第33話 遠征ダンジョン攻略 ブリーフィング
朝早くから家を出たというのに、京都へたどり着くころには昼前になっていた。旅行者も驚くくらい大量の荷物を持ちながら、件のダンジョンへと向かう。
そこはダンジョンがあるとは思えない市街地だった。正確には街を割くようにある川原が入り口となっているようだ。人通りも多く目につきやすいからか、ダンジョン入口は鉄格子で厳重に施錠されていた。
鍵は白銀経由で入手しており、侵入には問題ない。俺たちは一旦ビバークを行い、昼食を済ませる。恐らくは長丁場になるだろう。
情報を集めようと、昨日までにこのダンジョンの攻略の配信や動画がないかと調べていたが、ゼロだった。それもあって、今回はかなり手こずるかもしれない。
昼飯を終えて、それぞれ進入の準備を進めておく。たまきはライフルを組み立てていた。せっかく金が手に入ったので、武器も新調したらどうかと一応は進言しておいたのだが。たまき曰く、目をつぶってでも取り扱えるからこっちのほうがいいという。装填数も体に叩き込んであるそうだ。
クシナは準備という準備がない点では楽である。その代わりに、備品の確認を行ってくれていた。
俺の方は、今回は最初からアメノムラクモを使っていくことに決めていた。以前のダンジョンで使いあぐねていたのは、配信の目的がハウツーのためでもあったからだ。他の冒険者でも使える攻略法を、という触れ込みだったにもかかわらず、殆どは真似できない様子だったが。
だが今回はその必要もない。その分気が楽でもある。今回の敵もかなり強いらしいし、余裕をこいて負けるというのは最悪なパターンだ。ならば、最初から全力で行こう。
装備品の確認を済ませると、たまきが声をかけてくる。
「由倫くん、配信の準備はどう?」
「ああ、今やる」
今回も配信を行ってのダンジョン攻略となる。目的もあり、白銀含む冒険者省の人間にも進行の様子を見てもらうためだ。いわば今回は、案件といった形になる。
勿論たまきも、Vtuber『玉響琴音』としての参加だ。こっちは半ばPRの為という目的の方が大きいが。その触れ込みもあり、反響はかなり大きい。久しぶりのダンジョン配信というのも大きいだろう。
ひとまず配信の準備を進めておいたが、ふと気になった点がある。
「たまき、ちょっといいか」
「どうしたの?」
声をかけると、たまきがすぐに駆け寄って来る。
「『スパチャ』って、どうやって有効にするんだ」
移動中に設定しておきたかったのだが、方法も知らず、たまきに聞こうにも爆睡していやがったからな。
「ちょっとスマホ貸してもらってもいい?」
「ああ」
スマホをたまきに渡すと、彼女はポチポチと慣れた手つきで設定を進めていく。
「はい、これで大丈夫だよ」
「悪いな」
変わったところは見られないが、これでスパチャを受け付けられるようになったのだろう。
以前までは配信の視聴者もほとんどいなかったし、全く意識してはいなかった。というよりはダンジョン攻略に集中していたのもある。ただ今は、チャンネル登録者数も五十万へ届くくらいの勢いだ。ネットでも冒険者に関する話題では、必ず俺の名前が載っているほど。
それぐらい有名なのだから、スパチャでもしてくんねぇかな、という期待もある。石油だってそう何度も掘り当てられる代物じゃないし、それありきでの収入には限界がある。ならダンジョン攻略の様子を配信するってだけでも収入になるなら、それが一番だ。引っ越しの件もあるし。
装備、配信の準備を終えて、俺たちは配信開始を待つ。既に視聴者数は一万を超えていた。
「わ、すごいね」
肩越しにスマホを覗いていたたまきが驚く。
「以前の十倍くらいはあるんじゃないか」
「みんな結構話題にしてたからね。この前のゲーム配信でも、由倫くんとのコラボをまたやってほしいって皆言ってたし」
「本当か? そう言うのは普通、異性とコラボするってのに抵抗あるファンも多いんじゃないか」
「そうだね。最初コラボするって時は批判もあったけど、由倫くんのすごさを知ったらみんな『この人なら仕方がない』って感じだったよ」
