第42話 報告会議
妙に体が重いと感じて、目を覚ますと白銀が覆いかぶさっていた。
白銀はスーツ姿のまま、すやすやと寝息を立てていた。恐らく帰ってきたまま、俺にダイブして爆睡してしまったのだろう。仕方のない奴だ。
引っ越しの際、何故かはらないが白銀もこの家に住まう事になった。引っ越した家は八つの部屋があり、それをもてあます理由もなかったからだ。一応家賃ぐらいは払うと言っていたが、別に取るつもりもないのでそのまま住ませている。
部屋を見回すと、一緒に寝たはずのクシナとたまきがいない。奥からフライパンで何かを焼く音が聞こえるので、たまきは朝食を作っているのだろう。しかしクシナはどこへ行ったのか。
白銀は寝かしたままにしておいてやろう。そう思ってゆっくりと体を引き抜こうとしたのだが、元気になっていた股間が白銀の顔に当たってしまう。昨日散々出したというのに、何でこんなに膨らむんだか。
「……あら、お早う」
まどろみの中で、白銀は大あくびをしながら呟く。
「悪い。起こしちまったな」
「大丈夫……そろそろ起きないと……」
そう告げて起き上がろうとした白銀だが、目の前にいきり立つモノが見えるとしばらく固まる。もし逃げようと思えばすぐに逃げられるだろう。しかし俺は、白銀がズボンを脱がしていく様子と、それからの行く末をじっと眺めていた。
お互いスッキリして、一服した頃だった。相変わらず裸エプロン姿でいたたまきが、ドアを開けてくる。
「あ、起きてたんだね。朝ごはん出来たよー」
この時俺は、下半身を露出したままだった。それに白銀の口周りには、唾液と白い汁の残滓がついたままだった。
「ええ、分かったわ」
白銀は汁の残滓を舐め取って、立ち上がる。
「さっさと食うか」
俺もズボンをはき直して、ベッドから出る。
女三人に囲まれて、かつ朝に搾り取られる生活にも慣れてきていた。なんだかんだ言って、俺もこの朝活に悪い気はしないし。
部屋を出ると、ぶかぶかのTシャツ姿のクシナが歩いてきた。
「おはようございます……由倫様」
まだ寝ぼけているのか、若干ゆっくりな喋り方のクシナ。
「ああおはよう。ところでどこ行ってたんだ?」
「
何故かクシナは、トイレに行く事を厠と言う。昔の人はトイレをそう呼んでいたが。
「にしては長かったな」
白銀に抜いてもらったのは、およそ五分程度だ。腹でも壊したか。
「どうやらうたた寝をしていたようで」
その証拠に、クシナは大きな欠伸をした。昨晩のクシナは、まさにはつらつと言った感じだったからな。
「ほら二人とも、はやくご飯食べようよ」
「っと、そうだったな」
たまきに促されて、朝食へと向かった。そういやなんか忘れているような……。
食卓にはお椀一杯の米とみそ汁、スクランブルエッグにベーコンが乗せられていた。挨拶を済ませて一口目を食べようとした時、ふと白銀の顔が目に入る。そこで思い出した。
「そうだ、白銀に聞きたいことがあるんだった」
「今日は水色の下着にするつもりよ」
「じゃなくてだな……。実は昨日、ある男に会ってな」
「あ、そうそう!」
たまきも用件を思い出したようで、一旦箸をおいた。そう、俺たちは昨晩の出来事について、白銀に話を聞こうとしていたのだった。
「ある男?」
白銀も箸を一旦置いて、背を伸ばす。
「そいつが言うには、あるビジネスをやっているみたいでな。何でも鑑定屋を仲介せず、そいつらと直接取引するって言う」
すると白銀は、落胆ともとれるほどのため息をつき額に手を当てた。
「……時間の問題だとは思ってたけど、やっぱり貴方にも接触してきたのね」
「白銀さん、やっぱり何か知ってるの?」
「知ってるも何も、今まさにそいつらに頭を悩ませているところなの」
