第29話 学生証の入手方法
午前中の授業も終わり、昼休み。俺はたまきと共に、校舎裏で昼食を平らげたところだった。弁当箱を片付け終わった時、たまきがため息をつく。
「どうした」
「え? ああうん。クシナちゃんの事で」
クシナの言葉は、午前中の授業内容を頭に入れさせてくれなかった。普通に考えれば、高校に入るには一定の手続きと『資格』がいる。俺たちは小学、中学と義務教育を終えて、中学時点では進学先を決めていた。
ところがクシナは戸籍どころか、義務教育を終えたかすら怪しい。そういや、彼女は学校の存在を知らなかったな。となると、やはり中学卒業資格までは持っていないだろう。
「俺もあれからいろいろ調べたが、めぼしい情報はなかった」
ネットで検索して出たのは、どれも中学生向けの『高校受験ガイド』みたいなものばかりだ。中学を出ていなくても高校に行ける方法なんて、普通に生きてりゃあそんな事考えないもんな。
「うん。やっぱり諦めてもらうしかないのかなぁ」
たまきは残念そうに肩を落とす。
「たまきは、クシナが学校に通える方がいいのか」
「だってクシナちゃんにずっとお留守番させるのもって思うし、それにあの子が来てくれたら学校がもっと楽しくなりそうだから」
俺たちだけが、という部分が抜けているが。
「って言われてもなぁ……」
「……一回、先生に相談してみない?」
「先生って、誰にだ?」
「……うちの担任」
たまきが嫌そうに告げる。それもそのはず。うちのクラスの担任は生徒から非常に評判が悪い。
担当は体育で、これがまあ悪い意味での体育会系でな。上下関係に厳しいのはもちろん、何かあれば『根性』を持ち出して、無茶振りをしてくる。今はやってないようだが、昔は暴力教師で通っていたそうな。
だがその教師が一番嫌われる理由が、女子生徒との距離をやたらと近づけたがる点にある。
学校内でも比較的容姿に優れた女子生徒は、大抵そいつに目を付けられている。当然、セクハラまがいの発言は行うし、ボディタッチもやたらとしてくる。しかも嫌だと言われても、それを照れていると勝手に解釈するようなとんでもないヤツだ。なのに教師を辞めさせられないのは、奴の親が地元の教育委員長を務めているからである。それもあって、校長や理事長も奴には手を出せないそうだ。
「やめたほうがいいだろ。それにもしクシナがあいつに狙われたらどうする」
「そうだよね。クシナちゃんかわいいし」
それはお前もだろ。なんてツッコミを入れたくなる。が、ココでつけあがらせると……出来るならこの学校内で下着を脱ぐのは、用を足す時だけにしたいものだ。
「第一、あいつに相談したところで大した結果は得られないぞ」
「けど、相談だけでもしたほうがいいと思う」
たまきとしては、そこまでしてもクシナを学校に通わせたいのだろう。気持ちは分からんでもないが、相談相手がまずい。
だからといって校長なり他の教師に相談したところで、実質的な支配者であるうちの担任に話が行けば無意味だ。のけ者にされたことに腹を立てて、拒否されてしまうのがおちだ。
「まあ、聞いて見ない事にはどうにもならないからな」
どっちにしろ、聞いてみるだけ聞いてみればいい。向こうは転入か何かと勘違いするかもしれない。最悪女子生徒が来るってちらつかせれば、手を打ってくれるかもな。
しかし相談するにしても、たまき一人だけでは心配だ。俺も付き添っておいた方がいいだろう。立ち上がり、その旨を示す。
「もしかして由倫くん、一緒に来てくれるの?」
「そりゃあな。クシナの問題は俺の問題だし」
飼い犬の面倒はご主人様が見るべき、というのは常識だ。現状クシナを住まわせている以上、責任を負うべきは俺である。それに向こうも、俺と自分を一緒くたに取り扱う場合が多いし。
「ありがとう由倫くん。由倫くんがいれば怖いものなしだよ」
「じゃあ昼休み終わる前にとっとと行くか」
うん、と頷くたまき。
◇
職員室の戸をノックして、挨拶をしつつ入室。担任はどこにいるかと探すと、外の喫煙所で呑気に煙草を吸っていた。俺は近くまで向かい、窓越しに呼びかける。
「先生」
担任は振り返る。チンピラのように細く睨むような目に、短い眉。パンチパーマに無精ひげ。来ているジャージはだいぶよれている。担任は窓越しでも聞こえるように舌打をすると、戸口から回って職員室に戻って来る。
