第41話 転売屋現る

「……えー、本日はお招きいただきありがとうございました、琴音さん」


「私からも、本日は大変お疲れさまでした」


「ありがとーキーファンさん、クシナさん! それじゃあ今日はもうお休みするね! お友達のみんな、ありがとねー! ばいにゃー!」


 各々挨拶を告げて、俺たちは配信を終えた。


 今日は予定通り、たまきとクシナのランクアップを手伝うためにダンジョンへ来ていた。勿論高難易度ではなく、二人でもこなせるくらいの場所を選んでいる。


 訪れたのは既にほかの冒険者によって、ボス諸共倒され、完全に踏破されたような場所だ。先人たちが得た情報を、くまなく頭に叩き込んだ甲斐もある。


 今日の場合、俺はあくまでとして来ている。なのでメインはたまきとクシナだし、配信枠もたまき――もとい『玉響琴音』のものだ。それでもアクティブ数は最大で十数万と、たまきの中で最も伸びた配信となったそうだ。


「んーっ。今日はけっこー頑張ったぞー、わたし!」


 たまきは背伸びをしながら、自分をほめたたえる。


「はい。本日はたまき様が最もご活躍していたと思います」


「俺もほとんど何もしなかったし」


 クシナはそもそも後衛と補助が得意なタイプだし、俺は二人の為にも斥候や荷物持ちに徹していたからな。


「由倫くんどうかな? わたしランクアップできそう?」


「動きは問題ないだろうな。立ち回りもだいぶ洗練されてきているし」


 初めてパーティーを組んだ時のたまきは、敵が出てきたらとりあえずその場にたって射撃だったもんな。しかし冒険者の殆どは近接攻撃を使うし、ただその場で立っていては射線上に仲間が入ってしまう場合もある。冒険者が銃をあまり使わない理由には、誤射の危険性もある。それでもめ――られる程度の傷で済んだら幸運だろう。


 しかし今日の場合は違う。どこに立てばよく射線を通せるか、より優位な立ち位置につけるかをしっかり考えて動けていた。


「えへへ……。なんだか由倫くんがどう動くか見てたら、自然とどう動いたらいいのか考えるようになって……」


「それは良い兆候だな。特に後衛は、これでも需要あるし」


 誤射や弾丸の費用はともかくだが、実のところ遠距離攻撃型はかなり需要がある。近接戦闘はどうあっても身を危険にさらさないといけないし、運動神経に左右される。その点、遠距離武器は道具の扱い方さえ学べばすぐに活躍できるし、何より安全な位置から攻撃できるというのは大きなマージンだ。


 ほとんどの冒険者だって、皆安全にダンジョンを攻略したいものだ。そういう考えはいつの時代だって変わらない。俺だって財布が許すなら、遠距離系の武器に変えたいところだ。


「でもわたし、由倫くんとしかパーティー組まないからね?」


「私もです、由倫様」


「いやまあ……それは……」


 その点は俺も何とも言えない。何せ自分ですら、パーティーを組んでいい思いをしたという経験が皆無だったからだ。サイガー然り。その点、クシナとたまきは気兼ねなく接せる。報酬でもめないし、それぞれの役割だってちゃんと噛み合ってる。こんな経験をすれば、とても他のヤツとパーティーを組むなんて考えられないな。


「由倫くんも、他の人とパーティー組んで痛い思いしたって言ってたし」


「まあな」


「私も、この力を由倫様とたまきさん達以外に使いたくありませんから」


 ふんす、と自信満々に鼻息を漏らすクシナ。君なんか性格変わって来てるような。


「まあとにかく、そろそろ地上に戻ろうぜ。だいぶ時間食っちまったし」


 慎重に立ち回るのは重要だが、その分時間はかかるようになってしまった。ただ時間をかけるのは決して悪い事ではないし、タイムアタックくんだりは慣れてからやるのが鉄則だ。


「そうだね。あんまり遅いとお愉しみが減っちゃうし」


「本日は白銀様もいらっしゃらないようですし」


「あーはいはい、家まで我慢してくださいねー」


 お盛んな二人の為にも、俺たちは足早に地上へと向かう。


 今日攻略したダンジョンは、殆ど一本道のような場所だった。こういうタイプは戻る時にすぐ戻れるから助かる。入り組んだダンジョンだとせっかく攻略したのに、帰りで迷うケースも多い。それで犠牲になる冒険者もかなりいるほどだ。まあそういうのは万全に用意してないからなるわけで。


 地上へと戻ると、辺りは既に暗くなっていた。ダンジョンは家から離れた郊外地にあり、この後は電車を使って戻らないといけない。残念ながら、今日の成果では交通費を賄えそうにないが。