認められたって解釈で良いのだろうか。
「もしや、由倫様を愚弄する輩がいるのですか」
隣でクシナが、眉間にしわを寄せながら尋ねる。
「前の話だよ。それに”お友だち”に由倫くんを悪く言う人なんていないんだから」
そう笑顔で答えるたまきだが、どこか腹黒い部分がにじみ出ていた。
「この手の話は珍しくないだろ。それにいちいち気にしててもしょうがねぇよ」
的確な指摘ならしっかりと聞くべきだろうが、子供じみた悪口程度なら無視しても構わない。こういう時にいちいち目くじらを立てたら、負けを認めたも同然だ。
「そうだけど……」
「それより、配信開始まであと一分だぞ」
不満げなたまきに、俺はスマホを指して促す。
「わわっ、ホントだ」
「声出しは大丈夫か?」
「あー……あー……。はいっ、オッケーでっす!」
簡単な声出しをして、『玉響琴音』の声になるたまき。声優というほどではないが、普段とは違う愛嬌ある声になった。
「私も準備万端です」
「ああそうだな」
クシナは……正直そのままでいい。ファンもクシナの事は認識しているが、どうにも彼女はペットのような親しまれ方をしているらしい。まあ確かにそんな感じだが。
などと考えているうちに開始十秒前を切る。俺も軽く咳払いをして、喉の調子を整えた。
配信開始時刻になり、待機画面から映像へ切り替える。
「えー、みなさんお待たせしました。Sランク冒険者のキーファンです」
『きたぁぁぁぁぁ』
『待ってました!』
『うぉぉぉぉぉ』
のっけから視聴者の歓声がコメントとして流れていく。既に配信開始前のコメントは見れなくなる程だ。
「それと、今日一緒にダンジョン攻略を行うメンバーも紹介します」
俺はカメラを向け――る必要はなかった。画面に『玉響琴音』のキャラクター絵を乗せる。
「やっほー! お友だちのみなさん、玉響琴音でっす!」
キャラクター絵が、たまきの動きと連動して表情を変えたりする。今回はモーションキャプチャーの機材もあり、画面に移さなくてもリアルタイムでたまきの動きが反映されるようになった。
『たま姫!』
『ちわー!』
『わーいたま姫!』
たまき……玉響琴音の搭乗でも歓声が沸き上がる。コメントでな。
「今回もキーファンさんの冒険に同行しちゃいまーす!」
「えーっと、それともう一人」
今度はクシナの番だ。
「皆様、ご無沙汰しております。キーファン様の傍付きを務めております、クシナと申します。本日もよろしくお願いします」
堅苦しい挨拶と丁寧なお辞儀をするクシナ。
『クシナちゃんこんにちわ!』
『丁寧にお辞儀出来て偉いね!』
『今日もキーファンさんとたま姫のことよろしく!』
一応クシナもコメントは見ているが、ファンの扱いには特に不服はないらしい。
「さて、今回攻略するダンジョンなんですが……」俺はカメラをダンジョンの入り口へと向ける。「今回も高難易度ダンジョンの攻略を行いたいと思います」
するとそれまでノリのよかった視聴者たちが、一斉に不穏な態度になる。
『ここってやばいとこじゃ』
『もしかして京都の?』
『ここって生還した人ゼロなんだっけ?』
『↑参加はしたけど一度も入ってない人なら生還してるっぽいけど』
『↑実質生還者ゼロじゃないですか!』
視聴者の言う通り、ここは生還者が一人もいないダンジョンだ。日本でも最も難易度の高いダンジョンとも言われている。同時にいくつもの可能性をはらんでいるが。
「皆さんの仰る通り、このダンジョンから生還した者はいないとされています。また配信などの情報もなく、文字通りすべてが闇に包まれています」
「それで、どうしてここを選んだのかというと……」次にたまきが案内役を務めた。「お友だちの皆にも告知した通り、今回は冒険者省様からの直々の依頼なんだ。前に石油を発見したのは覚えてるよね?」
『知ってる』
『あれマジですごかったよな』
コメントを確認してから、再び俺が案内を行う。
「んでまぁ、冒険者省から他にも捜索してほしいという依頼があり、ここへ来たという次第です」
