第37話 遠征ダンジョン攻略 デブリーフィング
ダンジョンから抜けると、早速白銀真乃と調査団らしき一団が見えた。白銀は調査団へ声をかけると、彼らは駆け足でダンジョンへ潜っていく。
「お疲れ様。見事だったわ」
「そりゃどうも。アンタの想定通り、石油があったぞ」
「ええ。採掘ができるのも、貴方のお陰ね」
「で、例の物は用意できているのか?」
「もちろん」白銀は黒い鞄から、書類を取り出す。許可証ではなく願書だったが。「ここにクシナさんの名前と入学したい学校名を入れれば完成よ」
「許可書が欲しいと言ったんだが」
「入る高校が決まり次第じゃないと、書類も作れないの。ごめんなさいね」
そうだな。一応そこも争点だった。
「待ってくれ。三人で話し合いをしたい」
「ええ、どうぞ」
白銀が頷き、俺はクシナとたまきの方へ振り替える。
「で、クシナ。学校へは行きたいんだよな?」
「……はい。僭越ながら」
「別に謙遜しなくていい。それでどの学校にするかなんだが……」
俺はたまきの方へ顔を向ける。
「実はね、わたしと由倫くんが通ってる学校に、嫌な教師がいて」
「嫌な教師とは?」
「うーんと、例えばかわいい女の子を、まるで自分の彼女みたいに扱ったりとか。それに性格も最悪だし」
「私には由倫様が居りますので、その点は問題なく」
「いや、そうじゃなくてだな……」
とにかくこの問題には、実際に当人と会ってみない事には分からないだろう。
「もしや、その不逞な輩に由倫様が……」
「まあそれもあるんだけどね」
たまきの言葉もあながち間違いではない。
「何と不敬な。由倫様のようなお方を愚弄するなど……許せない」
いつになく怒りをあらわにするクシナ。そんなに怒るような事ではないと思うんだがな。正直あいつのことはどうでもいいし。
ふと、土手の方から二つ人影がやってくる。一人は……何と件の教師だった。もう一人はスーツ姿の老人だが、顔つきが教師と似ている。恐らく、教育委員長の父親とやらだろう。
「松谷丹由倫君は居りますか!」
よく見ると教師は、父親に首根っこを掴まれたままでいた。教師の方は眉をㇵの字にして、不服そうにしている。
「俺ですが」
特に隠す用もないので、名乗り出る。すると教師の父親は、勢いよくその場で土下座をする。
「この度は息子が大変失礼をかけました! 息子に代わって、心より謝罪いたします!」
「な、親父っ……!」
父親とは対照的に、教師はたじろぐ。
「まさかあなたがかのSランク冒険者だと知らず、とんだ厚かましい真似をしてしまったとは」
「別に気にしてないですからいいんですけどね」
教師の父親はそのまま顔を上げる。額に石ころの跡が出来ていた。
「息子から聞くに、転校をお考えだと」
「ええ。引っ越しをしようかとこっちで話していたんで」
「そのお話、待ってはくれないでしょうか?」
「は? 何故」
「実は我が市も人不足に悩まされておりまして……。しかし由倫様が居られると知れば、貴方様のご威光をと多くの人が移住を行ってくれるのではと考えまして。そこで由倫様には、是非我が市の特別広報員となってもらいたいのです」
「そですか」
「勿論! 報酬も充分用意します! 広大な庭とプールのついた豪邸に、厳選されたドライバーの乗るハイヤー。家具はもちろん、身の回りの品も全て我々が負担します! さらに、当県のあらゆる施設で使える特別チケットも用意しており、これを使えばあらゆるサービスを我々負担の元――」
へーそうですか、などと適当な相槌を打っていると、突然教師とその父親に無数の黒い手がへばりつく。
「ぐぁぁぁぁっ! 何故ェ……!」
「がぁっ! 苦し……」
一体どうしたのかと辺りを見回すと、どうやらクシナの仕業だったようだ。よく見るとクシナはいつになく、眉間にしわを寄せている。
「先ほどからいけしゃあしゃあと、よく喋る口で」
「は、離して……」
「先ほどお伺いしましたが、由倫様に無礼を働いたと」
「む、息子が……」
「クソ親父……父親なら……息子を庇えっ!」
「左様で御座いますか」
