第45話 ダンジョン巡り 前置き
夕刻。学校から帰ってすぐ、俺はクシナと綾を引き連れてダンジョンへと向かった。
たまきは予定していたゲーム配信があるようで来れず、白銀も内部調査で忙しいとの事。
なので今日は、この三人で挑む。下調べしたところ、難易度自体は高くなさそうだが。なのに未踏破なのは、理由がある。
「備品の確認終わりました」
クシナが収納の魔法を使い、備品の予備を仕舞い終えたようだ。一応、最低限の荷物にはとどめてあるが、身軽な方が攻略しやすいためである。
「悪いな」
「いえ、お役にたてるならば光栄です」
クシナはぺこりとお辞儀をする。
傍らでその様子を眺めていただろう綾は、唖然とした様子だった。
「……やっぱり……不思議な魔法だね……」
斉賀との配信対決の際、クシナがポリタンクを出し入れしていた様子を写していた。綾もこの魔法の存在は知っていただろうが……。
「よし、そろそろ配信始めるぞ」
生憎、今は時間が惜しい。学校から帰る際、校内で散々声をかけられてしまったためだ。そのせいで配信開始時刻が目前に迫っている。
配信自体は実に久しぶりだし、その影響もあってかちょっとした騒動になっているようだ。一部のまとめサイトで『Sランク冒険者のキーファン、生存していた模様』とか記事にされる始末だし。
有名人として先輩にあたるたまき曰く、「一週間くらい時間が空いたらSNSで生存報告したほうがいいよ」との事。不慣れというのもあるが、今回は報告しなかった俺が完全に悪い。
「いつでも大丈夫です」
元より自然体のクシナは、身だしなみやらを整えるしぐさがない。一方で初めてネットに姿を晒す綾は、慌てふためいていた。
「あわわわわわ……!」
服に乱れがないか、髪が跳ねてないか、声の調子はどうか。そんな姿を見ていると、始めて配信した時の自分を思い出す。あの時の最大視聴者数は……最終的に六人は見ていてくれていた気がする。うち二人は、たまきと綾だろう。本人達の申告を信じるならば。
「じゃあ配信始めるぞ。3、2、1……」
既に準備画面は表示してあったので、後は画面を映すだけだ。スマホの画面に、クシナと小躍りする綾の姿が映される。
『きたぁぁぁぁ』
『お久しぶり!』
『待ってました!』
『遊びにきたよおおお!』
早速流れるコメントの洪水。
『何か早速踊ってる子いるんだけど』
『クシナちゃんの隣にいる子誰?』
『かわいい』
視聴者が最初に目にしたのは、踊る綾だろう。無論、本人は慌ててるだけなのだが。
「あー、クロネコさん、配信はじまってまーす」
「……ふぇっ!?」
綾は一瞬固まり、カメラ目線になる。『クロネコ』とは黒野の
「えーっと、いきなり変なものが映ってしまったかと思いますが、どうか気にしないでください」
とりあえず視聴者に謝っておく。
『構いませんよ』
『むしろかわいいから許す』
『その子はアシスタントの子?』
「んまあ、そんな感じです」配信開始からグダり始めるのはマズい。俺は咳払いをして、一旦落ち着かせる。「ちょっとグダついてしまいましたが、改めて。Sランク冒険者のキーファンです」
「本日もお供させていただきます、クシナと申します」
『はーい』
『今日もよろしくー』
『ご飯代です』
最後のコメントは、三千円のスパチャとなっていた。
「スパチャありがとうございます」
それを皮切りに、クシナのおやつ代だとか、飲み物代などで五百から二千円程度のスパチャが六件ほど入る。それをクシナにも見せてやった。
「えっと、皆様。すぱ……ちゃ? をありがとうございます」
首をかしげながらも、クシナもお礼を述べた。
『で、もうひとりの子は?』
『くろねこちゃんだっけ?』
『さっきからなんかうずくまってるけど』
視聴者が指摘した通り、綾は丸くうずくまっていた。多分小躍りしていたところを見られて恥ずかしいのだろう。
「あー、クロネコさん、自己紹介を」
「……ふぇ? あ……えー……」
困惑しつつも、カメラを見て覚悟を決めたのだろう。立ち上がり、目線は外していたものの一礼する綾。
「く……玄野……綾……です……」
「あの、名乗るのは
