第44話 ダンジョン巡り 準備編

 瓜田と別れてすぐ、俺は買い物に走っていた。ダンジョン攻略の準備をするためである。


 と言っても必要なのは食料や水や茶といった飲み物、後はアルミブランケットやライター、照明用の電池の替え、救急道具などの必需品だ。それらをカートに置かれた二つの買い物かごに、めいいっぱい積み込む。


 数を買いそろえる理由としては、今回のダンジョン攻略は数日かけて行うからだ。攻略するダンジョンも一つではない。その度にまた買い直しをするのは面倒だから、買えるうちに一機に買っておくのだ。


「これで全部でしょうか」


 クシナも買い出しに付き合ってもらっている。どうやら学校が終わってからもクシナは俺の後をつけていたようで、この店に入ろうとしたところで声をかけて来たのだ。


 ちなみについてきた理由は、やはり瓜田が信用ならないからだそうだ。


「一応はな」


 どれがどれだけ必要かは、実際に日数が立たないと分からない。とはいえ五日分は補充したつもりだ。今のところ攻略予定のダンジョンは三つだが、収益によってはさらに増える可能性もある。もしそれで足りなくなったら、また補充すればいいか。


「此度は大掛かりですね。由倫様にはあまり必要ないかと存じますが」


 クシナは首をかしげる。この方面には高難易度指定されているダンジョンはなく、事情があって未踏破なっているのが殆どだ。まずはその辺を回り、候補がなくなれば少し遠出しようと考えている。


「攻略するたびに買い物すんのも面倒だからな。それに、今回は一度攻略して終わりじゃない」


「信用を得るため、で御座いますか」


「こういうのは地道にやるしかないからな」


「愚かな方たちです。由倫様の戦いぶりを拝見すれば、一目で信頼に足ると分かるでしょうに」


「慎重なんだろうよ」


 この手のビジネスにかかわる奴は、大体慎重派が多い。後先考えずに突っ込むようなら、とっくにバレて廃業まで追い込まれるからな。


 レジでの会計には時間がかかった。列ができていたのではなく、店員が俺のファンだったからである。顔を見てすぐ発覚してしまい、いつからファンをやっていたのかとか、以前のダンジョン配信の様子なんかの感想を長々と聞かせられた。


 しかもだ。やはり買った物から、ダンジョンを攻略するのだと感づかれてしまった。幸い店員は「今度の配信絶対見ます!」という声かけ以外はしてこなかったが。


 会計を済ませて、買った品物を袋に詰め込む。思ってた通り、俺もクシナも両手が買い物袋で塞がってしまった。


 幸い、買い物をした店から家までは近い。俺が引っ越し先に選んだ理由の一つにも、こういった品を取り扱う店が近いからってのがある。以前住んでいた場所は、店まで遠かったし。


 店を出ると、空にはまだ夕日が昇っていた。瓜田との会合も、買い物も、結構時間を使ったと思うんだがな。この季節は本当に日の入りが遅い。


 時刻は既に夕飯時で、本格的に腹が空いてきた。クシナも店を出てちょうど、腹を鳴らす。涼しい顔をしていたが、頬は僅かに赤くなっていた。


「何かつまんでから帰るか?」


 両手が荷物で塞がっているが、重さ自体はそこまでではない。クシナが持っているのも軽いものばかりだし。寄り道する余裕はありそうだ。


「いえ。自宅まで我慢します」


 ぷいっと振り向くクシナ。しかしレジ袋の中に入っていた乾パンを、どこか口惜しそうに見ていた。


「少しならつまんでもいいぞ。いくつかは買い置きの為に買ったようなもんだからな」


 ダンジョン攻略自体は、大抵半日程度で終わらせられる。高難易度でないなら、さらに時間は短くなるだろう。


 問題は何日かかるか、であって。その為に余分に買っておいただけだ。


「……では、お言葉に甘えて」


 やっぱりお腹空いてたんですね。クシナはごそごそと買い物袋を漁り、乾パンの入った缶を開けると、一つ取り出してぼりぼりつまむ。幸せそうに二度うなずいて、また一つ取っては摘まんでいった。


 まあ家に一つだけ買い置きがあったし、賞味期限切れになるまで待つ必要もないか。


「……由倫……君……?」


 ふと、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると、買い物袋を提げていた玄野綾が立っていた。


「お、綾か。買い物してたのか?」


「うん……。今日の……晩御飯の……」


 綾の買い物袋には、ネギや大根がはみ出ていた。袋のふくらみ具合からして、いろいろと入っているんだろう。


「綾は一人暮らしなのか?」


「ううん……お父さんとお母さん……いつもお仕事でいなくて……」


 一応両親はいるみたいでよかった。


「でも偉いな。ちゃんと自分で料理するなんて」


 俺は一人暮らしだった間は、ずっとコンビニ弁当とかカップ麺とかだったからな。料理をしようという気はあったんだが、忙しくて結局できなかったし。


 今はたまきがいるし、あいつの料理はうまいから尚更その気も失せちまった。


「そ……そんな事ないよ……覚えてた方がいいって……お母さんも言ってたし……」


 家族仲自体も良好なようだ。それはそれで何より。


「今日は何を作るんだ?」


「うんとね……お肉とじゃがいもが安かったから……肉じゃがと……あとお味噌汁とか……」


 献立を教えながら、綾は買い物袋の中身を見せてくれた。他にも野菜や卵なども入っていたが、夕飯に使う材料ではなさそうだ。中には自分へのご褒美だろう、チョコレート菓子やポテトチップスなんかも入っていた。


