第35話 遠征ダンジョン攻略 ボス戦その一
中層まで進んでいくと、このダンジョンのおおよそは把握できた。確かに死者の動きはまるで武士そのもののように手馴れたものだ。しかし”その程度”である。魔物の物量もなければ、罠らしきものもない。つまるところ死者との尋常な勝負だけが連続していくという構造だ。
むしろ愉しささえ覚えてくる。純粋な読みあいから、いかにして敵の攻撃をかわすか。どうやって切り抜けるか。圧倒的不利な状況からなる戦いには心を躍らせる者がある。
そしてそれらを制し、圧倒的な差を見せていくのも快感だ。己の強さを今日ほど実感したことはない。
下層へ進んでも全く同じ構造だ。ひたすらに武者と斬り合い、制す。流石に飽きも覚えつつあったが、退屈しない訳ではない。
代わりに、報酬自体はあまりおいしくない。何度か立ち止まり戦利品を漁ってきているが、総額は三人分の昼飯をやっと賄えるくらいだ。死者たちの武具は錆びていて全く使い物にならないし、財宝などが入っていた箱には煤しかなかった。後はそんなに珍しくない素材などしかなかったので、それらを拾っていくだけだった。
そうして下層も進んでいき、またしても死者たちを殲滅していく。
『すげー』
『もうほとんど神剣の力使ってないじゃん』
コメントが指摘する通り、下層に入ってからは自力で敵陣を突破している。それにクシナとたまきもおおよその流れを理解してきているようで、最初の頃よりは随分余裕そうだ。
『たま姫もだいぶキル数稼いできたね』
「いやいや、キーファンさん程じゃないけどね」
マイクを使って視聴者に返事をするたまき。三十くらいは彼女が撃ち倒しているような。
「ここにもだいぶ慣れてきました」
クシナも汗一つかいた様子がない。尤も彼女は火力面での支援は行えないので、殆どはサポートに徹しているだけだが。
「下層もそろそろ終わりだろう」
「分かるの、キーファンさん?」
「勘だけどな。下層あたりはもうだいぶ進んでるし」
たまきは首をかしげる。ダンジョンによって規模は違うが、終りが近い事を示すパターンはいくつかある。一つは強敵が多くなるパターン。先ほどの戦いも、二十の死者と三人の兜をつけた死者が立ちはだかっていた。これまでは、リーダー格は多くても二人だけだったというのに。ここで三人に増えたのであれば終わりが近いのだろう。
「確かに、もうかなり進んできたからね」
「どうする? 休憩してから先に進むか、それともこのまま進むか」
俺もそうだが、二人も呼吸が乱れた様子はない。ここまで消費した備品もないし、装備も万全の状態だ。それでも念のために尋ねる。
「私は大丈夫! クシナちゃんは?」
「問題ありません。すぐに戦えます」
「なら、先に進むか」
と、足を進めようとした時だった。ふと一通のスパチャが入る。
『石油の目処はありますか?』
目的を忘れている訳ではない。戦利品漁りをする傍ら、何度もわき道にそれて石油が採掘で来そうな場所を探していた。だがどこからも、石油が出てくるといった気配はない。
何故このコメントが目についたのかというと、スパチャ額が最高額の五万だったからだ。それに真っ赤な囲いも目につく。
「わぁすごい! 五万円も!」
何よりこのスパチャを渡してきたのが、他でもない白銀真乃だったからだ。アイツ実名使ってるけど大丈夫なのか。
「……白銀さん、スパチャありがとうございます」一応は名指しで感謝を述べる。「石油なんですけど、今のところ出て来るって感じはありませんね。隅々まで採掘しようにも、少々手間かかりますし」
「一旦攻略してからの方が調査しやすいってのもあるからね。まずはこのダンジョンの攻略を完遂させないと」
「だな」
たまきの言う通り、一度攻略が完了したダンジョンは敵が現れなくなる。そのため調査団も入りやすくなり、その分調査もより進むだろう。俺たち先遣隊の冒険者でも、地道な調査を行う者は少ない。俺たちの目的は敵が跋扈するダンジョンに先んじて潜り、危険を排除する、というのも大きな目的の一つだからだ。
ならば報酬を寄越せとも思わなくはないが、攻略中に得た戦利品は全て自分の物に出来るので、攻略達成による報酬を求める冒険者は少ない。
ひと心地ついたところで、再び足を進める。最後の敵から随分歩いた事もあり、やはり先ほどの戦いが最後なのだろう。
俺は何度かクシナの方を向く。もしかすると奥で待ち構える敵も邪気を――と警戒していたが。
「どうかなさいましたか」
視線に気がつくと、クシナが尋ねる。
「いや、邪気か何かを感じるかって思って」
「? そういえば、そういった類の気は感じられません」
「じゃあ、ボスは魔物か何かかな?」
「まだわからんぞ」
以前の高難易度ダンジョンでは、下層の敵をボスが倒していたんだよな。だが今回はそういった光景は見られなかった。つまり邪念にとりつかれたという感じではない。それにここまで死者だったというのに、ボスが魔物と言うのもおかしい。各ダンジョンには、敵の配置もある程度の法則に乗っ取っている。そこから考えるに、やはり死者あたりがいるのだろう。
さらに奥へ進んでいくと、煤にまみれた木造の柱などが見えて来た。まるでここに何かが建てられていたかのように、ある程度の法則がある。
「何だろう、これ」
たまきが周囲を見回す。
「建物なのは間違いないな」
「でも、まるで焼けちゃってるみたい」
「その通りだろう」
何らかの建物がここにあり、なんらかの理由で焼けた。そう考えるのが妥当だ。
しばらく進んでいくと、俺はわが目を疑った。
「これ……もしかしてお寺……?」
そこには完全に焼け焦げていながらも、明らかに寺と分かる建築物が立っていたからだ。名札などはかすれて完全に読めないものの、かなり昔のものだろう。
その最奥に、誰かが待ち構えていた。血と煤にまみれた死に装束を纏う、殿様結の
「あれがボスみたいだね」
「ああ」
ただならぬ気配を感じた。悠然とした立ち振る舞いには覇気があり、明らかにこれまでの死者とは違う様子だ。
死者は足元に刺さっていた刀を拾うと、刃紋を片方の手指で優しくなでる。まるで猫を撫でるようだった。
だが突然、刀を地面へと突き刺す。すると視界が一瞬奪われ、再び目を開くと、そこには騒然と燃え盛る寺があった。
「な、これって……!」
辺り一面が火に包まれた。それまで燃えていた煤の寺が、パチパチと激しく猛る。
それだけにとどまらない。死に装束を纏った死者にも、火の手があがっていた。だが彼は変わらず悠然と立つ。まるで炎の鎧を身につけているようにも思えた。叩き付けた刀にも火が宿り、煌々と侍の死者を照らす。
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