転売屋編
第39話 転校してから
都心部に引っ越してからというものの、せわしない日々を過ごしていた。
配信者として有名になった俺は、転校初日からクラスメイト達からの熱烈な歓迎――もちろんいい意味で――を受けたのだった。それだけではなく、学校中を巻き込んだ騒ぎになった。俺がただ単にSランク冒険者だからとか、有名人だからなんて理由ではないだろう。
たとえ世界で唯一のSランク冒険者だとしても、一月前までは名前を知る者がほとんどいない程だったし。かといって配信者としても、俺よりファンが多い配信者は多い。
まあつまるところ、殆どは騒ぎたいだけの連中だったって事だろう。
とはいえクラスメイトに関しては、しばらく経った今でもこちらを持てはやしてくる。転校から数日たった今も、皆俺をさん付けで呼んでくるからだ。以前の学校では普通に「松谷丹」か「松谷丹君」だったのに。それが何だか新鮮でたまらなかった。
それに、彼らも決して悪いクラスメイトではない。全員が俺の正体を知っていながら、所属する学校などの個人情報をネットに流していないからだ。
聞けば俺が転校すると知ってすぐ、クラスメイト達は『沈黙の誓い』なるものを立てていたという。勿論内容は、俺やその周りの情報を誰にも教えないというものだ。
有名になれば厄介なファンも多いと聞いていたが、彼らを見ればそれは杞憂であった。お陰で引っ越ししてからこちら、パパラッチの類は来ていない。まあ引っ越ししたという情報は既に出回っているみたいだが。
そんなこんなで、新しい環境にも段々慣れてきていた。やはり都心に人が集まるというだけあって、何もかもが便利だ。自宅付近には三つもコンビニがあるし、品ぞろえも豊富。おまけに交通の便もいい。過去はどこも満員ばかりだったという公共交通機関も、第二次世界恐慌による各運賃の急騰によって、殆どの人が使わなくなったという。おかげで別の場所へ出かけようとする時も、不自由せずに済む。その分交通費で数万は吹き飛ぶが。
「……由倫様、いかがなさいましたか」
ふと、隣にいたクシナが顔を見せてくる。忘れちゃいけないが、クシナも先の騒動の後しっかりと入学許可が下りた。ただし過去の経歴が不明という点もあり、クシナは高校一年からのスタートとなった。
同じクラスじゃない事には不満もあったらしいが、今はあまり気にしていないらしい。
クシナを一人だけにするのは心許ないので、昼食は一緒に食べようと兼木が提案してくれたのだ。ただしまだこの学校に馴れていないので、場所はその日によって変わる。今日は日陰のテラス席を見繕えたので、そこで座って四人で一緒にランチをしている。
「ん?」
「由倫くん、さっきからぼーっとしててどうしたの?」
口元をほころばせながら、首をかしげる兼木。
兼木も一応有名配信者のはずだが、なぜかこっちは普通と変わらない歓迎の仕方をされていた。
理由としてはやはり、Vtuberという配信スタイルにあるだろう。
俺やクシナと違い、兼木は徹底して顔を隠している。それでも声でバレそうだとは思ったのだが、今のところ誰も兼木が『玉響琴音』だと気づいている者はいないようだ。
「まあ、ちょっと考え事をしててな」
「考え事?」
「それより、何の話してたんだっけか?」
俺たちは昼飯を取りながら、ある話題について話し合っていた。何についてかと言われると……昨晩の疲労と気候の良さのせいか、頭が回っておらず完全に忘れてしまった。
「だから、わたしとクシナちゃんのランクアップについてだよ」
「ああ、そうだったな」
言われて思い出した。兼木曰く「由倫くんがSランクになったのに、わたしはまだDランクで、クシナちゃんがGランクなのは嫌だなあ」との事。それでどうやってランクを上げるのか、と話し合っていたんだった。
「で、どうやって冒険者ランクを上げるのかを白銀さんに教えてほしくて……」
兼木は横目で、俺の対面に座っていた白銀真乃を見る。
この転校騒動で最も驚いたのが、白銀も転校してきた事だろう。高校生だったとは聞いていたが、まさか転校までしてくるとは……。
そんな俺を余所に、白銀は自前で入れた紅茶を啜る。
「そうね。実のところ冒険者ランクに関しては、まだ暫定的な指針しか示されていないのよ」
「って言うと?」
「大雑把に言えば、ダンジョン攻略の際の貢献度だとか、あるいは踏破数だとか。特に大きく反映されるのは、由倫みたいにソロで攻略するパターンね」
「様を付けてください」
「ランクを決めるのは省の役割だから、鑑定局員の私からはそれぐらいしか」
白銀はクシナを無視して、言葉を続けた。
「つまり由倫くんみたいに、ソロで挑めばすぐにランクアップできるってこと?」
「恐らくは。ただ貴女も知ってると思うけど、Aランクへ到達するのにソロ攻略は絶対条件……みたいなのはないわ。第一ダンジョン攻略に関しては、どの難易度でも複数人での攻略が前提だから」
「確かに。そう思うと由倫くんって……」
兼木の言葉を皮切りに、全員がこちらを見つめる。
「……いいだろ別に。報酬でもめたくないし、それに他人とかかわるのはあまり好きじゃないんだ」
「じゃなくて、やっぱりすごいなって」
「はい。由倫様のお傍に居られるなんて、この上ない喜びです」
