第36話 遠征ダンジョン攻略 ボス戦その二

「これは……」


 炎を纏う侍を前に、クシナがたじろぐ。侍は煉獄の炎を、まるで自らの一部のようにやすやすと受け入れていた。


 そこへ先手を取ろうと、たまきが銃を構えて発砲。しかし死者は、まるで見切ったように首をもたげて避ける。


「ちょ、こんなのあり? ちょっと聞いてないって!」


 たまきは慌てふためいている様子だった。銃弾を避ける死者なんて、俺も聞いたことがない。だが……。


「落ち着け。取り乱していたら勝機を失うぞ」


 俺にとっても珍しい形だった。この威圧感は、かつてサイガー達と潜ったダンジョンの裏ボスを倒した時と同じ。久しぶりに歯ごたえのある戦いを楽しめそうだ。


「キーファンさんは落ち着きすぎだよ!」

「冷静さを失うな」


 そうこうしているうちに、死者は刀を上段に構える。すると纏っていた火が、竜のように登る。刀が振るわれると、凄まじい風切り音と共に双竜がやってくる。


「伏せろ!」


 俺も対抗するように、アメノムラクモの光を繰り出す。ぶつかり合う光と炎は交わり、はじけて消えていく。


「うそ、アメノムラクモでも……」


 様子を伺っていたたまきが絶句する。


「由倫様……!」


 普段は落ちついているクシナも、声を震わせていた。一方で死に装束を纏った死者は、物足りなさそうに首をかしげていた。


 面白い。ここまで心が躍る戦いは久しぶりだ。このアメノムラクモを手にしてからというもの、本気で渡り合える敵がいなくなったのではと危惧していたからだ。


 ならばこちらも本気で向かわせてもらう。俺は鞄から三つ、ポーションを取り出した。


「その瓶、まさか……!」


 キーファン古参勢であるたまきなら、当然知っているだろう。ふと見えたスマホからも、声が上がっていた。


『きたぁぁぁぁ』

『キーファンさんの本気!』

『来るぞ……』


 視聴者も待ちかねているようだ。なら期待に応えてやろう。俺は瓶を三つ全て開けると、それを同時に飲み干す。体中から力が湧き出てくるのを感じる。


 俺の様子を見て、死者のほうも満足したのだろう。再び構えて、双竜を呼び起こす。俺は刀を脇に構える。


 一瞬で終わらせてやる。死者が刀を振るい、轟音とともに双竜が駆ける。俺はそれを目前まで待ち続けた。


「キーファンさん!」

「由倫様っ!」


 もし満足できる勝ち方があるとすれば、それは敵の全力すらも斬り伏せる事だろう。奥で死に装束を纏う死者が、笑ったように見えた。やがて双竜が、目の前に迫る。


 瞬間、意識を集中させる。世界がスローになり、俺だけが素早く動ける。地面を抉る勢いで蹴り、双竜それぞれの口へとアメノムラクモの刃をめり込ませる。さらに地面を蹴り、双竜の長い胴を斬り込む。やがてまだ笑いを浮かべていた死者の胴目掛けて、そのまま刃を通す。


 切り抜けた先で、刀を振りぬく。一閃の紫電が直線を描く。煌めく刃の上は、全てを置き去りにしていた。


 世界が等速になると、進んでいたはずの竜が割けてはじける。死者も笑みがなくなり、光が通っていく斬り口に手を当てた。


 残心と共に刀を振り払うと、死者は倒れ込み灰塵となって舞い散る。鞘に刀を収めて、戦いは終焉を迎えた。


「……すごい」

「何という速さ、でしょうか」


 二人には何も見えなかったのだろう。俺はふり向き、そちらへと戻る。


「ま、これで攻略完了だな」

「……えっと、感想とか、聞いてもいいかな?」

「何故?」


 たまきの質問の意図が分からなかった。


「だって、あんなすごい敵を一瞬で倒しちゃったんだよ? 嬉しいとか、達成感とかあると思うけど……」

「まあ、楽しくはあったな。久しぶりに全力を出せたし」

「楽しいって……お友だちのみんなはどう思う……」


 取りつく島がなくなったたまきは、視聴者に助けを求めた。


『たま姫と同じ』

『あんなの普通無理やって』

『アメノムラクモが無効化されたのに、キーファンさん余裕過ぎでしょ』

『キーファンさんが強すぎるだけだと思う』


 どうやら視聴者たちも、たまきの肩を持っている様子。


「確かに手こずりはしましたけどね。まああんなもんですよ」

『そのあんなもんが普通出来ないんですって』

『この人やっぱおかしい』

『この人をAランカーとか、省はいままで何を見てたんだ?』

『普通にSSSランカー級とかでしょ』

『冒険者ランクにSSSランクはありません』


 最後のコメントは白銀のものだった。そんな事言われるとつい挑戦したくなっちゃうんだけど。


「まあとにかくこれで、本ダンジョンの攻略は完了ですね」

「あ、キーファンさん。石油は探さないんですか?」

「勿論探すさ」


 辺りの火も消えているし、捜索も可能になった。俺は早速辺りを見――ようとした時だった。ふと足もとの床に、裂け目が出来ているのが見えた。その奥で、てらてらと光り揺れる何かを見つけた。


「……二人とも、一旦そこを離れろ」

「え?」

「どうかなさいましたか」

「見つけたかもしれない」

「何を?」


 たまきよ、その質問は不適切だぞ。先に言われた通りどいたクシナを見て、俺はバッグから金づちを取り出して、床を叩く。


「ちょ、キーファンさん!?」

「落ちても知らんぞ」

「わわわっ!」


 ようやく意図を理解したのか、たまきも退く。床板が割れると、その先には広大に広がる液体があった。省から貰った調査キットを使い、液体の種類を図る。結果……。


「ビンゴ。石油発見」


 俺は検査結果が出た機械を、二人と視聴者に見えるように掲げる。


「……すごい!」

「やりましたね、由倫様」


 クシナよ。だから配信してる時はADVNアドベンチャーネームで呼んでくれ。だがそんな事を気に留めるでもなく、視聴者も発見された石油に歓喜の声を上げていた。 

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