遠征編

第28話 学校へ連れてって

 ほとばしる快感で、眠りから覚めた。うつらうつらとしながら目を見開いて行くと、クシナが俺の股座から顔を上げて、じゅるりと涎を啜る。


「おはようございます、由倫様。本日も美味しゅうございます」


 高難易度ダンジョン攻略の夜からこちら、俺はクシナとたまきの二人と恋仲になった。以来、夜はもちろん、朝も眠っている俺を気にも留めず、をしている。


「ったく……」


 快感に身をゆだねた後は呆れの方が強くなるものの、これが夜になるとまた元気になる。それが二人にとっても嬉しい事なのだろう。だって毎晩体を交わらせられるんだからな。


「おはよう由倫くん」奥から裸エプロンのたまきが、今日の朝食を持ってやってくる。彼女が来てからうちの食事事情は大きく改善された。以前までは外食なり弁当なりを買っていたのだが、今じゃあ毎日たまきの手料理となっている。「朝ごはんできたから、一緒に食べようよ」


「せめて服を着てからにしたらどうだ」


 俺は身体を寄せていたクシナの頭をなでつつ、ベッドから起き上がる。毎晩三人に乗っかられているからか、ぎしぎしと不快なたわみ音が鳴る。もっとデカいのを買ったほうがよさそうだ。


「えー? めんどくさいし、由倫くんならこっちのほうがいいかなって」


 たまきは自分を見回す。振り向きざまにもちもちとした尻が揺れる。


「由倫様。お出かけになる前にいかがなさいますか」


 興奮していると思ったのか、クシナが耳元でささやく。


「朝から疲れさせるなよ……」


 いくら高校生だからといって、何度もヤってれば疲れも残る。特にここ最近は夜も遅く、朝もたたき起こされるような感じだ。嫌気がさしたって訳ではないが、たまにはゆっくりと寝かせてほしいものだ。


 とはいえ今日は学校があるので、そういう訳にもいかない。俺はクシナが脱がせたままだった下着とズボンを履いて、朝食にありつく。


 献立は白米とみそ汁、海苔に鮭。以前の菓子パンだらけも悪くはないが、やはり日本人らしく白米が一番だ。


 朝食が終わり、片付けと身支度も済ませる。まだ登校時間までは暇があるので、俺たちは以前から行っていたある話題に話を弾ませていた。


「あ、この辺りはどうかな」


 たまきがスマホを見せてくる。そこには都心のタワーマンションが表示されていた。


 そこは一階の半分ほどの大きさを閉めており、部屋割りも2LDK。購入時の価格は5億ほど。内装も高級ホテルよろしく、豪華絢爛といった感じだった。ただし、問題がいくつかある。


「駅が近すぎないか。それに学校も遠い」

「えー、そうかな?」

「後な、たまき。いくら300億が入ったからといって、年収は変わってないんだぞ。第一タワマンなんか景色がいいだけで、それ以外は面倒しかないからな」


 まず住人との社交界という、格差社会の中で生きなきゃならない。腰巾着みたいなおばさんが夫の年収や息子の学歴を鼻にかけて、自らの功績のようにくどくどと話したりとかな。かくいう夫も自分以外は奴隷みたいな考えで、人命やモラルよりも金、金、金。普段は偉ぶっていても、責任を問われる立場にいるとまるで泥棒のようにコソコソし出す。んでそのドラ息子も二言目には「俺の親父は~」と、自分の爪も満足に切れないくせにえらぶったりするワケだ。中学の時、そういう奴がいたんだよ。ま、父親の不正の証拠を掴んだら死んだセミみたいに大人しくなったが。


「でも周りの景色とかよく見えるんだよ? 都会の夜景を見ながら由倫くんと……」


 そっから先は破廉恥な事を考えていたのだろう。たまきが呆けたように顔を赤らめる。


「そういう時はホテルに連れてってやるよ。エステや温泉付きのな」

「ホント!?」

「だから自宅くらいは一軒家か、ここみたいに一般的なマンションでいい」


 俺も先ほどからスマホで見ていた、都心の空き物件を流し見していく。そこまで大きな物件でなければ、タワマンよりも全然安い。


「うーん、由倫くんがそう言うなら」

「ほら、こことかどうだ」


 丁度いい物件を見つけたので、それをたまきに見せてみる。するとすぐに表情が明るくなった。


「わぁ、ここいいね!」


 ちょっと洒落た新築の一軒家で、価格も二億に収まる。駅からもそれほど近くなく、自転車で数十分という所に高校もある。


「だろ。部屋数もけっこうあるし」

「確かに、こういう所ならわたしも大賛成だよ!」

「ならここを――いや、こっちもなんかよさそうだな」


 ふとページを見てみると、よさげな物件を見つけた。こちらも新築の一軒家で、価格は三億半と少し張る。だが駅の距離、学校の距離、周囲の店舗状況など、俺が考える上で最も理想的な立地だった。