「何だ松谷丹、それにたまきもか」
こいつが嫌われる要因の一つが、女子生徒を許可もなく名前呼びするところにある。しかも、まるで自分の女みたいに堂々と言うのだから、嫌われて当然だろう。
「先生、休憩中失礼します」
たまきと口をきかせるのも癪だったので、話は俺が進めておこう。
「おう、用件は?」
”おう”の言い方がまさにチンピラのそれだった。どっかで聞いたことがあるが、この教師は昔相当ヤンチャしてたとか。それならもっと更生した感出してもいいだろうに。むしろこの男は、ワルだったころを自慢しているような気がしなくもない。
「実は、入学したいという生徒がいるので、どうすれば入学させてもらえるのかと相談したくて」
下手に回りくどい雑談などはいれずに、用件だけを簡潔に述べる。教師は頭をかくと、自分の席に座った。
「入学だぁ? んなもん入学試験受けて、合格して入れぁいいだろ」
「ではなくて、入学許可そのものが欲しいんです」
自分でも単刀直入過ぎたと猛省する。俺もそれぐらいに、この教師とあまり話をしたくなかったからだ。
やはりと言うべきか、教師は眉間にしわを寄せる。
「松谷丹。お前自分が何言ってっか分かってんのか」
「ええ」
「入学許可なんかそうポンポン出せるわけねぇだろうが。お前常識ぐらい分かんだろ」
「だから先生に相談しに来たんです。どうにかして入学許可証を貰えないですか」
「あほかテメェは。転入とかならともかく、いきなり入学許可証を貰えないかって、普通に考えりゃあ駄目に決まってんだろうが」
「その入学させたいっていう相手が……少々特殊でして。中学を出たかすら怪しいんです」
「んなもん小学生からやり直してこいや。それともお前、十にも満たないガキを連れてきたいとか抜かすんじゃないだろうな」
「歳は俺たちと同じです。ただ理由あって、小学校と中学校を出ていないんです」
「そのワケってのは?」
「……両親が何らかの精神疾患を患っていて、一月前まで一歩も外出させてもらえなかったんです。それに、出生届やその他もろもろの手続きもしてないという」
「ほお。そんな奴が現代にいるのか?」すると教師は高笑いをする。職員室にいた他の大人たちもこちらへ目を向けていた。「……冗談も大概にしろよクソガキが!」
突如、教師の鉄拳が机に叩き付けられる。他の教師たちは肩を震わせた後、自分の仕事へ戻っていった。
「そんな戸籍もない人間がこの世にいるのか? そいつは何だ? どっか山奥で生まれたのか?」
「恐らくは似たようなものかと……」
「それがアホだって言ってんだよクソボケが。いいか? 出生届を出さにゃならんのは法律で決まってんだよ。大体な、無戸籍ったって学校ぐらいは通えんだよ。そいつに言っとけや、小学校からやりなおしてこいってな!」
「高校からじゃあ駄目なんですか」
「当たり前だボケ。何のために小、中、高って別れてると思ってんだ」
「しかし本人はこの学校がいいと言ってますし、そこを何とか」
すると教師は、舌打をするとおもむろに立ち上がり、こちらを睨む。
「松谷丹。お前最近調子乗ってんだろ」
「……は?」
「何だ。そんなに彼女出来たことがうれしいのか?」
「それは関係ないと思いますが」
「黙れタコ。テメェらガキはホント単純だな。オンナ作ったらすぐイキがりやがって」
「出来れば個人的な話なのでやめてもらいたいのですが」
「それにテメェら忘れてんだろ。うちは恋愛禁止の校則があんだろーが」
言われて俺は思い出した。この学校では、何故か生徒間での恋愛を禁止しているという。ただ、理由は不明だ。
「……といわれても、殆どの生徒は破ってると思いますよ」
その証拠に、うちの学校には結構カップルがいる。俺らも最近その仲間入りを果たしたが。
「おう勿論認めてねぇよ」
「ならどうして俺たちだけ、その校則をちらつかせるんですか」
「四の五のうるせーヤツだなテメェは。大人が駄目っつったら駄目なんだよ。ガキは黙って人の言うこと聞け」
「そういうのはよくないと思いますがね」
「んだとテメェ」ついに怒りをこらえきれなくなったのか、教師は俺の胸倉をつかんでくる。「よくそんな偉そうな口きけるな、ええ? Aランク冒険者だからって、そんなもんはこの学校じゃ通用しねぇんだよ!」
