第31話 白銀真乃
再び出会ったのは、鑑定局だか冒険者省だかに所属するあの美女だった。
「久しぶりね。あれからダンジョンには行ってないようだけれど」
「報酬の使い道に困っててな」
実際のところ、今の生活に不満がある訳ではない。いや、あの学校にいたくないというのはある。だが極論、引っ越しをしてまで転校をする必要はなかった。
「いきなり大金を貰ったもの、皆最初は戸惑うわ。でも少しでも使えば、タガが外れたように豪遊する。そんなものよ」
「かもな」言いたいことは分かる。三百億もあれば、一年豪遊してもそうそうなくならないだろう。無意味に自家用ジェットやヘリ、ボートなどをいくつも買ったりしなければ。「そっちはどうした。局は都心の方にあるんだろ」
「この前の手続きをいろいろ済ませないと行けなくて、しばらくはこっちにいたのよ。でも今日丁度終わって、明日帰るからその前に観光でもって」
「生憎この辺で観光できるような場所はないぞ」
せいぜい寺や神社くらいだが、あの神宝のじいさんを知ってる限り俺と会う前からすでに近隣を周っていたのだろう。だとすれば、おすすめの観光スポットはない。
「レストランならどうかしら? 貴方、この辺でどこかいい所知ってる?」
「何が食いたいかによる」
「そうね……貴方となら、どこでもいいわ」
この女は俺に口説いて欲しいのだろうか。美女は怪しげに囁き、片方の腕をつかみながら胸元を強調する。たまきほどデカくはないが、スーツの上から強調されるそれは、妖艶な香りを漂わせた。
「……生憎、連れの晩飯を買わないといけない」
「大丈夫。時間はとらせないから」
実際、晩飯の時間というには早すぎる。まだ昼飯からそこまでの時間が経ってないし、腹に入るものとすればおやつくらいだ。
それに今更思い出したが、今日は作り置きがあったんだった。今日ゲーム配信をすると見込んで、わざわざ早起きをして作ってくれたのだろう。
何故それを今思い出したのかというと、たまきはあの作り置きについて何も言ってなかったからだ。恐らくは言おうとしてたのだろうが、クシナがいきなり学校へ行きたいと言い出したり、その後のゴタゴタで言いそびれてしまったのだろう。かくいう俺も失念していたが。
「まあ、晩飯ならもう用意してあったしな」
「それは良かった。なら今日はしばらく一緒にいてもいいわね?」
「言っておくが、飯を食いに行くだけだぞ。それ以上は付き合えないからな」
「……どうしても?」
何故か女は、上目遣いで潤う瞳を見せてくる。この女、マジで何なんだ。
「第一、アンタの名前だって知らないんだぞ」
「……そうだったわね。てっきりもう自己紹介したのかと」すると女はスーツの胸元から、名刺を一枚取り出す。何でそんなとこに仕舞ってんだ、と心の中で突っ込む。「白銀真乃よ。鑑定局の主任監査官を務めてるわ」
美女は名刺を俺に見せてくる。コンピューターで入力されたような文字には、口にした通りの名前と役職が記されていた。
「随分立派な役職だな。って事はアンタは俺らより年上か」
「いいえ。あなた達と同じ華の高校生よ」
白銀と名乗った女は、何故かピースサインをする。
「高校生なのに御大層な役職を貰ってるんだな」
「そういう貴方も、高校生にして世界初のSランク冒険者でしょう? つまり私達は似た者同士って事ね」
「勝手に同類にされても困る」
「さて、自己紹介も終わった事だし、そろそろご飯にしましょう?」
何か勝手に話を切り上げやがったぞ。まああんまり近寄りたくない相手だし、とっとと目的を済ませて貰って解散しちまおうか。
ふと、貰った名刺に目が行く。見た限り、白銀はそれなりの地位にいるようだが。
ならもしかすると……。
「ちょっと待て」駄目で元々。他にやりようもないし、試しに相談してみるか。「アンタに頼みたいことがあるって言ったらどうする?」
「もしかして、求婚?」
「真面目に聞け」
「……分かったわ。言ってちょうだい」
あまり冗談を言ってほしくないという気持ちを、白銀はくみ取ってくれたようだ。背筋を伸ばして、頷く。
「クシナを知ってるよな? あの背の小さい少女だ」
「ええ。貴方のパートナーの一人でしょう?」
「実はクシナを学校に通わせたいんだ。だが彼女は中学はおろか、小学校にすら通ってない。その上で高校へ通わせる方法はあるか?」
「……難題を吹っ掛けて来たわね」
「それはこっちもよく理解してる」
おかげで丸一日思考に明け暮れているし、嫌な思いもした。一筋縄ではいかない問題だってのはとっくに分かってる。
「無い……訳ではないわ」
「出来るのか?」
「ええ。ただし、条件があるの」
「条件?」
しかし白銀は勿体ぶったように、辺りを見回す。既に何度が信号を見逃しているところだ。
「話も長くなりそうだし、食事がてらにしましょう?」
「分かった。そういう事ならいい店がある」
「それは楽しみね」
ふふん、と白銀はご機嫌層に鼻を鳴らす。てっきり堅物な女だと思っていたら、案外ノリが軽いんだな。まあ今はそんな事より。
という訳で俺は彼女を連れて、お目当ての店へ行こうとした。ふと背後にいたはずのファンが、既にどこかへ消えていた。俺たちを見て声をかけにくくなったんだろう。その辺は白銀に感謝だな。
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