『つまり案件って感じ?』
『キーファンさん初案件かな?」
「そうですね」
『あんまり無茶しないでくださいね』
『Sランカーならこのダンジョンを攻略できるはず……!』
「ただこのダンジョン、完全に情報がない訳じゃないんですよね。聞く限り敵の種類は”死者”なんですが、その死者がとても手ごわいそうで」
『死者が手ごわい?』
『集団で来るとか?』
「何でも生きてるように動くとか。その辺は詳しい情報がないので銅にも言えませんが」
『生きてるように動くって……』
『死者ってゾンビみたいなのじゃないのかよ』
『それ本当に死者? 生きてる人間じゃないの?』
「まあとにかく、実際に見てみない事には分かりません」
その後もコメント欄ではいろいろな憶測が寄せられた。それらを確かめる方法は一つ。実際に見て確かめる事だ。
「ではそろそろ進行を開始したいと思います。二人とも、準備は大丈夫か?」
俺はクシナとたまきの方を振り向く。
「はいっ! いつでもどうぞ!」
たまきはライフルを掲げる。
「私も、いつでも行けます」
「よし」準備が整ったのを確認して、入口へ振り替える。「では只今より、本ダンジョンの進行を開始します」
早速ダンジョン入口へと進んだ。鉄格子の鍵を開けて、内部へ。
『がんばってください!』
『無理はしないようね』
『頼むぜSランカー!』
『キーファンさんファイト!』
コメント欄ではいくつもの声援が寄せられていた。冒険者省だけではなく、視聴者も期待を寄せてくれているようだ。こうしていると、今まで視聴者が十人程度しかいなかった時代は何なのかと思わせられる。
ふと、妙に目立つコメントが流れた。
『費用にどうぞ』
簡潔な言葉ながら、コメントには色の枠がついており、かつ枠の上に『3000円』と書かれていた。
「あ、スパチャありがとー!」
困惑する俺に代わり、たまきが答える。
「スパチャ? これが?」
「もしかしてキーファンさん、スパチャ貰うの始めて?」
分かってるくせに、いじらしい質問を投げかけてくるたまき。
「まあな」
「そうなんですね。でもいきなり三千円も貰えるなんてすごいですよ!」
よく言うぜ、たまきめ。そっちは一万とか平気で貰ってるくせに。
『キーファンさん、スパチャ対応したんですね』
『前やろうと思ってたけど設定してなかったっぽい?』
『ちょっとコンビニ行ってくる』
それから一旦コメントが途切れると、それぞれ数百から数千程度のスパチャがどしどし送られてくる。
『昼食代にどーぞ』
『どうかご無事で』
『応援してます』
『クシナちゃんの餌代』
『クシナちゃんのおこづかいです』
何故かクシナ宛てにも届くスパチャ。見る見るうちに、スパチャ額が膨れ上がっていくのは見ていて爽快だ。ところでこの金はどこへ行くんでしょうかね。いや、一応口座と配信アカウントは紐付けしているが。
「ど、どーも……」
苦笑していると、プロ配信者のたまきが不服そうに頬をふくらます。
「キーファンさん、スパチャ貰ったらしっかりとお礼をした方がいいですよ!」
「と言われてもな、いきなりこんなに貰っても」
勿論、貰った全額をそのまま受け取れるわけではない。数割程度は配信サービス会社に、手数料として差し引かれる。それでも普段のダンジョン攻略で得られる収入を上回っていれば、驚かざるを得ない。
「大丈夫ですよ! これからもいっぱい”応援”してもらえるんですから!」
自信満々にサムズアップを見せるたまき。残念ながらキャラクター絵は対応していないので、笑顔だけしか写っていないが。
「じゃあ……」俺は軽く咳払いをする。「皆さん、スパチャありがとうございます。ご期待に添えられるよう頑張ります」
「固い……」
じゃあどうすりゃいいんだよ。と心の中で突っ込む。以前まで弱小配信だったせいか、その辺がどうにも勝手が分からない。まあそのうち慣れるしいいか。
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