第43話 潜入開始
学校が終わってすぐ、俺は瓜田に指示されたカフェにやってきていた。
昼頃に承諾の連絡をしたところ、向こうも大喜びで取り次いでくれた。ただし事業内容の主な説明は、電話では話せないらしい。
なので直接会い、おおまかな内容を話すという。
ちなみにこのカフェは瓜田曰く「信頼できる」との事。恐らくは一味の隠れ家の一つだろう。
雰囲気は悪くない。白を基準としたモダニズムの建物に、外の景色を一望できる開放的なガラス窓。室内は小物類こそ少ないが、テーブルや椅子は同じ
何より、隠れ家らしく客も少ない。今のところ店にいるのは俺と、何も知らないで入って来ただろうマヌケなカップルだけだった。そのカップルは映えもしないデザートの写真を撮り、SNSに投稿しているようだ。
注文したコーヒーが冷めかけた時、ようやく瓜田が現れた。奴は俺を見つけると、店員に耳打ちをしてからこちらにやってくる。
「いやぁすんませんねェ。ちょっと立て込んだ用事があったもんでェ」
「氷を買おうか悩んでたところだ」
どうせ冷めるならアイスコーヒーにして飲む、というのも悪くなさそうだった。
「今日はウチのおごりでいいですよ。お代わりはどうです?」
「いや、本題に入ろう」
この店に来たのはコーヒーの為ではなく、瓜田と事業についての話をするためである。
「ですね。じゃあ……」こほん、と瓜田は咳払いをした。「まず、ウチらの事業に参加してもろて感謝しとります。今ウチらは事業拡大を考えとりまして、そこにSランク冒険者のキーファンさんが来とくれるっちゅうんはほんま有難い事なんで」
「御託はいいから、何をすればいいのかだけ教えろ」
「っちゅーても内容は簡単ですわ。キーファンさんはいつも通り、ダンジョン攻略をしてくださりゃオッケーです」
「でも戦利品はお前らに預けるってんだろ?」
「その通り。せやけど収益になるまでは時間がかかってまうので、支払いはしばらく待ってもらうんですけど」
「何日くらいかかる?」
「モノに寄りますなァ。ベタな話、燃料関係なら即日支払えるかもしれへんけど……」
「場合によっちゃあ一月待たされるパターンもあるんだろ」
「そォですねぇ」
戦利品の中には、供給は足りてないが需要も少ないような品もある。いわばコレクター品と呼ばれるものだ。こういった品は基本的に、売れるまでかなりの時間を要する。
昨今じゃあSNSを介して宣伝、という方法もあるだろう。しかし大本の鑑定屋は、買い取った品の宣伝行為を行っていない。公正な経済活動くんだりで、そう取り決められているからだ。なのでそういう場合、該当店舗にコレクターがやってくるという奇跡を待つしかない。
こいつらの場合も、下手に宣伝すれば鑑定局なりにバレてしまうだろう。ただ独自のネットワークを用いていれば、不可能ではない。この手の人間は、そういった裏道を持っているもんだ。
「いずれにしろ、契約通り支払ってくれりゃ問題ない」
「その点はご心配なく。この商売は信頼あってこそってもんですわ」
「ならいい」
「あー、せやけどモノによっては買い取り拒否させてもらいますんで」
「例えば?」
「価値が付かないような物、要するにゴミ同然の物とかは買い取れへんので」
「そう言われても、具体的な値段が提示されてないと判断できないんだが」
「ウチは最低買い取り価格が五千となっておりますんで。それ以下のもんは買い取り拒否させてもらいますわ」
おいおい、こいつダンジョン界隈を知らないのか。五千円もする品物なんか、その辺のダンジョンを漁ってもなかなか出て来ないぞ。
「一応聞くが、その値段は相場を指しているんだろうな?」
「その通りです。なんで、相場が変動して五千円以下になったもんは、残念ながら買い取り出来なってしまいます」
「逆も然り、ってか」
「はい」
訛った口調で、瓜田は頷く。要約すると、こいつらは利益にならない物以外を買い取る気はないらしい。その点は鑑定屋と違うな。
鑑定屋であれば、たとえ一円程度の品物だろうが買い取ってくれる。場合によっては、それを必要とする人も出てきて来るからだ。だがこいつらは、完全に利益しか考えていない。ビジネス思考と言えばそれまでだが。
「それと、キーファンさんは配信もしてらっしゃるでしょう?」
「ああ」
