第46話 ダンジョン巡り 一日目 前半
下調べした限り、このダンジョンに複雑なギミックなどはない。主に出現する敵は
クシナはいつも通り魔法――最近思ったんだが、クシナのは術と言ったほうがよさそうな気もする――での支援を行う。
一方で綾は、剣と盾といった西洋騎士スタイルで挑んでいた。剣は彼女の足より短いショートソードで、盾も小型のものだ。円型の形からも見て『バックラー』と呼んだ方がいいだろう。
過去には似たスタイルを用いる冒険者も少なくはなかったが、盾が持ち運びにくい上、現在は攻撃一辺倒が主流となっている。盾も攻撃に使えない事はないが、狭いダンジョンでは持っているだけで邪魔になる場面も多い。なので現在使っている者はほぼおらず、絶滅危惧種と言ってもいいだろう。
ただ、ダンジョンに馴れてないならこのスタイルも充分ありだ。幾たびか戦闘を得ていながら、綾は今のところ無傷で済んでいる。盾で
代わりに攻撃がなおざりとなっているので、撃退は俺が行っている。防御から攻撃に移るタイミングというのも、慣れてない内はタイミングを掴みにくい。攻撃しようとして余計なダメージを受けるのは、よくあるミスだ。
だからこそ、綾にはなるべく防御に徹するよう指示している。
その甲斐もあり、上層中頃までやってきたが、全員殆ど消耗がない。とはいえまだダンジョンに馴れていない綾には、疲れが見えていた。
「……し、こいつで最後だな」
辺りを見回して、他に敵がいないか再度確認する。敵影はなし。
「……ちょっと……あぶなかったかも……」
疲労がたまってきているのだろう。綾の防御が甘くなってきていた。先ほども
「大丈夫か」
「あ……うん……。さっきは……ごめんなさい……」
「気にするな。疲れて来ただろうし、そろそろ休憩しよう」
綾の様子だが、背中も丸まってきているし、両腕も疲労で垂れ下がっている。剣盾スタイルが寂れたもう一つの理由が、盾の重さで体力を消耗するという点である。
この点は鍛錬でどうにかなるのだが、そんな事より別の武器に変えたほうが楽だし強くなれるのでは、というのが各冒険者の考えである。そのせいで先のデメリット含めて、このスタイルを用いる冒険者はパーティーを組んでもらえないケースが多い。ゲームだとむしろ需要あるって聞くけどな。
「……うん」
やはり疲れているのだろう。綾は頷くと、その場でへたり込んでしまった。
「周囲の見回りをしておきます」
「ああ、頼む」
クシナも動きが分かって来たのだろう。すぐさま付近の見回りを始めた。
「それじゃあ、一旦休憩しますね」
俺は視聴者に向けてそう告げる。
『おっけー』
『クロネコちゃんもうへとへとみたいだね』
視聴者が指摘した通り、綾はバックパックを背もたれにして寝そべりかけていた。
「前衛は結構疲れますからね」
視聴者からの反応を見てから、再び綾の様子を伺う。額は汗ばんでいて、まだ肩で息をしているようだ。仕方がないので、俺は自分のバックパックから未開封の水を取り出して、ふたを開けてやると綾へ差し出す。
「ほら、飲んだ方がいい」
「あ……ありがと……」
綾はわずかに体を起こしながら受け取ると、ぐいっと半分くらいまで飲み干す。
「初めてのダンジョンはどうだ」
「……うん……思ってたより……きつい……」
「まあ最初はそんなもんだ。俺も初めてダンジョンに来た時、上層の半分くらいでバテたからな」
「そう……なんだ……」
「馴れりゃ上層くらいまで休みなしで行けるようになるけど」
と言っても、疲労が蓄積したまま挑むのはよろしくない。俺ですら休憩は多く、長めにとるようにしているし。
「見回り終わりました」
そこへ、見回りを終えたクシナがもどって来る。
「どんな様子だった?」
「敵影はありませんでした」
「分かった。クシナも休憩しててくれ」
「かしこまりました」
一礼して、クシナはその場に座ると、バックパックからスナック菓子を取り出してすぐに頬張る。ダンジョンへ移動する途中に買ったものなのだが、それ以前にもチョコレートバーを食べているはずなんだが。