クシナは一層険しい表情を浮かべる。教師の父親からは手がひっこめられたものの、逆にその分教師へさらに無数の手がへばりつく。
「がぁっ……」
「貴方ですか。由倫様に不貞を働いた不届き者は」
「は、離せっ……」
「一体どのような身分で、由倫様というお方を愚弄した?」
「そ、そいつが――」俺への呼び方に不満があったのだろう。クシナは無数の手を奴の首元へ回す。「ぉぉぉ……」
「不愉快極まりない。有象無象如きが」
「お、おやめください! このままでは息子が――」
「五月蠅い」
クシナは父親の方へ手をかざすと、彼は口がきけなくなったようにもごもごとのたうち回る。
「さあ頭を垂れて、許しを請え。今すぐ」
「く、くそが……」
さらに手は、教師の首を絞めつける。これ以上は本当に死んでしまうだろ。
「クシナ。その辺でいい」
俺はクシナの肩を掴む。
「ですがこやつは……」
「だからって人殺しにならなくていい」
クシナはぼうっと俺を見あげたのち、掲げていた手を降ろす。教師はその場に倒れ込み、激しく咳きこんだ。
「後は俺に任せろ」
「仰せのままに」
クシナは深くお辞儀をして、一歩下がる。俺は教師の元へ寄り、その場でしゃがむ。
「正直アンタの事もどうでもいいんだけどな。放っておくと俺のツレがただじゃすまなさそうなんで」
「……ふざけるな、お前みたいな根暗野郎如きに」
その言葉にクシナが憤怒の形相を浮かべたが、俺が手で制止すると引き下がってくれた。
「せめて自分の罪くらい認めたらどうだ? 特に、アンタが迷惑をかけてる女子たちにはさ」
「……誰に向かって口聞いてんだこの野郎……」
つい、深いため息が出てしまう。せめて罪を認めるだけでも良かったんだけどな。
俺は立ち上がり、今度は教師の父親の元へ向かった。
「……な、何か……」
「さっきの話だけど、断らせてもらうぜ」
「そんな……! 息子の件なら何でもしますから、どうかご容赦をっ!」
「嫌だね。あんなヤツのいる学校になんか通いたくないし、それにアンタの話、どうせ俺をマスコットみたいに持ち上げて、用がなくなったら棄てるんだろ」
「ま、まさかっ! 松谷丹様は世界でも初めてのSランク冒険者、そのような方をないがしろにするなど――」
「どっちでもいい。いずれにしろ、俺たちは引っ越すから」
「そんな……」
「恨むなら、アンタんとこのドラ息子を恨むんだな」
「ま、待ってください! どうかせめて――」
それ以上聞いても無駄だろう。俺はたまきとクシナの元へ戻る。
「……大丈夫?」
「ああ」
「由倫様、あのような輩には容赦など……」
「相手するまでもないだろ」
振り返ると、教師と父親はいがみ合っている様子だった。その様は実に滑稽だった。
「お前が謝らないからだ!」
「うるせぇよ! あんな奴に頭なんか下げられるか!」
「きっさま……親に向かってその口の利き方は何だ!」
「うるせぇクソ親父!」
「なんだとぉ……」
それから勝手に殴り合いを始めたようだが、気にする者はいなかった。
「で、引っ越しの件なんだけど……」
たまきも気になってないように、話題を換える。
「ああ。引っ越し自体は確定だな」
「それじゃあ家は……」
そこへクシナが手を挙げる。
「クシナは確か、あの家がいいんだろ?」
確か以前、彼女が見つけた家があった。古風で、とてもリフォームしないと住めないような場所が。
「いえ、あの家なのですが……すまほをお借りしてもよろしいですか?」
ああ、と俺はスマホを出す。配信は既に終わっているので、心配はない。クシナの為に、以前見せた不動産のサイトを開き、彼女がさした物件を見つけ――。
「無くなってんな」
「はい」
「うそ、あの家買う人いたんだ」
驚くたまき。無理もない。とてもすぐには澄めそうな家じゃなかったからな。
「実は数日前、たまたまてれびを見ていたら、この家を買ったという家族がおりまして」
家にいるクシナは、いつもテレビを見て過ごしているそうだ。時折妙な知識を持ってくるのもそのせいだろう。
「そうなんだ……残念だね」
