第27話 夜の帳

 鑑定屋の一件を終えて、俺たちは自宅へと戻っていた。戻ってから数時間たった今では普段通りで、その数分前には悲惨な光景があったようには見えないだろう。


 ふと時計を見ると、そろそろ夜も深くなる頃だった。日付が変わるまで一時間ほど。


「兼木」終電を逃せば、兼木は帰れなくなるだろう。「そろそろ帰った方がいいんじゃないか。終電間に合わなくなるぞ」

「え? あ……うん。そうだね」


 先ほどはSランクという響きに騒ぎ立てていた兼木だというのに、今はなぜか元気がない。騒ぎすぎて疲れたのか。


「疲れたのか? まああんなに騒げば当然か」

「うん。そうだね……」


 あまりの喜びっぷりに、兼木は祝杯を挙げようとか何だとか言って散々俺たちを付け回していたからだ。無論、俺たちは高校生なので夜中まで店に入っていられない。なので途中でコンビになりスーパーなりによって、自宅でおやつパーティーを開いてしまったのだった。


 内約についてはあまり触れたくない。というか結局、兼木が騒ぎ続けただけである。俺はその度に、隣の部屋からクレームが来ないかと気が気でならなかった。一応、防音タイプの部屋なのである程度は大丈夫だろうが。


 それに、片付けも一番騒いだ兼木がやってくれたし。それもあって興奮も冷め、今に至るのだろう。


 兼木はため息をつくと、鞄をその場に降ろす。それから何度か俺をちらちら見ながら、鞄に手を伸ばしかけたり辞めたりを繰り返す。


「どうしたんだよ」

「あー、うん」


 歯切れの悪い言葉は続かなかった。


「由倫様。お風呂はいかがなさいますか」


 そこへいかにも風呂へ入りたがりそうに、クシナがタオル類を持ってやってくる。

「先入っていいぞ」

「ではお言葉に甘えて」


 クシナは俺たちを気に留める事もなく、脇を通り風呂場へ向かった。その様子を兼木がじっと見つめながら、振り向き直すと頷く。


「松谷丹くん」揺れる瞳をじっとこちらに向けて、兼木は言葉を紡ぐ。「今日、泊っていっていいかな?」

「別に構わないが」


 散々重い荷物を持って歩いて来たし、クシナを支えたりもしてたからな。その上でじゃんじゃか騒げば、いくら十代の若者とて疲れないはずがない。俺も出来るならさっさと眠りたいくらいだ。


「あ、ありがとう。松谷丹くん」


 別に感謝されるほどの事じゃないと思うが。何となく、兼木の頬が赤くなっている気がした。


「どうした? 疲れで気分が悪いのか?」

「え? あー、そんなことないと思うけど……」


 などとごまかしながら、兼木は手をうちわに見立てて仰ぐ。まだ夏が終わっていない今日、夜とも言えども熱帯夜。クーラーもまだ効いてないし、部屋も暑いもんな。


「クシナが風呂から出たら先入っていいぞ」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


 兼木は部屋に置きっぱなしにしていた鞄から、着替えとタオルを取り出した。


 それから三人とも風呂を終えて、就寝の準備を整えた。クシナは俺のベッドに潜るやいなや、さっさと寝息を立てはじめる。それだけ疲れていたんだろう。あの光を出した時の疲労ではないだろうが。


 片や俺は、斉賀の配信を見返していた。アカウントはBANされていたものの、有志が上げた配信の動画が上がっていたのでそれを見ることにした。俺たちが進んでいる間、何をしていたのか気になったからだ。


 そこで驚いたのが、奴はなんと俺たちの後を追いかけていただけだったようだ。奴が最初に向かった左ルートなんてものはなく、行き止まりがあっただけ。それからしばらく時間を置いて、奴らは俺たちが進んだ道をそのまま通っていただけ。


 なのに仲間が減っていったのは、俺たちが倒し損ねた敵たちにやられたからだ。それも片手程度の数なのに。ハッキリ言って奴らの練度は、兄のサイガー一人分にも及ばなかった。なぜこの程度で高難易度ダンジョンを攻略しようとしたのかは不明だ。もしかすると、俺がさっさと死んでくれるだろうと期待してたのかもしれないな。