「Sランクです……」
「うっせぇ!」
教師が拳を振り上げようとした。そこへたまきが奴の腕を掴む。
「先生! 暴力は駄目ですよ!」
「んだたまき、こいつの肩持つってか!」
「由倫くんはなにも悪いことしてないのに、暴力はひどいです!」
「ほうほうお前ら随分仲良くなったんだな、オレの知らないところで」教師は俺の胸倉から手を放して、拳も解く。代わりに視線がたまきの方へ向かった。「しっかしこんなヤワで根性もなさそうなガキのどこがいいんだ? 付き合うならオレみたいにタフで鍛えられた男のほうが絶対幸せになれるぞ?」
少なくともタフって言葉はこの男の為にある訳ではないだろう。
「そんなの……先生の感想でしょう!?」
「何だお前。このオレに逆らおうってか」
「迷惑なんです! 他の女子も、先生から言い寄られて困ってるって言ってるんですよ! 誰だって先生が好きって訳じゃないのに、どうして分からないんですか!」
たまきはなりふり構わずに叫んだ。見て見ぬふりをしようとしていた教師達も、彼女の叫びに目を向けざるを得なかった。
「たまき、テメェ……!」
「それから、わたしの事は苗字で呼んでください! わたし、先生と友達になったつもりもありません!」
「お前っ……!」
教師が顔を真っ赤にして、拳を振るおうとした。それが見えた以上、俺は当然止めに入る。
「な、テメェっ!」
教師が無理やりに引っぺがそうとした。一つ驚いたことがある。口では大層な事言ってる割に、大して力がなかった事にだ。本当に軽く握っているだけなのに、教師は鼻息を荒くしても俺の手をほどけない様子でいた。
「どうしたんですか」
「てめぇッ、教師に暴力振るう気か!」
「いや、ただ腕を掴んでいるだけなんですけど」
「この野郎っ!」
「おっと……」
教師が拳を振りかざしてきたので、とっさにかわす。すると勢いがつきすぎたのか、飛んでいく。しかも運が悪い事に、つい俺の足がひっかかってしまい激しく転んでしまった。
「大丈夫ですか先生」
「松谷丹、テメェ!」
教師は鼻をさする。よく見ると、鼻を打ったらしく血が出ていた。勿論足はひっかかったのではない。俺がひっかけてやったのだ。
「鍛えてるって割には大した事ないんですね」
「何だとテメェ」
「アンタができんのは、せいぜい自分より弱い子供をビビらせるだけ。その程度で済むぬるい鍛え方しかしてないくせに、根性根性って言うの、一種のギャグなんですか?」
「ちょ、由倫くんっ!?」
「テメェ誰に向かって口聞いてんだオラァ!!」
「しかも一番面白いのは、格下相手に勝って猿みたいに喜ぶ所ですね。でもそういう所を鑑みれば、教師って職は天職なんじゃないですかね」
「テメェ……」
教師は猿みたいに顔を真っ赤にしてこちらを睨む。力の差を理解したから、向こうは睨むしかできないんだろう。矮小な存在ってのは、こういう奴の事を指すんだな。
「まあ、いわゆる忌憚のない意見ってやつですよ」
それで文句があるならいつでも喧嘩上等。ってまあこの程度なら相手にならなそうだがな。
「クソガキが、生意気言いやがって」
「こっちは毎日大変ですからね。この前も高難易度指定されたダンジョンを三人で進まないといけなくて。死者どもは基本十数人で来て、魔物は延べ百程。そいつらを同時に相手取る。それに比べりゃ、アンタみたいに貧弱なやつなんか相手にならないんですよね」
「テメェっ……」
「まあいいです。どうせ相談するだけ無駄だって最初から分かってたんですから。学生証の件は自分で何とかします」
面倒になる前に立ち去ろう。そう思い、たまきの手を取り職員室を後にした。
「松谷丹!」だが入り口前で、教師が叫ぶ。「覚えてろよ! この事を全部教育委員に報告するからな!」
「どーぞご自由に」
心底どうでもよかった。とにかく俺は、今すぐあの臭い息から解放されたかった。
自分がこれからどうなるのか、というのはあまり気にならなかった。どのみち引っ越しを考えてるし、そうなれば転校もしないといけないからだ。むしろ去る前にあの教師の鼻っ柱を折ったのは爽快だった。あれで懲りればいいんだけどな。
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