準備も整ったところで、休憩を終えて再び進み始めた。ポジションは変わり、俺が先頭を進む。せっかく落ち着いた性欲をまた沸かせたくなかったし、第一俺も所見である以上、Gランクの綾に先頭を任せるのは危険だ。
やがて広間に出くわす。だがそこに敵影はなかった。
「……誰も……いない……」
綾も辺りを見回していた。敵が透明……なんて事はないだろうが。
「クシナ、敵の気配はするか」
クシナの鼻はかなり鋭い。いや、鼻というよりは第六感と言うべきか。クシナに斥候を任せているのも、そういった点を鑑みてである。
「……どうやらいないようです」
しかしクシナは、首を横に振る。
「おかしいな。倒されたのか」
ダンジョン内の敵は、基本的に
中層のボスがいないとなると、倒された可能性が高い。再出現も、ダンジョンによってかかる時間はまちまちだ。半日のもあれば、年単位のもある。
俺にあやかって、誰かが踏破しようとしたのだろうか。
そう思った瞬間、何故かクシナが術を唱えた。ドーム状の透明な壁が、俺たちを包む。
「わっ……!?」
「どうしたクシナ」
振り返ると、クシナは真剣なまなざしで奥を見つめていた。
「臭いがしました。恐らく、嗅いではならぬ類です」
臭い、といってもこの状況で嗅いでも分からない。
一方で壁の外には、少しずつ黄色い
「構えろ。上に何かいるぞ」
「上……?」綾は盾を構えながら、天を仰ぐ。「……ほんとだ……何かいる……」
だが、靄が消えない以上何もできない。靄は嗅ぐどころか、触れてはいけない類のものだろう。
それ以降、状況は膠着したままだった。幸いクシナの術は維持する必要がなく、出したらそのまま持つタイプの術らしい。
しかしこのまま持久戦に持ち込まれては、こちらが不利だ。何か方法はないかと、俺はスマホを見る。もしかすると奴と対峙したことがある誰かが、情報を持っているかもしれない。
『キーファンさん、バッグ見て』
『バッグ光ってますよ』
『バッグ!』
コメント欄を見てみると、何故か視聴者はバッグを指していた。
「え、バッグ……?」
降ろして確認すると、かすかにバッグが光っているのが分かった。何が光ってるのかというと、他でもないアメノムラクモだった。
「……キーファンさん……それって……」
「これで何をしろってんだ……?」
意図は分からない。だがこいつが「任せろ」と、自信満々に告げているような気分がした。
どうすればいいのかも、何故か突然頭の中で分かってしまう。
俺はアメノムラクモを抜くと、頭に浮かんだ図のように、刀を地面へ突き刺す。すると地面から無数の光があふれて、黄色い靄を浄化するようにかき消していく。
「す……すごいっ……!」
「由倫様っ!」
靄は完全に消えた。
「クシナ、術を解け!」
「御意」
クシナは手刀で縦に切り、その形の通り防御壁を割いて消した。
その瞬間、俺はアメノムラクモを天に掲げる。刀身から光線がほとばしり、天上にへばりつく何かを串刺しにした。
空から液体が降りそそぐ。奴の血液だろう。やがてその正体も落ちて、正体を現す。
その姿は、広間を覆い尽くす程大きな花だった。赤い花びらには、白い水玉模様が浮かんでいた。ラフレシアか何かを模した
「っ! 危ないっ!」
などと余韻に浸っていた時だった。クシナが声を張り上げると同時に、天上の岩も崩れていく。奴にへばりつけられていたのだろう。
再び防御壁が俺たちを包む。クシナが術をかけてくれようだ。だが障壁に少しずつひびが入っていくのが見えた。
「くっ……」
普段は無表情を崩さないクシナが、珍しく眉間にしわを寄せていた。防御壁の維持に力を使っているようだ。
しかし抵抗も空しく、壁は割れてしまった。頭上に小岩が降りそそぐ。咄嗟に腕で頭を守ったが、落下の勢いは完全になくなっていたようだ。量も少なく、腕に軽い痛みだけで済んだ。
雨粒のような岩はすぐに降りやんで、砂埃だけが残された。軽く咳きこんで、手で顔の周りを仰ぐ。
「……大丈夫か」
辺りを見回す。
「……はい。何とか」
俺の脇元から、クシナがモグラのように顔を出す。無事を示すように腕を岩のあいだから抜き出すと、そのまま体も引っこ抜く。
「クシナのお陰で、無事に済んだな」
「いえ、由倫様に手傷を追わせてしまいました」
俺の腕にある痣を見て、クシナが肩を落とす。
「大丈夫だ。明日の朝には治ってる。あと配信中だからキーファンって呼んでほいし」
「……お気遣い、ありがとうございます。キーファン様」
頭を下げるクシナだったが、そこには悔しそうなふくれっ面が残ったままだった。
後は綾についてだが……。
「クロネコさんはどこに……」
「由――キーファン様、後ろです」
え、と振り返ると、そこには綾が尻を丸出しにして岩肌にめり込んでいた。
奥からかすかに声が聞こえてくる。足もばたつかせているので、無事なのは間違いないだろう。
ただ、尻だけが剥き出しの状況がまずい訳で。
綾の履いていたスカートは、普段なら何でもないだろう。しかし裾が引っ張られた状態で岩に挟まっており、わずかながら二つの桃に似た形が浮かび上がっていた。
