第47話 ダンジョン巡り 一日目 後半
「……はあああああっ!」
綾が放った渾身の突きは、運良くゴリラ型の
「グゴオオオオオアアアアアアアアアアッッッ……!」
下劣な断末魔と共に斃れていく魔物。
「はぁ……はぁ……!」肩で息をする綾は、やがて戦渦に喜びの声を上げる。「……や、やったぁっ……!」
まるで悪を滅ぼした勇者のように、剣を掲げた。
今しがた俺たちは、中層のボス格を倒したところだ。俺とクシナは徹底して援護に回り、殆どは綾が戦闘を行っていた。
その身体にはあちこち擦り傷が浮かんでいたものの、既に血は止まりかさぶたになっている。攻略続行に支障はないだろう。
「よくやったな、クロネコさん」
「うんっ……キーファンさんのお陰だよっ……!」
よほどうれしいのだろう。兎のようにぴょんぴょん飛び跳ねる綾。
意外と物覚えがいい方だと思える。中層に来てからは攻撃のタイミングを掴めたのか、積極的に攻撃をしかけていた。大抵はその代わり防御がおざなりになるのだが、綾の場合それがなかった。守る所は守り、攻めるところは攻める。基本的な戦闘技能は身についてきたと言ってもいいだろう。
「この分だとすぐにランクアップできるだろうな」
「そ……そうかな……?」
「ああ。Gランクにしてはかなり動けてる方だ」
「き……キーファンさんの教え方が……上手だから……」
と言われたもののピンとこない。自分でも「いや、こう伝えたほうが良かったのでは」とか「こういう言い方の方が理解できるのでは」と思えたからだ。いくら低難易度でも、戦闘中に気を抜いたりはしない。
そんな中で綾にどう教えるかを考える余地はなかったからだ。
それに、綾が理解できたところで、視聴者が理解してくれなければこの配信は意味がない。試しに視聴者たちにも尋ねてみる。
「ちょっと自信ないんですが、皆さんはどうでしたか? 分かりやすかったですか?」
科学式魔法を使った際は調子に乗りすぎた節があるが、今回はかなり気を使ってはみたんだが。
『電撃火炎地獄の百倍は分かりやすかった』
『これなら俺でもやれそう』
『アシスタントの子も動きよくなってるもんね』
『ちょっと冒険者に登録してくる』
好評なようで、ほっと胸をなで下ろした。
少したって、クシナが見回りから戻ったところで休憩を済ませた。綾も軽い食事と水分補給をしっかりと取って、意気込みを見せていた。
「あの……キーファンさん……」
食事を終えたところで、綾が尋ねてくる。
「どうした」
「確か……このダンジョンの情報って……」
ここまでは踏破者もかなりいるようで、情報自体は出回っている。先ほど戦ったゴリラ型の
綾にほとんどを任せたのも、そういう背景があるからだ。さすがに初見の相手は危険だからな。
問題はこの先である。
「ああ。ここから先はほとんど情報がない」
「じゃあ……何が来るかも……」
「そうだ」
ほとんどと言い澱んだのは、実は情報自体はあるからだ。教えられないのは、断片的な情報だからである。今のところ憶測は立っているものの、それを初心者のクシナや綾に伝えては、惑わせるだけだからだ。
もう一つ理由がある。だがこれについては、バレなければ綾たちも知らずに済むだろう。
「……わかった」
綾は膝にこぼれた乾パンのくずを払うと、剣と盾を持って立ち上がる。休憩は充分って事だろう。
「そろそろ再開するか」
「ふぁい」
クシナはどうやら、まだ乾パンを頬張っていたところみたいだ。頬は丸く、口の周りには乾パンの屑が付着していた。
「……あの……急がせちゃった……かな……」
「いや、気にしなくていい」
と言ったと同時に、大きな飲み込み音が聞こえた。音の方では、何食わぬ顔で待つクシナがいた。
「準備万端です」
何かを言う気も失せて、俺は黙って頷いた。
休憩を終えて、俺たちはダンジョンを進んでいく。少しずつだが、壁に小さな穴が見えて来た。まるで何かの通り道のようだが、穴は拳が入らない程小さい。
