第30話 またまた謎の美女

 職員室から出てすぐ、たまきは両手で頭を抱えていた。


「どうしよぉ……先生にあんな事言っちゃったぁ……」


 恐らくは担任の横暴に腹に据えかねたのだろう。無理もない。俺も久しぶりに頭に来てしまい、つい挑発するような発言をしてしまったくらいだ。


「気にしなくていい。悪いのはあの教師だ」

「でも今度からきっと、あの人わたし達に嫌がらせとかしてくるよ絶対」

「別にいいだろ。引っ越しの話もあるんだし」

「そうだけど……」


 肝心の引っ越し先がまだ見つからない、と言いたいのだろう。既に候補自体は定まっているし、後は家や通う学校なども見つかればいつでも引っ越しは出来る。そっから先の問題は、今目の前にしているものと比べれば大した苦労にはならないだろう。


「第一アイツの肩を持つ奴なんか居るのか? 他の教師たちはともかく、他の生徒はむしろ歓迎してくれんだろ」


 特に奴の被害者である女子生徒らには、今回の一件でクソ教師に一泡吹かせられたと知れば喜ぶだろう。


「由倫くんのおかげで、わたしも胸がすうっとしたけど」

「あーもうあの教師の話はやめようぜ。また腹が立って来た」


 そんなどうでもいい事より、クシナをどう学校へ通わせるかだ。尤もこんな学校に通わせたくはないので、必然的に引っ越し後となるだろうが。


 だからといって、やはり向こうの学校で入学許可証が必要になる。


「ところで、クシナちゃんの事はどうするの? やっぱりここに通わせる?」


 たまきも同じことを考えていたようだ。


「いや無理だな。クシナもクソ教師がいるって知れば多少は我慢してくれるかもしれない」

「けれど、やっぱり他の学校ならって思うんじゃないかな」

「どっちにしたって入学許可証は必要だからな」

「そうだね」


 が、ここで手詰まり。今出来る事は、クシナに悲報を届けるぐらいか。


「家帰ってからクシナと相談してみるか。今はまだ何とも言えないし」

「あ……その事なんだけど」たまきは申し訳なさそうに手刀を切る。「実は今晩、配信があって、帰らないといけないんだ」

「そういや、たまきも配信してたんだよな」


 たまきの配信も、本業はダンジョン攻略の配信ではある。だが毎日できるわけではないので、そういった時は新作ゲームの実況や雑談などを行うそうだ。


 そういやここ数日はダンジョンにも通ってないし、俺もあの日以来配信はゼロだ。いつの間にか出来ていたコミュニティサイトにも、配信してくれとせかす声も多い。そろそろやんなくちゃとは思うが、その前に新たな問題を片付ける必要がある。


「うん。今日の配信は新作ゲームの実況プレイなんだ」

「ああ、十年ぶりの新作って話題のあれだろ」


 俺もネット上で、そのゲームにまつわる話題をいくつも見かける。というかその話しで持ち切りって感じだ。


 ただし、そのゲームはジャンル的に人気はあまりでないはずだろうに。それがどういう訳か、ネットミームなどから名前を知ったユーザーたちが持ち上げて、結果大きな期待が寄せられているとか。


「そうそう。わたしも実は興味あったし、事務所からぜひやってくれって言われて」

「もし暇があったら邪魔させてもらうか」


 邪魔というのはもちろん、視聴者としてだ。コメントで彼氏面をするつもりもない。


「ほんと!? あ、でもスパチャはやめてね? 返すにしても手数料取られるから」

「分かった分かった」


 ちょっとぐらい茶化してやろうと思ったけど、あれって手数料取られるのか。まあ俺の方も、あれだけバズっておきながらスパチャを貰ったことは一度もないからな。何でだろ。





 放課後、配信の準備のためたまきは先に実家へ帰ってしまった。こういう点も不便だよなと思う。ワンルームの一室に三人だけ、という時点でもうぎっちぎちなのに、そこへ配信用の機材やゲーム機、モニター類やパソコンなどが入ると考えると、生活スペースがなくなってしまう。


 ダンジョン攻略ならスマホ一つで配信できるが、ゲームなどとなれば話は変わって来る。その辺も踏まえて、もっとでかい家に引っ越した方がいいと意見がまとまっている。それでせっかくなら都会の方へ、という案が浮かび、結果的に都心の家を探していたわけだ。


 んで、クシナの学校はどうするかという問題も出て来た。これらを解消するとっておきの方法があればいいが。以来ずっとスマホで探しているものの、やはりそのような方法はない。


 一応、法を犯せば出来ない訳ではない。金を積んだりすれば、どこでも入れるのだろう。その金ならあるが、あの学校にはもうびた一文も払いたくない。かといって転校先も似たような学校であれば、払うだけ損だ。何度も言うが、たとえ三百億円を貰っても年収ではない。つまり来年も同じ体験をしなければ、得られる収入は変化なしだ。


 ついでに、来年もこの三百億が手元にあるかは怪しい。これだけの大金は当然、自分の収入となる。そうなれば、待ち構えているのは税金だ。もろもろの手続きの面倒くささもあるが、一番はいくらしょっ引かれるか。


 さらに引っ越しなりなんなりをすれば、さらに引かれる税金も増える。結局のところ、その上で来年に残っている金はいくらになるだろうか。もし半分以上残っていれば万々歳だろう。


 こういった事情もあり、出来るなら下らない理由で金を無駄遣いしたくない。無論、収入はさらに増やす方針ではある。だが億を稼ぐほどになるには、まだまだ年月がかかりそうだ。


 そんな事を考えながら、久しぶりに一人で街を歩く。下校ルートではないが、クシナの晩飯も買うため遠回りをしないといけない。といっても以前からやっている事なので、今更ではある。以前から身の回りの事は、全て自分でやっていたからな。


「……お、あれキーファンさんじゃね?」


 ふと通りがかりに、俺を指す声が聞こえる。


「まじだ。やべー、リアルキーファンじゃん」


 声からして男子高校生だろう。ただし学校は違う。さっさと逃げようと足早に歩いたが、丁度信号に差し掛かり足止めを食らう。


「お前サイン貰って来いよ」

「え? ちょ、恥ずかしいって」

「お待たせ―。ん、どうしたの?」


 そこへ連れ添いだろう女子生徒も混ざる。


「ホラあれ、キーファンさんがいるって」

「うそ……え、待って。マジでキーファンさんじゃん」

「サイン貰おうかって話してたんだけど、お前もどうする」

「いや、声かけに行こうよ」

「ちょ、お前恥ずかしいって……!」


 快活な足音が三つ、こちらにやって来る。あんまこういうの好きじゃないんだけどな。どうにか逃げられないかと辺りを見回す。信号はまだ逆方向が青く点いているし、突っ切ろうにも車の通りも多く速度も速い。ポーションでも使わない限り抜けられそうにないだろう。いっそ恫喝でもすれば散るだろうが、ファンである以上杜撰に扱いたくはない。有名人ってのは、こういう時辛いんだな。


「あら、奇遇ね」


 ふと聞き覚えのある声が横から聞こえて来た。白いスーツに白いパンプス姿の美女。


「アンタは……」

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