たまきの質問に、白銀はこれまたため息交じりに呟く。
「
「ある程度なら。まずそいつらが組織で動いている事とか。でもそこで詰まってるの」
「ねぇねえ、ちょっといいかな?」そこへたまきが手を挙げて、再び尋ねてくる。「確かダンジョンの戦利品とか鑑定って、資格とかいるんだよね? 仮に資格を持ってたとしても、鑑定屋さんじゃないとできなかったと思うんだけど」
たまきが聞きたいのは、資格がない、あるいは鑑定屋じゃないのに買い取りなどをするのは法律に反するのでは、という事だろう。
「ええその通り。基本的に戦利品の鑑定や買い取りは、専門の鑑定屋に持ち込まないといけないよう定められているの」
「だったらその人たちは、どうやって買い取りとかできるの?」
実のところ、俺もそこで引っかかっていた。戦利品鑑定に資格が必要だったりするのは、利益配分を考えた上での必要な処置だ。冒険者に求められているのは、ダンジョンに潜り、戦利品を手に入れて世界経済を復興させる点にある。その際個人での取引となると、当然ながら一部の人間に富が集中してしまう。
共産主義とまでは行かないが、第二次世界恐慌による傷が癒えない昨今では富の一極化は避けるべきだというのが各国の方針である。
たまきの質問に対して、白銀は顎に指を置く。それからうんうん唸り、しばらくして二度うなずいた。
「……実は鑑定局員に内通者がいるの」
「だから奴らは、我が物顔で歩いているんだな」
それで合点がいった。国家資格を持ち、かつほかならぬ大本の権限が使えるなら、こういったビジネスも可能である。ただし、当たり前だが違法だ。
「問題は、一体誰が内通者なのか分からないの。私たちもいるって所までは突き止められたけれど」
「該当する人物の目処が立ってないってか」
「そう。全局員の裏取りもやったけれど、もれなく全員シロ。仕組まれたような完璧すぎるアリバイすらないの」
つまるところ、誰かしら疑いをかけられるような部分もあるってか。
「鑑定局は奴らに対して、どういう方針で動くつもりなんだ?」
「今のところ、貴方たちの会った男と接触経験がある冒険者に話を聞くしかないの。それで『
「その瓜田なら俺たちも会ったぞ」
「ホントに?」
「ああ。名刺も貰ってる」
「見せてもらってもいいかしら」
「ああもちろん。ちょっと待ってろ」
俺は一旦席を立ち、自室に戻って瓜田の名刺を取ると、すぐにダイニングルームに戻った。
「ほら、これだ」
「ありがとう」
白銀は名刺を受け取ると、それを目の前にかざした。
「……なるほどね。会社名と連絡先は分かったわ」
「知ってる会社か?」
「いいえ。それに恐らくこれは……ダミー会社ね」
「ダミーって、つまり嘘の会社ってこと!?」
かなり驚いたようで、たまきは声を張り上げた。
「正確には機能してない会社ね。存在はするけれど、何一つ事業活動を行っていないといったふうに」
「それって違法だよね? 警察は何もできないの?」
「証拠がないから立件できないのよ」
「なら瓜田って人を逮捕すれば……」
普通ならそう思うだろうが、この件はたまきが思っている以上に規模が大きい。
「無理だな。それに、この瓜田は所詮ザコだろう」
「ザコって……」
「この件には鑑定局も絡んでる。そんな大規模な犯罪に、黒幕が涙ぐましく営業なんかすると思うか?」
「仮に逮捕したところで、何もしゃべらないでしょうし、証拠不十分ですぐ釈放されるだけでしょうね」
「そんな……」
白銀は立場上、そういった点をよく理解しているらしい。一方のたまきだが、この兼は少々難しすぎるようだ。あの瓜田がたまきじゃなくて、俺のところに話を持ち掛けて来てくれてよかった。それにたまきも顔出しをしない配信スタイルであったから、無事に済んでいるし。