「これ……何の穴かな……」
「……さあな」
本当は正体を知っているのだが。それを綾に伝えるべきかはやはり迷う。
俺は刀を構えつつ、ゆっくりと歩く。出来るなら何事もなく攻略を済ませたい。
「下層には……
「多分な」
「多分……?」
「集中しろ。こっからは俺も初見だ」
「う……うんっ……」
綾も盾を構えて、何が起きてもいいように備える。食いしん坊のクシナも、俺の背後を確保しながら辺りの様子を伺う。
ふと、足元から何かが迫って来るのが分かった。丁度その方向には穴があり、俺は刀を振りかぶる準備に入る。
「二人とも、離れてろ」
綾とクシナは頷いて、すぐに俺の傍から離れた。なにかは少しずつ、こちらに迫っている。
俺は呼吸を整えて、足元から来る感覚に神経を集中させる。
来る。そう思った瞬間、刀で凪ぐ。細長い物体が液体をまき散らし、宙を舞うのが見えた。
物体は地面に落ちて動かなくなった。すかさずそれを近くの穴に足で埋める。これを綾に見せるわけにはいかないからな。
「な……何だったの……?」
「いや、気にするような物じゃない」
「キーファン様、いかがなさいましたか」
「大丈夫だ。大丈夫」
そう。この二人が正体を知る必要はない。最奥で必ず正体と会うだろうが、その頃にはもう何も関係なくなっているはず。
「……キーファンさん、これって……」
振り返ろうとしたところで、綾が何かに気がついてしまった。
「待て、触――!」
声をかけた時には遅かった。綾の身体には、緑の細長い触手がまとわりついていた。
「何こ……きゃああああああああ!?」
金切り声を上げながら、綾は文字通り吸い込まれるように壁に消えた。
「綾っ!!」
「由倫様っ!」
気を取られていたせいか、こちらにも触手が近づいているのに気がつかなかった。
しかしクシナが前に立つと、彼女は勢いよく腕を振り払う。すると何もない空間から、凪ぐように炎が湧き出る。
触手は炎によって焼かれ、焦げた姿を穴に隠していく。
「クシナ、今のは……」
言った途中で思い出す。また「わかりません」と答えてくるだけだろう。
「てれびで似たようなものを拝見しまして。何となく」
違うパターンだった。てか炎を出すってなんだよ。アニメでも見て真似しようと思ったのか。
「……まあ、助かった。それより……」
「あの方ですね」
「ああ。早く助けに行かないとまずい」
出来れば綾には、あの正体を知られたくなかったのだが。起きてしまった以上は仕方がない。
このダンジョンの下層に触手が生えてる、というのはある筋から得た物だ。ただその情報筋は、普通なら俺が入るべきではないようなところから仕入れた情報だ。この触手は、人を攫うという。
普通ならば、攫われた冒険者は死んだと思うだろう。しかし、犠牲となった冒険者は皆生還しているのだ。ただ、生還した全員がこぞって冒険者業を廃業するらしい。一体何があったのかは、本人達も口を閉ざしてしまっているようだ。
すると考えられるのは一つ。それは、とても俺の口からは言えないような事態になったという事だ。
急がなければ、綾も触手の毒牙にかけられてしまう。その前に助け出さないと。
触手共は途中、俺たちを妨害しようとしていた。その全てを斬り、焼き払っていく。当初の予定では、未開の下層を探索しながら進むつもりだったのだが。
忘れてはいけないのは、このダンジョンを攻略する最大の理由が、瓜田どものビジネスに参加する事だ。その為に、奴らのお眼鏡にかなう品を見つける点にある。
そう言ってられない事態なのだが。
必死に走って、ようやく最奥へとたどり着いた。そこには触手の大元だろう、木のような
「綾! 助けに――」
綾はどこにいるのか、それを探そうとしたが、必要なかった。綾は魔物の目の前に、人質となっていた。
「これは……」
クシナは、綾の姿に絶句していた。それもそのはず。綾は腕を縛られ、股を大きく開かれた状態で捕まっていたのだ。