ふとスマホの画面が騒がしくなってきた。確認すると、また大量のスパチャが送られて来たのだった。
『おやつおかわりいる?』
『遠足と言えばおやつだよね』
『お水もどうぞ』
『たくさん食べててかわいい』
他にもたくさんのスパチャが寄せられて、ざっくり計算では合計一万円ほどとなった。
「あー、えっと……」
一つ、たまきから教わった事を思い出した。スパチャをしてもらったら、してくれたユーザーの名前を読み上げると喜ばれると。
とりあえず最初のスパチャからさかのぼって、くれた人たちの名前を読み上げていく。
『お、マジか』
『キーファンさんに名前呼んでもらった!』
『マジかよ!』
読み上げている間にも、こぞって視聴者がスパチャを投げて来る。最終的に三万程くらいの額で、ようやく一区切り終えられた。
「……さん、ありがとうございます。皆さん、スパチャありがとうございました」
でもやはり、固い挨拶になってしまう。何か新しい挨拶の仕方でも考えておくべきか。
「……寒い……」
ふと綾の呟き声が聞こえてくる。そちらに目をやると、綾は身体を縮こま背ていた。
恐らくは汗が冷えて来たのだろう。攻略中によくあるのだが、動いている間は身体も温まり、体温は気にならない。しかしダンジョンは薄暗い地下にあり、外の気温と比べると温度が低い場所が殆どだ。
そういう時にこそ、これから紹介する品物が役に立つ。
「クロネコさん、さっき出してくれたアレを」
「……あ……そうだった……!」
綾も思い出したように、バックパックからアルミブランケットを取り出す。何故普通の毛布じゃないかというと、アルミブランケットなら掌サイズに畳めるからだ。これによってバックパックの中身を占有せず、他の備品をより多く詰め込める。暖かさも馬鹿に出来ないし。
ダンジョン攻略もサバイバルの一種である。こういった災害用品も非常に役に立つ。値段は張るけどな。
袋を開封した綾は、早速広げて中に入る。
「……ふぅ……あったかい……」
言葉通り、先ほどまでの体の震えは止まったようだ。まさに俺は、こういう風景を撮りたかったのだ。
視聴者はどんな反応を見せているのだろうか。試しに見てみると、思ってた以上に高評価だった。
『あったかそう』
『確かに、ダンジョンって基本寒いもんね』
『攻略中に凍死した例も少なくないんだっけ?』
「ええ。実は俺も一度その様子を見てまして」
その人とはパーティーを組んでいなくて、たまたますれ違っただけなんだが。
当時はまだ俺も新米だったために、あまり準備などはしていなかった。なのでその様子を見ても何もできず、その人が息を引き取る様を眺めるしかなかった。
そういった経験もあり、俺はアルミブランケットを必ず持って行ってるようにしている。
『おれもあるな』
『俺もそれで仲間を一人死なせてるから、やっぱこういう備えは必要なんだよね』
『↑その人は残念でしたね……』
『仲間を無くしたという人にどうか救いがありますように』
「俺からもお悔やみを申し上げます」
俺自身はパーティーメンバーに恵まれない方だが、だからと言って目の前で亡くなると言った光景は、出来れば見たくない。サイガーらは自業自得だが。
『キーファンさん優しい』
『基本的に優しい人だよね、キーファンさんって』
『こういう所がホントに好き』
別に褒められたくてやったわけではないのだが、視聴者からは好感を得られたようだ。
そこへコメント欄に一つのスパチャが届く。
『ありがとうございます。一層キーファンさんの事が好きになりました』
コメントと共に、一万円という額が表示された。俺はスパチャをくれた人のユーザー名を確認する。
「……シオンさん、スパチャありがとうございます」
結構高額なスパチャに、つい驚いてしまった。いや、同じくらいの額は一度白銀に貰っているけど。
ともあれこの企画はかなり役立っているようだ。コメント欄でも続々購入報告が押し寄せてくる。正直、宣伝費くらいくれても良いのではとすら思えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます