第32話 案件

 俺が選んだのは、古風な喫茶店だった。ヨーロッパをイメージした落ち着いた雰囲気で、飲食物もうまい。その上騒がしい客もおらず、話をする上で一番いい場所だからだ。


「結構いいお店ね」

「前は週三程度で来てたんだけどな」


 最近はクシナやたまきの存在もあり、殆ど店に来れていなかった。


 マスターに奥の席へ案内される。このマスターの存在も、俺がこの店を好む理由の一つだ。年はまだ四十くらいの男性で、基本的には寡黙だ。しかしさり気ない気づかいが素晴らしく、俺がいつも奥の席を選びたがるのを知って先んじて案内してくれるほどだ。


 席に座ると、早速マスターは注文票を取る。他の客だとメニューを見る時間があるため、すぐにメニューを聞いたりしない。しかし俺は、いつもすぐ注文をしていたのを覚えてくれている。最初に来た頃は何度も呼びかけていたが、片手程度に収まるうちに案内してすぐ注文を取ってくれるようになった。


「何になさいますか」


 マスターがボールペンを取り出す。


「ホットコーヒーで。アンタはどうする」


 メニューに手を伸ばそうとした白銀へ声をかける。


「じゃあ同じのでいいわ」

「ホットコーヒー二つですね。砂糖とミルクはいかがなさいますか?」


 その問いは白銀だけに向けられていた。俺はいつもブラックで飲むので、それも覚えてくれているという。


「両方持ってきてくださる?」

「かしこまりました」


 マスターは注文票に書き込むと、お辞儀をしてから店の奥へ向かった。


「それで、依頼ってのは何だ」


 まるでドラマみたいな状況下だが、ここへは話をするためにやって来た。早速本題へと入るため、声をかける。


「まずこれを見て頂戴」


 白銀は高級そうな黒革の鞄から、いくつか資料を取り出す。資料には地図が書かれており、その中に数個程赤い印が記入されていた。


「これは何だ」

「先日、貴方が見つけた石油採掘場所を覚えてる?」

「ああ。アンタらに売ったダンジョンだろ」

「国はそれに味を占めたようで、他にも石油の採掘が出来そうなダンジョンの調査を始めたの。印が点いてあるのが、この数日の調査で見つかった、可能性があるダンジョンよ」


 資料に目を通してみる。覚えている限り、全て高難易度指定されているダンジョンだ。


「これ全部が、石油を採掘できそうなダンジョンってか」

「あくまで可能性があるってだけね」

「その言い分だと、深部までは調査出来てないんだな」

「かなりの人員を割いたつもりだったけど、準備不足もたたって調査は難航を極めているわ。既に死傷者も出ている程よ」

「一つのダンジョンにどれほどの人員を割いている」

「五十から百程度」

「内Aランカーは」

「全体の二割程度ってとこね」

「それじゃあ調査が進まないのも無理ないな」


 そこへ注文した飲み物がやってくる。出し終えて、マスターが挨拶を告げると立ち去っていった。


「この決定自体、数日前に起きた事なのよ。そこから人員募集をかけたところで、すぐに優秀な冒険者は集められないわ」


 白銀はコーヒーに砂糖とミルクを入れて、スプーンでミルクの跡を残しながら混ぜる。


「ああ知ってる。俺にそんな通知が来なかったからな」


 まだ低ランカーのたまきやクシナはもちろん。世界初のSランカーに認定したはずの俺にすらそんな知らせはなかったからな。


「そこで貴方に頼みたいことは、貴方にもこの調査に協力してほしいの」


 まあそんなとこだろうと思った。俺が広告塔になって募集をかけろっていうのも考えていたが、そっちじゃなくてよかったな。


「別にいいが、ただしらみつぶしにダンジョンを攻略したって無意味だろ」

「そうね。無駄足を踏ませるつもりはないけれど、有用な手掛かりもあまりないの」


 白銀の言葉を示すように、資料には簡潔な情報と憶測しか記入されていない。全国でも無数にあるダンジョン……その中でも高難易度指定されている場所に絞って入るものの、全てから石油採掘の可能性があるはずがない。


「アンタはどうなんだ。調査に協力しているなら目星はつけられるだろ」

「さっきも言ったけど、今日まで貴方が見つけたダンジョンの手続きを行っていたの。調査自体は参加しているけれど、おおよそを一任されている訳ではないわ」


 参ったな。全国のダンジョンをしらみつぶしに攻略していっても、場合によっちゃあ時間の無駄だな。それに、全部攻略し終える頃には白銀の協力も必要なくなるんじゃないだろうか。尤もその時には、俺はとっくに年寄りだろうが。


「推測でいい。アンタが資料を見た限り、ここは可能性があるって思った所ぐらいあるだろ」


 白銀が見せた資料は、恐らくすべてではない。責任者しか見れない資料もいくつかあるだろう。


「……推測でもいいなら」

「教えてくれ。どの辺が怪しい?」


 白銀はコーヒーをひと口飲むと、資料にそれぞれ指を指す。


「まずは北海道にあるこのダンジョン。数年前にロシアの冒険者団が、何故かここへ来たそうよ」


 一つ目に差したのは、北海道の北側にあるダンジョン。


「そいつらは何が目的だったんだ?」

「真の目的は分からない。結局最奥までは進めなかったようだし、露の冒険者団はで帰っていったみたいだけれど」

「そこに石油があったとして、一体どうやってそいつらは知ったんだ?」

「部下の一人が、付近に住んでいる冒険者に話を聞いたみたい。いわく『当時仲間だった奴が、露の冒険者と仲良くしていたのを見かけた』と言ってたようね」

「そいつが情報を売ったんだろうな」

「ええ。でも売れるような情報はないって、現地の冒険者は言ってたみたいよ」

「んでその通り、お目当ての物はなかったってか」

「情報を漏らした人物も分からずじまいだったみたいよ」


 もしかすると金欲しさに出まかせを言ったのかもしれないな。


「そいつだけが石油の情報を知ってたって言うのも不思議な話だ。高難易度指定されているなら、並の冒険者じゃソロ攻略は無理だろうに」

「確かにそうね。ならここに石油があるというのは……」

「可能性は低そうだ」


 十中八九出まかせだろう。もし本当に石油が発掘されていたら、以降も露の冒険者団が頻繁に出入りしているはずだ。その話が白銀から出ないという事は、以来冒険者団は来ていないという意味だろう。


「じゃあ次、この場所なんだけれど」


 次に白銀が指したのは、南関東にあるダンジョンだった。


「ここは?」

「ここにはかなりの数の冒険者が攻略を試みたようなの。ただし一番奥まで進めた冒険者でも、中層の中頃までが限界だったみたい」

「俺があの石油を見つけたのも中層当たりだったな」

「その冒険者も、いくつか脇道があったのを見たって言ってたわ。ただ当時は手一杯で、そこまで考えられなかったそうよ」

「他は誰かいないのか? 脇道へ進めた冒険者は」

「何人かはいたみたいだけど、全員めぼしいものはなかったって」


 とはいえ完全に攻略されていない以上、可能性は高そうだ。


「とりあえず候補の一つとして留意しておこう。最後は?」

「最後は……ここ」


 白銀がさした最後のダンジョンは、京都にあった。


「ここはどんなとこなんだ?」

「実はこのダンジョン、これまでに多くの冒険者が挑んでるの」

「なら調査もだいぶ進んでいるんだろうな」

「それが……上層の手前しか調査が進んでいないの」


 白銀はコーヒーを啜る。俺もそれにつられて、一口飲んだ。


「……なるほど」

「今のところ判明している情報はふたつ。一つ目は、そこは死者が待ち構えているようだけど、”死者アンデッドらしくない”動きをするそうよ」

「つまりどういうことだ?」

「生存者が言うには、まるで生きているように動きが洗練されているって」


 死者アンデッドというのは当然、元となった人間のなれの果てでもある。ダンジョンが発見されて以来の謎ではあるが、何故死者が動けるのか。それについては未だに判明していない。ただし死者は通常、腐った肉体を保持しているため動きが遅い。


「……まあ京都といえば、歴史的にも重要な出来事がいくつも起きているからな」

「だとしてもおかしいわ。死者アンデッドの肉体は腐っているはずなのに」

「俺が攻略したダンジョンについてだが、最奥で待ち構えていたのは鎧武者だった」

「知ってるわ。貴方が調査書を作ってくれたのを読んでるから」


 あの日の後日、省から調査書を作成してくれと頼まれたのだった。俺はダンジョンの構成や敵の種類、そして待ち構えていたボスの情報をそのまま記入しておいた。以降件のダンジョンには、政府関係者が頻繁に出入りしているという。そのお陰かあるいはそのせいか、石油の価格は下落傾向にあるそうだが。


「そいつも、まるで生きているようだった。剣を振るう姿を見たが、明らかに卓越した技量の持主だって思えたからな」

「怨念を感じたのでしょう? その武者から」

「ああ」

「なら京都のダンジョンで発見された死者アンデッドは……」

「恐らく、より強い怨念を抱いているんだろうな」


 要するに、魂がまだこの世界を彷徨っているという事だ。そんなオカルトじみた話は、きっと第二次世界恐慌前なら誰も信じなかったろう。だがこの時代では、何があってもおかしくない。


「で、アンタは何故ここで石油を採掘できると思ったんだ?」

「その前に、貴方は知ってるかしら? 数十年前に、大規模な地殻変動が起きたのを」

「普通に学校で習うからな」

「ならもう一つ。かつて日本で最も地震が発生していたのは関東沿岸部だったのよ。これは?」

「前になんかの資料で見たことがある」

「けれど数十年前の地殻変動が起きて、地層の状態が変わったの。今じゃあ関西方面の方が地震が多いでしょう?」

「確かにな。昨日も結構揺れてたし」


 まあ最初はベッドの揺れと勘違いしてたけどな、果てた後でもまだ揺れてたんで、地震だと判明したってワケだ。


「そしてもう一つ。かつて石油が発見されたのは、地震が多かった東北、北関東、中部地方の北部。けど今は、どのあたりで見つかると思う?」


 地震と地殻変動は密接な関係にあり、地殻変動と石油も同じく密接に関係している。つまり地震が盛んな場所ほど、石油が取れる可能性は高いという事だろう。


「だからアンタは、このダンジョンに石油があると」

「そう。以前貴方が見掛けたのも、きっとこれが関係しているのでしょうね」


 確かに。この話からすると、俺があのダンジョンで石油を見つけたのは必然とも言えなくはない。


「ならここ以外にも候補は出来るんじゃないか」

「関西方面には他にも高難易度指定されているダンジョンはいくつもあるわ。けれど、殆どは中層部まで調査が進んでいるの」

「で、どこも石油は見つからなかったって訳か」

「そうね」実際、資料にも『石油発掘の可能性は薄い』と、推測だろうが書かれている。「この理論をもとに関西方面のダンジョンは殆ど調べたけれど、その中で全く手を付けられなかったのが、この京都のダンジョンだけ」

「ならそこにある可能性は高いと」

「本当に推測だけれど」


 とはいえ一番望みがあるのはここだろう。昔からよく言われているが、難しければ難しい程報酬も期待できるんだし。


 俺はコーヒーをひと口のみ、件のダンジョンを指さす。


「なら、ここは俺が調査しよう」


 すると白銀は微笑み、頷く。


「そう言ってくれて嬉しいわ」

「ただ今すぐには無理だ。何日か準備をさせてくれ」


 ほとんどの道具は先日の高難易度ダンジョン攻略で使い切ってしまったからな。無論、アメノムラクモ一本で攻略できなくはないだろうが。


 問題は多分ついてくるだろう、クシナとたまきの二人だ。先日でもわかったが、あの二人を守りながらというのは難しい。


「構わないわ。こちらも急いでいる訳ではないから」

「それで、もしここに石油があると判明したら、俺の頼みは聞いてくれるんだよな」

「入学許可証よね?」

「ああ。ただちょっと待ってほしい。近いうち、俺たちは転校するからな」

「引っ越しでもするの?」

「そんなとこだ」

「分かったわ。もし転入先が決まったら言って。勿論、石油を発見した後でだけど」

「分かってる」


 白銀はコーヒーをひと口飲む。俺も冷めないうちにと、さっさとかき込んだ。


「さて、話もまとまった事だし……」白銀は広げた資料を黒革の鞄へ仕舞い込む。「そろそろ食事にしましょうか」

「ああ、いいだろう」


 ひとまず俺は食事を取ろうと、メニューを見る。ここはいつも違う物を頼んでいたから、マスターの懇意は受けられない。





 最終的に満足した白銀と解散して、俺は家路についた。件の話をクシナにした後、配信を終えて家にやってきたたまきにも伝えた。結果、当然と言うか二人も付いて来るという。

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