「いえ。ですがその分由倫様の望む通りに出来るので、私としても嬉しいです」
「そう言われてもな……」何だが無理をさせているような気もする。ふとそこでいい案を思いついた。「そうだ。なら一部屋をクシナの好きなようにリフォームするか」
「あ、いいねそれ!」
「お気遣いは有り難いのですが……お金は……」
「いいさ。クシナには以前助けてもらってるし。そのお礼ってのも悪くないだろ!」
「うん! いいよね、クシナちゃん……」
クシナは頬を赤くして、うつむいてしまう。やがて小さく頷いた。
「なら、住む家も決まりって事でいいか?」
俺は二人へと顔を向ける。全員、異存なしといった感じでうなずいた。
同意を得た俺は、わざわざ待ってくれていた白銀の元に戻る。
「悪いな、待たせちまって」
「いいわ。馬鹿親子の喧嘩で愉しませてもらったから」
かくいう馬鹿親子は、尚も喧嘩が継続中。どちらも川辺でボロボロになりながら、互いに溺死させようとしていた。
「それより、場所は決まった」
俺はスマホにあった物件情報を、白銀に見せる。
「学校はどこにするか決まった?」
「この家から一番近いところだ」
俺はスマホを使って、学校のページを出す。たまきもあらかじめ承諾は受けているので大丈夫だ。選んだ学校の紹介ページを、白銀へ見せる。
「ここでいいのね?」
「ああ」
俺たちが選んだ学校は、それなりによさげな場所だった。偏差値がやや高めなのがネックだが、校風や学校行事に魅力を感じたためでもある。
「なら上に報告しておくけれど、その前に……」
歯切れが悪く、白銀は言葉を止める。
「どうした」
「……今日一日、付き合ってもらえないかしら」
「何故?」
「手続きに貴方の署名がいるからよ」
「あ、ああそうだな」
白銀には、それ以上の思惑を感じた。しかし手続きを行う為にも、俺も参加しないといけないのは間違いない。
「じゃあわたしも、いいですよね?」
「無論、この私めもお付き合いします」
たまきとクシナも来るつもりのようだが、それを白銀が否定するように首を横に振る。
「手続きには時間がかかるし、その間は非常に退屈よ? それならこの辺りを敢行してた方がいいわよ」
「ですが……」
「では、これを受け取って」
白銀は鞄から封筒を取り出すと、中に入っていた札をいくつかたまきとクシナに渡した。
「これは……?」
見て分かる通り金札だが、たまきが欲しい答えは違う。なぜ金をくれたのか、そう聞きたいのだろう。
「私個人からのボーナスよ。と言っても少なめなのはごめんなさい。今はそれしか手持ちがないの」
「でもこんなの……」
「まるで買収されているみたいです」
それでも納得しないたまきとクシナ。すると白銀は、俺へ耳打ちをしてくる。
「下手すると、手続きが終わるのは深夜帯になるかもしれないのよ」
「マジかよ」
「別に貴方も二人を連れて行きたいというなら、私は止めないわ」
白銀がどういう考えでそう告げたのかは分からない。ただ、クシナとたまきを連れて行くのはあまり良くないだろう。
二人とも今回のダンジョン攻略で、だいぶ疲れているだろうしな。それにせっかく京都まで来たんだし、つまらん事務処理の光景を見るよりは、うまいもんでも食べ歩いていた方がいい休息になるだろう。
「クシナ、たまき。二人も疲れてんだろ? ならその辺ぶらついて、適当にうまいもんでも食って休んでなよ」
「でもわたし、由倫くんと……」
「逢引ならば、由倫様とご一緒が良いです」
「それはまた今度行ってやるから、今は白銀に甘えとけ」
二人は膨らんだ頬を元に戻さなかったが、なんだかんだで納得したようで頷く。
「……分かったよ。そうする」
「ですが約束です。今度は由倫様も必ずご一緒してください」
「ああ。約束する」
それから二人は口惜しそうにこちらを見ていたが、やがて京都の町へと向かっていく。
「さて、行きましょうか」
ようやく二人がいなくなったところで、白銀は微笑みながら頷く。
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