「やーっと地上に出れたぁ」


 たまきは胸いっぱいに息を吸う。たわわな胸も空気を吸って大きくなっていく気がした。


「もう夜になってしまいましたね」


「ああ。早く帰ろうぜ」


 夕飯も買って帰らないといけないし、夜の愉しみまではまだまだかかりそうだ。


「あのォ、キーファンさんでいらっしゃいますかぁ?」


 と考えていると、ふと背後から男の声が聞こえた。振り返ると、糸目の男が掌をこすり合わせて立っていた。


「……ああ、そうだが」


「ああすんませんいきなり声かけてェ」


 甲高い声に似非っぽい関西弁と、いかにも怪しいって言ってるような男だな。


「何の用だ? 忙しんだこっちは」


「いやァホントにすんませんねェ。実はキーファンさんにごっつ美味い話を持ってきたんですわァ」


「悪いが、名前も知らない相手からの誘いは受けないようにしてる」


「おっと、こりゃ失礼」男は高級そうなスーツのポケットから、名刺を取り出す。「ウチは瓜田うりたっちゅーもんですわ」


 名刺には瓜田の本名と、聞いたことがない会社名が表示されていた。


「俺に何の用だ」


「実はウチら、ある商売をしてまんねん。その前に……キーファンさん。あんたァ、鑑定局にぼったくられとる事にどう思ってますゥ?」


 ぼったくられる、というのには覚えがあった。以前通っていた鑑定局がまさにそうだ。そこの受付担当に、神剣アメノムラクモをぶんられそうになったからな。


「それとアンタらの商売に何か関係あるのか」


 だからと言って、過去を怪しい人間に教えてやる義理はない。


「実はウチらも鑑定屋みたいな仕事をしてますねん。せやけどここからが、ウチらと鑑定局の違いなんですわ」


「ほう?」


 とりあえず話くらいは聞いておくか。答えは決まってるが。


「何と、ウチらと取引すれば、買い取り時の手数料がかからないんですわ。それに、売り上げ金もいくらか報酬として支払わせてもらいますねん。どや、ええ話や思いません?」


 つまりこの男と取引すれば、鑑定時の手数料がかからない上、売上金の数割も懐に入るってか。しかしこの話には、おかしな点がある。


 。それもまるで、収入がプラスになると確約されているみたいに。


 本来ダンジョン攻略時の収入は、現物を持ち帰るか鑑定時の手数料を差し引いた買い取り金額のみとなっている。それが我々冒険者における飯のタネであり、生命線だ。そこに売上金の数割が入るというのは、ちゃんちゃらおかしな話である。


「具体的には?」


 ただしそれをすっぱ抜いたところで、この男から話は聞けなくなるだろう。直感だが、この問題は無視してはいけない気がする。


「例えば……ある遺物品をキーファンさんが拾ったとしますゥ。それを正直に鑑定局へ持ち込めば、まあ相場での取引となりますよなぁ。ま、そこに手数料でいくらか引かれますんで、実際はマイナスみたいな感じになりますやろ」


 いや、そのりくつはおかしい。そもそもダンジョンで戦利品を拾えば、その時点でプラスなのだ。冒険者内でも規則で定められているが、ダンジョン内で拾ったものは原則拾ったものが好きに取り扱っていいとなっている。ただし所有権が発生しないだけで。


 もしマイナスが、経費を入れた収支を指しているならば話は別だが……。


「で、アンタらのところに持ち込めば……」


「せや。手数料はかからへんし、しかも売れた時のボーナスも加算されるんで、収入はプラスになる。ええ話や思いません?」


 もしこれが一か月前――俺が有名になる以前なら二つ返事で断っただろう。こんな怪しすぎる話、受けるはずがない。


 そこへクシナとたまきが耳打ちしてくる。


「由倫様、あの者怪しすぎます」


「うん。絶対断った方がいいよ」


 二人も同じ意見のようだ。では断るべきか。


 いろいろな世界を見渡せば、大抵の物事にはある程度のつながりがあると分かるようになる。まずこの男は俺が有名な冒険者かつ配信者『キーファン』だと知って接してきていた。もしこいつが適当な冒険者全員に声をかけているとしたら、小さい規模で商売をしているのだと分かる。


 しかし有名人が必要になるという段階は、あるていどビジネスを大きくしたいと考えているからだろう。つまりこいつは、俺を広告塔にしようと考えているはずだ。以前住んでいた町で、あのクソ教師の親父がそうねだったように。


 金に関する話には鉄則がある。一つは、美味い話は向こうからやってこないという現実。もう一つは、ギャンブルは必ず胴元が勝つように仕組まれているという事実。この手の話を持ち掛けてくるやつは、単純に自分の儲けしか考えていない。


 問題は、俺が断っても別の冒険者へ毒牙がかかるという点だ。


 例えば――もし瓜田が、Vtuber玉響琴音の正体を知ったとしよう。すると今度は必ず、この話がたまきのところへ行く。それは絶対に避けるべきだ。


 俺は二人から顔を離して、男の方へ向き直す。


「……その話、少し考えさせてくれないか」


 俺の返事に、やはりたまきとクシナは驚いて声を漏らしていた。一方で瓜田は二度うなずく。


「もちろん、難しい話なのは承知ですからねェ。せやけど、ええ返事を期待しておりまっせ」


「ああ」


「もし受けるつもりやったら、名刺にある番号に電話してもろうてくださいな」


「いいだろう」


「ではウチはこれにて。お時間取らせてすんませんしたねェ」


 瓜田はにやにや笑いながら会釈をして、踵を返した。奴がいなくなったところで、クシナとたまきが詰め寄って来る。


「ちょっと由倫くん、あの話受けるつもりなの!?」


「由倫様、大変恐縮なのですが、あの男の話は……」


「もし俺が断っても、奴は他の冒険者に声をかけるだろ? それがもしたまきなら……」


「あ……」


 覚えがあるようで、たまきは我に返るように口を開けた。


「それに、俺はあの話に乗るんじゃなくて、奴のビジネスを潰そうって考えてるんだよ」


「潰す!? でもどうやって……」


「白銀ならこの件について知ってるかもな」


 奴のビジネスを潰す……なんて考えが付いたのも、白銀の存在が大きい。少なくともこれまで向こうの依頼を聞いて来たのだから、多少は融通してくれるはず。


 ひとまずは白銀に話を聞いてから、計画を練る事にした。しかし肝心の白銀が不在なので、話は後日聞くしかない。その間俺たちは待つしかなかった。

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