「松谷丹くん」


 ふと、小声で呼びかける声が聞こえた。スマホをどけると、パジャマ姿の兼木が目に映る。


「何だ。布団が臭かったか」


 一応干したつもりなんだけどなぁ。だが兼木は首を横に振る。


「ううん。話があるの」


 そう告げる兼木の表情は、真剣そのものだった。俺は寝転がっていた姿勢を直して、胡坐をかく。


「どうした」

「その……あの時の言葉覚えてる?」

「あの時って、覚えがありすぎるんだが」

「えっと、お昼持って行っていったん断られちゃった日」

「ああ、あの日か」


 もちろん覚えている。俺たちが初めて言葉を交わしたあの日。斉賀が勝負を吹っ掛ける前。


「確か……俺に告白したんだっけか」

「うん」兼木は顔を真っ赤にして、それでもしっかりと俺を見続ける。「今さらって感じかもしれないけど、よかったら返事を聞かせてほしいなって……」


 どうやらあの告白は、恋愛感情でもあったようだ。俺はてっきりファンの言葉として受け取っていたのだが。いや、あの口ぶりからファンの想いで終わるような感情ではなかったのだろう。


「俺の事が、本当に好きだって話だよな」

「うん」


 兼木の吐息が、心音が聞こえた。彼女の顔がすぐそこまで迫って来る。


 正直なところ、俺も兼木と同様の感情は抱いていた。初めて会った時、彼女に見惚れていたのを覚えている。だが日を追うにつれて立場も離れていく彼女を見て、俺は段々とあきらめを覚えていた。それがいつしか、初めて話をして、こうして共にダンジョンを攻略してく仲になるとは、思いもしなかった。


 何より、俺もずっと心臓が高鳴って仕方がない。ならば答えは一つ。


 俺たちは互いに、唇を交わす。互いの心音が重なり、兼木の気持ちが分かるような気がした。初めてでつたないところもあるが、暖かなこの感覚が心地いい。


 唇を離すと、兼木のうるんだ瞳に目を奪われる。


「……由倫くんって、呼んでもいい?」


 その提案を、俺は直ぐに受けた。


「ああ。たまき」


 俺も名前で呼ぶと、再び唇が合わさる。すると次にたまきは、俺を抱きしめるとそのまま押し倒してくる。それから上体を起こすと、彼女はパジャマのボタンを開ける。白いブラウスに支えられた果実は、たわわに実り気持ちをそそらせてくれる。


「わたしの事、好きにしていいよ」


 俺は言葉ではなく、行動で返事を寄越す。体を起こして、豊満なそれに手をかけ――。


「ずるいです」

「がぁっ!?」

「きゃっっ!?」


 突然、クシナの声が聞こえた。振り返ると、クシナが眉をの字にする勢いで曲げていた。


「お二人で抜け駆けなど卑怯です」

「く、クシナちゃん!?」

「待てって。これには深い訳が……」


 つい出た言葉を気にすることもなく、クシナは顔を近づけてくる。それから俺の両頬に手を置いた。


「由倫様。わたしも貴方をお慕いしているのです。この気持ちは抑えられそうにありません」

「あ、ああ……」

「失礼なのは承知の上です。でもわたしは……かような光景を見せられて、耐えられないのです」


 そう告げると、クシナも唇を重ねてくる。たまきとは違う感触ではあるが、つい浸ってしまう。これも男の性というやつか。


「わ、わたしもっ!」


 ようやく離れたと思ったら、今度はたまきが唇を合わせる。ふとそこへ、クシナが俺の身体に触れる。


「由倫様のたくましいお体……素敵です」

「待てって。ちょっと……」

「待てません」


 クシナは勢いよく服を脱ぐと、俺のズボンも同等の勢いで降ろそうとした。


「ぬ、抜け駆けはずるいよクシナちゃん!」

「私がされたことをそのまま返しているだけです」

「むぅ。わたしはちゃんと由倫くんから許可貰ってるもん!」

「私には必要ありません。なぜならばこの身体も、心も、全て由倫様のものなのですから」

「わ、わたしだって!」


 そう告げて、二人は自らの身体を押し付けてくる。


「頼むから、二人とも落ち着けって……!」

「ご希望には添えられません」

「わたしもっ! ここまで来たらもうっ……!」


 どうやら男の俺よりも、この二人の方が理性を失っている様子だった。くそっ。せめて初夜ぐらいは淑やかに済ませたかったのに。いくら俺でも、こういうのはもうちょっとロマンチックな感じだと想像していたんだけどなぁ。


 やがて体中に快感がほとばしる。結局俺も、天国に上るような思いに身をゆだねる他なかった。

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