しかもスカートを脱がされており、下着が丸出しの状態である。
「た……助けて……」
綾は涙を浮かべながら、顔を真っ赤に染め上げていた。
「なかなか、破廉恥な光景ですね」
「んな事言ってる場合か」
本能ではまだ見ていたい気もするが、綾は危険な状態にある。今すぐに救出しなければ。
すると触手のが二本、綾の股に近づいていく。うち一本は、綾の下着にかかり――。
「ひゃっ……!?」
「馬鹿っ! それはまずい!」
自分でも驚くくくらい早く、距離をつめ二本の触手を叩ききっていた。流石にその光景を映したら垢BANされるだろうが。
だが突然、俺の目の前に綾の白い下着が迫る。焦るあまり、俺は斬った後の事を考えていなかったからだ。
大きく開かれた太ももはかすかにふるえて、無防備になった下着は二つの丘の形を浮かべる。さらに少しずつ、下着が湿っていくのが分かった。
「……み……見ないで……」
男とは罪な生き物である。既に見慣れたはずの光景にも、つい目を奪われてしまったからだ。
「わ、悪かった……」
無性に興奮が湧き出て来た。が、それを何とか押し殺して、顔を離す。とにかく触手を斬って、綾を解放してやらないと。
「由倫様」
背後からクシナの声が聞こえて来た。まさか今の光景を見て、自分に気持ちをぶつけろとか言って来ないだろうな。
恐る恐る振り返ると、そこにはクシナの姿はなかった。しかし触手が、俺の背後で動くのが分かった。
振り返り直すと、職種に掴まったクシナがいた。
「捕まってみました」
その姿は綾と同じく、腕を後ろ手に縛られて股を大きく広げた状態だ。唯一違う点は、クシナはスカートが残ったままと言う点だ。
「お前なぁ……」
呆れもあるが、今の状態だとそれに興奮も混ざってしまう。
これ以上は俺が一線を超えそうになってしまいそうだったので、アメノムラクモで木の魔物もろとも斬り伏せておいた。神宝をこんな用途に使ってしまい、この上なく申し訳なくなってきた。
触手から解放されたものの、綾はその場でうずくまってしまった。
「うう……」
「あの、クロネコさん……?」
声をかけてみたが、唸り声を上げるだけだった。
「むむむ、残念です」
一方でクシナは不服そうに頬を膨らませていた。頼むから配信の趣旨を間違えないでほしい。
ひとまずはアカウントが保持されているかを確認しておくか。スマホで配信画面を見ると、一応配信は続けられていた。
しかしスパチャの量が半端ではなかった。いつのまにか合計十万円分も送られていたのだ。
勿論、綾の下着姿のせいだろう。俺にはそのコメントを読み上げる気力もなかった。
「……アーカイブではカットしますね」
この配信サイトは、グロテスクな場面には甘い癖に、アダルト方面にはやたらと厳しいのだ。今回のように下着だけならセーフだろうが、運営からあれこれ言われるのも面倒だ。
『カットしないでください』
『スパチャするんでそのままにしてほしいです』
『今晩のおかずにさせてください』
『クシナちゃんの下着に萌えた』
「……カットさせていただきます」
視聴者には悪いが、ここは譲れない。登録者数が五十万を超えたというのに、ここで垢BANは精神的ダメージが計り知れないし。
視聴者も不満を漏らしていたものの、規約はちゃんと把握していたみたいでそこまで深く追求してこなかった。
綾が動けるようになるまでの間、俺は戦利品をあさっておくことにした。幸い、奥に道が続いており、そこにはいくつかの戦利品が詰め込まれていた。スマホで相場サイトを確認しながら、どれがいくらぐらいかを確認しつつ、瓜田共のお眼鏡にかないそうな品を探す。
結果的に、合計で一万五千弱の価値がある品を取っておいた。残りは……誰かここに来れた人の為に取っておこう。とにかく、このダンジョンには二度と来ないようにしないとな。
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