「なら、この話は出来るだけ漏らさんようにしてほしいんですゥ」
「何故だ?」
理由は分かってる。が、あえて尋ねて、少しでも情報を聞き出してみるか。
「ウチとしては規模をもっと大きくしたいんやけど、そうするとあらぬ誤解を招いてしまうんで」
「あらぬ誤解とは?」
「一部からはアコギな商売や思われとるんですわ。ほんま迷惑な話でっしゃろ?」実際アコギな商売だろうが。「そもそもウチらは自由競争に乗っ取って、最大限の工夫で商売をしとるだけなんですわ。なのにその一部は……嫉妬しとるんやろなぁ。よほどワイらが儲かるのが許せんようで」
「ほう……」
話半分に、俺は冷めたコーヒーを啜る。やはり氷でも貰って、アイスコーヒーにした方がいいかもしれない。
「第一、ウチらはほかでもない冒険者の事を考えて商売しとるんですわ。キーファンさんも、鑑定屋の阿呆どもに不当な手数料引かれて頭に来たことありますやろ?」
「ああそうだなしょっちゅうある」
腹も空いてきたし、何か食っておこうか。瓜田がさっき奢ってくれるって言ってたし。
「せやろ? 何なら一番儲かっとるのは鑑定局方面の人間やのに、なんでそいつらは批判せんのやとウチらは思うとりますねん」
メニューを開くと、定番のケーキ類に混ざって珍しい料理も乗っていた。こういうの見ると、つい頼んじまいたくなるんだよな。
「なぁ、この夏野菜のパイ食っていいか?」
「……え? まあええですけど……」
瓜田の承諾も得た事だし、俺は店員を呼んで夏野菜のパイを注文した。出来るのには時間がかかるだろうが、その間は瓜田のお気持ち表明でも聞いて時間を潰すか。
「で、何の話だっけか」
「えっと……せやから――」
瓜田の持論展開は、パイを待つ間もかなり続いていた。長い上に中身もなく、ただ詭弁の一言で全て切り捨てられるような内容だった。なので俺はそれ以降の話などすっかり抜けてしまったし、仮に聞いたとしても、人生の役に立ちそうな言葉はないだろう。
「――長々と語ってしもうたけど、キーファンさんもウチらの気持ち、ようわかってもらえたと思います」
「ああ。パイは微妙だがな」
パイの味についてだが、夏野菜の甘さと苦さが全くかみ合っておらず、かつパイ生地のパサパサっぷりが絶妙な気分の悪さを催してくる。これを売り物にするようでは、この店もあと数カ月しか持たないだろう。
とはいえこのパイを持ってきた店員も、どこか不安そうな表情を浮かべていた。多分メニューにしてみたはいいが、実は失敗作だったんだろう。明日になれば多分、夏野菜のパイはメニューから消えているだろうな。というかそうしたほうがいい。
「っちゅうわけで、ウチからは以上になります」
「そうか」
「っと大事な事忘れとりました。戦利品を持っていく場所については、また後で地図教えますんで。そちらに持って行って鑑定してもろて下さいな」
「分かった」
話も終わったところで、俺はさっさと席を立つ。もうここにいる必要はないからな。
「あの、パイはどうしますんで?」
すると瓜田が引き留めようとしてきた。
「食えよ。自分の金で買ったんだろ?」
「え? でもキーファンさんが……」
「俺の舌には合わなくてな。せっかく作ってもらったんだし、ちゃんと食えよ」
「ええ……」
「よく言うだろ? 食べ物は粗末にするなって」
「それは仰る通りや思いますけど……」
「悪いが忙しいんだ。早速事業に参加したいからな」
「わ、分かりました……」
しぶしぶ頷く瓜田だが、気にする必要はない。俺は店員にごちそうさまと挨拶をしてから、足早に店を出た。
さて、早速ダンジョン攻略へ行こう……と行きたいところだが、肝心の鑑定場所がまだ不明だ。しばらくすれば地図を教えてくれると言っていたが……
と考えていると、スマホに着信が入る。宛名は瓜田のもので、内容は鑑定場所にマークがついた地図が貼られているだけだった。
ここで白銀らに鑑定場所を教えて、突入してもらう……という考えもあるだろう。だが所詮はトカゲの尻尾切りでしかない。人を射んとせばまず馬を射よ、という言葉通り、まずは信頼を得る所から始める。
一目置かれるようになれば、黒幕が俺に会いたがるはず。その時が、行動の時だ。
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