「へー、こんなところもあるんだね」

「価格は少し張るけどな」

「でも由倫くんが言ってた条件にはぴったり当てはまるね」

「ただ、部屋の間取りがな……」


 庭もついてるし、十分魅力的な物件ではあった。ただし家そのものも広々としており、部屋から部屋も遠い。その上部屋数も多く、使わない部屋も確実に出てくるだろう。その為に三億は無駄な気もする。


「確かにね。部屋は三人一緒だし、いくつか余っちゃいそう」

「待て。何で三人で同じ部屋に住むことになってんだ」

「え? だってわたし達恋人なんだよ? ねぇクシナちゃん」


 俺たちのやりとりをぼうっと見ていたクシナが、大きく頷く。


「勿論です。由倫様と違う部屋など、考えられません」

「ほら、クシナちゃんもこう言ってる事だし」


 こいつら、どんだけ俺の事好きなんだよ。


「ま、まぁ書室とか作れそうだしいいかもな。夢だったんだよ、自分用の書室作るの」


 ぽっと出の出まかせだったが、二人は信じてくれたようで頷く。


「わぁいいね、書室。落ち着いた空間で、一人静かに本を読む由倫くんかぁ……」

「妄想は自由だが、口に出すのはやめてくれ」


 その声が届いたようには見えず、たまきは自分の世界に浸ってしまった。


「由倫様」ふとそこへ、クシナが声をかけてくる。どうやら彼女も、自分で物件を探していたようだ。「こちらはいかがでしょうか」

「どれどれ……」


 見てみると、いかにも古めかしい感じの物件だった。築年数は第二次世界恐慌以前で、調べた限り備品も世界恐慌以降選定された仕様にはなっていない。おまけに『リフォームの必要あり』とも書かれており、実際の価格よりも費用は高くつくだろう。


「いかにも昔って感じ。でもこういうのも風情があっていいよね」


 妄想から戻って来たたまきが、顔をのぞかせてくる。


「だがリフォームにかなり額がかかるぞ」

「りふぉおむ、とは?」


 クシナが首をかしげる。一瞬たまきが「え、知らないの!?」と言いたげにひどく驚くのが見えた。


「家の内装を建て替えるんだよ。古くなって使えなくなった備品を新しくしたり、あるいは見栄えのために壁とかを取っ払って、自分好みの内装にしたりとかな」

「つまり、浴場の壁を外して、いつでもわたしの裸を由倫様にお見せできるというのですね」

「何故そういう考えになる」

「あ、じゃあお風呂場をガラス張りにするってのはどうかな?」

「一々乗るな」


 誰でもいいから、この人たちの性事情をマトモ側に戻してもらえないでしょうかね。下手するとこの二人、その辺の男よりもスケベだぞ。


「ですが……出来ればこの家はこのままのほうがよろしいかと」

「どうして? だってお風呂とかも小さくて一人しか入れないし、部屋の密封性とかも悪いよ、こういうとこ」

「かもしれませんが、この家に住む姿が何故かしっくりくるのです」


 クシナの言葉に、俺はたまきと顔を見合わせる。それからは会話が続かなかった。彼女の言葉にも一理がない訳ではない。確かに古めかしい家というのは、見ていると心が落ち着く。それは俺たちの先祖が、こういう風景に包まれて育っているからだろう。いわば、遺伝子に刻まれているというか。


「……あ、もう学校行かないと」


 呆けていると、たまきがスマホの画面を閉じていそいそと立ち上がる。時計を見ると、既に本来出かけようとしていた時刻を回っていた。


「そうだな。続きはまたあとでやるか」

「うん」


 通学中も学校でも、たまきと話せる機会は充分にある。わざわざ遅れてまでするような内容じゃないし。


 用意していた鞄を手にとり、立ち上がろうとした。ふとそこで、物足りなさを感じる。普段なら「いってらっしゃいませ」と挨拶してくれるクシナが、今日は何も言わずじっと座っていた。よくみると彼女は、頬をふくらませていた。


「どうした、クシナ」


 俺の問いに、クシナは答えてくれなかった。


「クシナちゃん?」


 たまきも声をかけてみる。するとクシナは、首だけをこちらに向ける。


「お二人だけずるいです」

「え、どうしたのいきなり?」

「お二人は学校でも一緒にいられるというのに、私だけ留守を任されるのは不公平です」するとクシナは、大げさなフリで立ち上がる。「私も、学校へ連れて行ってください」

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