「やめろ。クラスメイトに見られたらまたあれこれ言われる」
俺は気恥ずかしさを隠すように、自販機で買ったコーヒー缶をすする。
「ところで、何故貴女は冒険者ランクを上げたいのかしら?」
白銀が指摘した通り、肝心なのはその理由だ。
俺が知る限り、冒険者ランク自体は上げたくて上げるものではなくて、勝手に上がるものだと考えている。これは俺だけにとどまらず、どの冒険者にも言える話だ。
他の冒険者も、適当にダンジョン攻略していたらランクアップの通達が行われていたというパターンが多い。実際、俺もそのクチでAランクまで到達したほどだ。強いて挙げるなら、一人暮らしに不便が無いよう、とにかくがむしゃらにダンジョンを攻略していったというくらいか。
「だって……由倫くんがSランク冒険者なのに、わたしはDで、クシナちゃんはまだGなんだよ? これでも高難易度ダンジョンを二つ攻略してるのに……」
「それは貴女たちの貢献度が、由倫と比べて著しく低いからね。先のダンジョンでも由倫の貢献度が高いもの」
先のダンジョンというと、斉賀との配信勝負と京都の高難易度ダンジョンか。
「それは分かってるけど……でもなんか由倫くんに申し訳がないというか」
「私もたまき様と同じく。これでは由倫様に面目が立たないのです」
「別に俺は気にしてないんだが……」
さっきも言った通り、冒険者ランク自体に深い意味合いはない。あくまで冒険者としての腕前を示すものでしかなく、ランクに満たないからこのダンジョンには挑めないとか、あるいは利用できないサービスがあるといった制約もない。
白銀が教えてくれた通り、明確が指針がないというのはその証拠でもある。もし何らかの制約を設けるなら、当然ものさしも明確にしないといけない。それが今日までおざなりにされているのは、冒険者省にとってもまだ不明慮な点が多いからだろう。何せ世界中の地下にダンジョンが出来ていた事、それが発見されてからまだ数年しか経っていない。
「わたしはやっぱり気にするよ。斉賀くんの件もあるし」
「あいつの事はどうでもいいだろ。あの手の人間はどうやったって他人を見下してくるんだから」
斉賀に関しては、兼木の正体も知っていたみたいだし。
「しかし、これ以上由倫様にご無理をなさられては」
「別にいいって。俺自身も食い扶持の為にやってるようなもんだし」
高難易度ダンジョンを攻略したはいいが、それで収入が増えた訳ではない。邸宅を買っちまった上、諸々の費用で既に数億程度は消し飛んでいる。このままでは一年でセレブの世界から足を洗うハメになるな。
なんて気をもんでいると、白銀がにやにやと笑っていた。
「何だよ白銀……」
「いえ。私も同じくらい構ってくれればいいのにって」
「よく言うぜ。今日疲れてんのは、殆どお前のせいなんだからな」
仔細は省くが、昨晩は白銀が何度もねだってきたのだった。ストレスがたまってたのかは知らないが、おかげでこっちは尽き果てるまで付き合わなければならなかった。
「今日は外泊になるから、その分……ね?」
「あれ、白銀さん今日忙しいの?」
ふくれっ面になりかけた兼木が、頬の力を抜いて尋ねる。
「ええ。ある案件を片付けないと行けなくて」
「そうなんだ。良かったら今日のダンジョン攻略来てほしかったんだけど」
もう一つ意外だったのは、白銀も冒険者だったという情報だ。冒険者ランクについてもBだそうだ。
「ごめんなさいね。また今度ご一緒させてもらえるかしら」
白銀は兼木と俺を交互に見やる。質問は兼木だけでなく、俺にも振っているのだろう。
「参加に関してなら特に制約はない。来たい時に来るといい」
「うん。白銀さん忙しいみたいだし」
「それじゃあ私はそろそろ時間だから、これで失礼するわね」
白銀は妙にせわしない様子で席を立ち、腕時計をちらりと見る。
「え、まさかこれからお仕事!?」
兼木も驚いた様子で、口に手のひらを当てた。
「その案件というのが、今鑑定局で最優先とされているの。学校側にはあらかじめ話をしてあるから大丈夫」
「そうか。まあ無理はするなよ」
何せストレス発散の為に、何度も要求されるのは辛いからな。
「……ふふ、ありがと」
すると白銀は微笑み、こちらに近づくやいなや唇を合わせてきた。どうやらこの女、俺の言葉を間違った方に解釈したらしい。
「それじゃあ、またね」
白銀は飄々とした様子で、何事もなく立ち去っていく。俺はしばらくその後姿を見ていた。出来る事なら、兼木達の方へ振り返りたくないという意味もあったが。
「由倫様」
「由倫くん」
しかし二人は、冷ややかな声で俺を呼ぶ。寒気に負けて、つい振り返ると、やはり二人とも冷笑を浮かべていた。
「昼休みはまだ時間あるよね?」
「昨晩は白銀様に譲りましたが、もう我慢なりません」
「頼む。学校ではまずい」
「わたしは大丈夫だよ。それに……みんなにもちゃあんと伝えとかないと」
「右に同じです」
「……今夜まで待ってくれ」
顔を伏せる中、兼木の喜びとクシナの感慨深いため息が聞こえて来た。今日は一体、何回出すハメになるんだろうか。考えるだけでも疲れてきた。
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