それが今、無防備な状態で俺の前にある。
「……クロネコさん、今引っこ抜くからな」
嫌な予感がした。
「すいません、カメラ切りますね」
視聴者に謝り、俺は一旦カメラを切る。
それからかすかに出ている綾の腰に手をかけた。踏ん張って引っこ抜こうとしたが、びくともしない。
「……ぐ……し……」
絞るような綾の声。どこかが引っかかってしまっているのか、引き抜けない。しかも足のばたつき具合からして、痛がっているのだろう。
何よりこの体勢は非常にまずい。無防備に突き出されたそれは、欲情を掻き立てていく。
「キーファン様」まさか今度は、自分から岩に突っ込んだりしてないだろうな。そう思いながら振り返ると、クシナの手には小瓶があった。「これを使ってみてはどうでしょう」
「なんだこれは」
中にはローションのようにねばついた、透明な液体が入っていた。今のところ手はないし、とりあえず受け取ってみる。
「先日の敵から採取したものに御座います」
「ば……」
よりにもよって、服溶かしスライムの液体だった。
「これを使えばうまく抜けるかと」
性欲のせいか、別の意味にも聞こえてしまう。綾の命がかかっているんだぞ、と言い聞かせ、余計な考えを振り払う。
「クシナ、やってくれないか」
この液を使えば、綾の服が溶けてしまう。今日は着替えを持ってきていないため、裸にさせるのはマズい。
だが同性であるクシナなら、多少はマシだろう。そう思ったのだが……。
「申し訳ありません、実は体に力が入らず……」
クシナは身体をふらつかせ、近くの岩壁にもたれかかる。力を使いすぎたのだろう。
「くそ、なんてこった……」
よく見ると、クシナの顔は真っ青だった。この状態でさすがに無理をさせるわけにはいかない。俺は綾の方へ向き直して、一応はと声をかけてみる。
「クロネコさん! 底から引っこ抜きたいんだが、服を脱がせてもいいか!?」
自分でもバカみたいな事を言ってると痛感させられた。綾はしばらく大人しく成ったのち、身体をばたつかせる。
「すまん! 昨日いたスライム覚えてるだろ!? その液を使わないと抜け出せそうにないんだ!」
奥から「んーんー!」と声が聞こえた。だがしばらくして、綾は突然大人しくなった。足を揃えて、そのまま動かなくなった。
脱がせてもいいという意味だろうか。俺は深呼吸をして、試しに綾のスカートに手をかける。
一瞬、綾は身体をびくつかせた。だがそのまま受け入れたかのようにおとなしくなる。俺は顔を上げて、出来る限りそちらを見ないようにスカートを降ろす。
スカートが綾の足から離れたのを確認して、今度は下着へ。その際、なるべく見ないようにしていたためか、脚を手でなぞる必要があった。かすかに震える綾に、心の中で何度か謝っておく。
だが何故か、下着の感触がなかった。つい綾の腰回りをまさぐってみたが、指先には綾のきめ細かい肌の感触しか伝わってこない。
このまま時間を浪費する訳にもいかなかった。少しずつ、寒さを覚えつつあったからだ。俺は綾に心の中で謝り、一瞬だけ目を開けた。
おかしい。今しがた視界に映った光景には、下着を履いていない綾の姿があった。何かの間違いだ。
ならばもう一度と、目を開けてみた。
やはりどこにも、下着はなかった。
スカートと一緒に脱がせたのかと思ったが、それもない。
という事は……。
……俺は気づかなかったふりをして、綾に上半身の服も脱いでおくよう伝えた。
それから俺も服を脱ぎ、スライムの液を綾の腰と岩のあいだに刷り込ませる。このままでは手指も滑ってしまうので、俺は綾の足の付け根を抱えるように持つ。
きっと、体勢的にはマズい状況だろう。誤解されてもおかしくはなかったはず。余計な考えで頭を侵される前に、力を入れて踏ん張る。
すると、これまでの悶着が何だったかのように、すぽんっと綾の身体が抜けた。
「……プハァっ!」
綾がその場で倒れ込むのが分かった。俺は目を閉じて、なるべくそちらを見ないように顔をそむける。
「……大丈夫か……」
「……うん……」
綾の声は小さかった。
「大丈夫だ。何も見てない」
「……もう……お嫁に行けないよ……」
べそをかくような声色で、綾が呟いた。申し訳ないという気持ちが、心の中で広がっていった。
結果的に綾の服は無事だった。それだけでも良しとしたいが、本人はボロボロだった。
一方でダンジョンの方だが、下層への入り口が岩で完全に塞がってしまっていた。これではこれ以上進むのは無理だろう。
今回ばかりは大丈夫だと思ったのに、ふたを開ければやっぱりこういう結末か。これで報酬もナシってのは辛い。一昨日と昨日攻略したダンジョンがスケベダンジョンなら、ココはクソダンジョンと呼んでも差し支えないだろう。ボス倒したら攻略負荷とか、ゲームならクソゲー判定を受けるだろうな。
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