「いろいろ作れるんだな」


「うん……お母さんに教えてもらって……」綾は袋を持ち直すと、今度は俺の両手を見つめる。「由倫君は……」


「ああこれか? ダンジョン攻略のための備品をな」


「そっか……どこを……攻略するの……?」


 今度、という言葉が妙に引っかかる。いや確かに、あのクラスで俺が冒険者だと知らない生徒はいないだろうが。


「もしかして、綾も配信を見てくれてるのか?」


「あっ……! あの……!」


 尋ねたものの、たじろぐ綾。


「どうした?」


「あー……。……うん……」


 しかし観念したように、頷いた。


「おおそうか。やっぱあの、サイガーとパーティー組んでた時から見始めたのか?」


「……実は……」


「ん?」


「……由倫君が……初めて配信してた時から……」


 という事は、綾は古参視聴者だったのか。


 しかし驚いたな。まさか俺のチャンネル登録者の内、二人が異性だったとは。俺はてっきり物好きなやつか、作業用に流すために視聴してるパターンかと思ったんだが。


「い……出雲ダンジョンの攻略配信とか……! すごく……かっこよくて……!」


「お、おう……」


「あの……あの……!」徐々に目を回し始める綾。漫画の世界とかだったら、目が渦を巻いてそうなくらい体ごと回り始めていた。「いっ……一緒に……パーティー、組んでもらえませんかっ……!」


「いいけど……」


「……へ?」


「ていうか、綾も冒険者だったんだ」


「あっ……はいっ……! まだダンジョンに行った事……ありませんけど……!」


 と言いながらがさごそと制服のポケットを探ると、真新しい冒険者許可証を見せてくれた。なお本人が告げた通り、一度もダンジョンに足を踏み入れてない為、ランクはGだった。


「冒険者になったのはいつなんだ?」


「えっと……由倫君が……出雲ダンジョンの配信を……してた時で……わたしも……冒険者になってみたいって……思って……」


 テンパってるのか、動機まで話してくれた綾。ただそうなると、まだ登録してから二カ月程度って事か。


「ちなみに前衛、後衛どっちなんだ?」


「えっと……前衛がいいかなって……」


「すると遊撃手とか?」


「……実は……囮とか壁役とかの方が……」


「ああそっち系ね」


 冒険者という枠組みも出来てから、先人たちはダンジョン攻略にゲームの流れを汲んだ方法を用いていた。タンクと呼ばれる前衛に、アタッカー――またはディーラー、最後にヒーラーまたはバッファーみたいな感じに、それぞれ役割を与えていた。


 今は遠近問わず、全員が攻撃手を務めるスタイルが多いのでこういった編成は見掛けない。何より誰が活躍したか、で揉めるケースが後を絶たなかったからだ。


「今だと……あまりやってないって……聞いたけど……」


「いろいろ面倒だからな」


「でも……今はそういうのでしか……役に立てそうになくて……」


「でもいいのか? 壁役はマジできついぞ」


 以前務めた事があるが、はっきり言って二度とやりたくないと思った。基本的に先頭を歩かないといけないし、慎重に進んでも文句を言われるし。あげく全員一人で倒してしまってもやはり文句を言われたからな。


「だ……大丈夫……わたし……身体だけは……丈夫だから……」


 確かに綾は、インドア派にしては肉付きがいい。全体的にむっちりしているが、腹はへこんでいる。平たく言えば、安産型と呼べる体型だろう。


「まあどっちにしろ心配ない。何かあれば俺が守ってやるよ」


「わ……!」


 つい自然と言葉にしてしまったが、それがまた綾の興奮を呼び起こしかけてしまった。


「……由倫様、どなたとお話しているのですか」


 そこへもぐもぐタイムを終えたクシナが、ひょっこりと顔をのぞかせている。


「あ……クシナちゃん……!」


 配信を見ているというのだから、クシナの存在も知っているだろう。


「……? どちら様でしょうか」


「同じクラスの玄野綾だ。今度のダンジョン攻略で一緒に組むことになった」


「よ……よろしくね……」


 変わって自己紹介をすると、綾も一礼する。


「そうでしたか。こちらこそよろしくお願いします」


 何かぼやかれそうかと思ったが、クシナもお辞儀をした。


 ふとクシナが手にしていた缶に目をやると、中身は空になっていた。


「クシナ、結局全部食べたのか」


「あ……申し訳ありません。つい」


 どうやら無意識に食べてしまったようだ。


「あの……これよかったら……どうぞ」


 そこへ綾が、買い物袋の中からポテトチップスを取り出す。


「有難うございます」何食わぬ顔でそれを受け取ると、早速開けて一枚取り出し頬張り始めた。「美味しゅうございます」



「……詳しくはまた明日話すか」


 今は一刻も早く、クシナに晩飯を食べさせたほうがよさそうだ。というか、いつからこいつは食いしん坊キャラになったんだろうか。


「あ……うん……分かった……」


 綾は口惜しそうにしていたが、クシナの邪魔をしては悪いと去っていった。俺たちもさっさと帰って、晩飯にしよう。

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