「……あ」よほどテンパっているのだろう。夕暮れでもわかる位に顔が赤くなっていく綾。「あわわわわ……」
当たり前だが、ネット上で本名を晒すのはよろしくない。特に日本では、有名人でも匿名や芸名を使うのが殆どだ。
『草』
『本名言っちゃったよこの子』
『あわあわしててかわいい』
一応、視聴者からは好評のようだが。
「……彼女はクロネコと言いまして、本日アシスタントを務めてもらう冒険者です」
仕方がないので、俺が自己紹介を済ませておく。
『はーい』
『よろしくねークロネコさん』
とりあえず後でアーカイブを編集して、綾が本名言ったところをカットしておくか。
俺が利用している配信サイトでは、配信のアーカイブを編集できるようだ。俺もたまきに教えてもらったのだが。ほとんどの場合、不適切な場面や発言をカットできるようにするためらしい。
「では気を取り直して」配信の趣旨は、綾が慌てふためくさまを見続ける事ではない。「本日はGランク冒険者の二人とともに、ダンジョン攻略初心者、およびこれから冒険者になろうとしている方向けの必需品を紹介します」
高難易度ダンジョンを少人数で踏破した以上、難易度の低いダンジョンの攻略ををただ配信するだけでは面白くない。たまきの配信でゲストとして出演してみて分かったのだが、こういったハウツーの紹介は需要が高いみたいだ。
以前の高難易度編では誰も真似できないという点で不評だったので、そこを鑑みてより初心者向けのハウツーを考えてみた。結果、自分が使う道具類を紹介してはどうかと思いついたのだ。
『おねがいしまーす』
『キーファンさんの使ってる道具なら間違いないもんね』
『でもあのポーション以外あんまり使ってないような……』
切実な問題だが、まず使っている様子がカメラに映っていなかったりするためである。後は使う度に紹介するのを忘れていたりと、視聴者に伝わりにくかったのもあるだろう。
「配信業を始めたのはAランクになってからなので、それ以前はいろいろと使ってたので、特に不慣れな方には非常に役立つと思います」
『てっきり一日でAランクになったのかと』
『キーファンさんの下積み時代の話聞きたいー』
「それはまあいずれ……」話せる内容自体はあるが、決していい内容ばかりでもない。パーティーを組んだ時の話なんかもして、もし当時組んでた奴が配信を見てたら……。その点も踏まえて、一旦内容を整理する時間が必要だろう。「では早速、紹介に入りたいと思います」
紹介自体は簡単だ。まず備品を一つ取ったら、そのアイテムの役割を紹介し、これで自分がどう役立ったか、助けられたかの体験談を話す。それで十分だ。
内容自体は自分でもあまり自信はなかったが、視聴者のコメントを見ると概ね高評価なようだ。参考にしてくれたり、『自分も使ってるよ』といったコメントもあれば、わざわざ通販で買い寄せたという報告もある。
視聴者の様子を見るに、紹介自体は成功と言えるだろう。ただこの配信の趣旨は、ここで終わりじゃない。
「……ではこれらのアイテムを、実際に使ってみましょう」
そこで、共にGランクのクシナと綾の出番だ。
上級者が道具を使う様子を映しても、十分参考にはなるだろう。しかしもっとも参考になるのは、同じレベルの相手が使ってどう役にたつのか、その光景を見せるのが一番だ。
「じゃあクシナ。俺が言ったものを取り出してくれ」
「かしこまりました」
クシナがカメラの前でお辞儀をすると、バックパックから俺が紹介した品物を取り出す。
一方の綾は……さすがにもう落ち着いた様子で、動きは固かったものの同じく備品を取り出した。
「こ……これでいいん……ですよね……?」
「ああ、大丈夫」ぱっと見、どちらも備品に不具合はなさそうだった。「それでは早速、ダンジョン攻略に移りたいと思います」
『きたぁぁぁぁ』
『いよいよですね』
『待ってました!』
『今日もキーファン無双待ってます』
「……あー、俺はあんまり活躍しないかもしれませんが」
配信のメインは、あくまでクシナと綾の二人だ。無論、手に負えない部分は俺が片付けるつもりでいるが。
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