「であれば、ひっ捕らえて身体に聞くというのはどうでしょうか」
「クシナ、分かっているだろうがそれは法律違反だ」
「む……」
不服そうに頬をふくらますクシナ。君やっぱ性格変わって来てるよね絶対。
「いずれにしても、この件は我々鑑定局で対処するわ。それに、貴方たちを巻き込みたくはないし」
柄にもなくしおらしくなる白銀。さっきまでの爆睡振りといい、この一件で相当無理をしているのだろう。
たまきもクシナも、普段とは違う白銀を見て不安そうな表情を浮かべた。
「いや、とっくにもう乗りかかってる」
当然、それをだまって見ているつもりもない。なんだかんだ言って、白銀も恋人の一人なんだし。恋人を名乗る以上、相手の面倒は引き受けてやるべきだ。
「由倫くん……」
「……気持ちはありがたいけれど、貴方に何のメリットもないわよ」
「いいや、二つある。一つは……鑑定局に貸しを作れるだろ?」
今後の為に、鑑定局に貸しを作っておくのは悪くないだろう。何か面倒が起きれば、向こうさんの力を借りられるんだからな。
「確かにそうね……」
「まあそれは副次的なもんだ」
「なら、本当の目的は……?」
「決まってるだろ。元気な白銀でいてほしいからだ」
「なっ……!」
俺の言葉に、白銀は顔を真っ赤に火照らせてしまった。こんな姿を見るのは初めてだったが、俺はそれ以上に切実な思いで告げたつもりだ。
思えばここ最近、白銀は顔に疲れを浮かばせていた。お互い付き合って日も浅いというのもあるし、本当の性格についてはよく知らない。実はこの顔つきこそが本当の姿という可能性もあるが。しかしあの夜を共にした時、白銀はこれ以上ないくらいに幸せそうな表情をしていたのを覚えている。
それに、一昨日の白銀はどこか八つ当たりのような感じでもあったからな。こっちが痛いって言っても止めなかったし。らしくないと言えば、本当にらしくなかった。
「正直、白銀にはやつれた顔は似合わねぇよ」
「うん。わたしも、白銀さんは余裕ある大人っぽい雰囲気が似合うし」
「時折腹立たしく思いますが、それが白銀様の良い所かと存じ上げます」
「貴方たち……」頬を染めながら、白銀は口をあんぐり開けたまま固まる。それから深く息を吐いて、微笑む。「……分かったわ。なら今回は、貴方たちに甘えようかしら」
「任せろ」
俺だけでなく、クシナもたまきもやる気満々と言ったふうに頷いた。
「けれどその前に、まずどうするつもりなのか教えてほしいのだけれど」
肝心なのはそこだろう。幸い、俺はこのために計画を練っていた。
「まず、俺は奴らの誘いに乗ろうと思う」
「あーやっぱり……!」
たまきが頭を抱えた。やっぱりという事は、恐らくたまきも予感はしていたのだろう。
「少なくとも、向こうは俺と白銀の関係を知らないみたいだからな。もし知ってたら、絶対声をかけて来なかっただろう」
違法なビジネスである以上、向こうも危ない橋を渡るはずがない。下手をすればビジネスに賛同していない局員にバレてしまうからな。
「つまり、潜入するって訳ね」
「その通り」
先ほどは笑顔を見せた白銀も、また難しい顔を浮かべていた。リスクが高いのは百も承知だ。だからと言って高みの見物をして、解決できるような問題ではない。
「……駄目って言ってもやるのでしょう?」
「ああ」
それから悩む白銀だったが、最終的に首を縦に振ってくれた。
今後の方針が決まったところで、俺たちは細かい調整を話しながら、冷めかけた朝食に手を付け始めた。話し込んでしまったせいで、食事が終わる頃には遅刻ギリギリの時間となっていたが。
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