第26話 謎の美女、再び

 スーツ姿の女は、相変わらずの余裕を見せていた。長く艶やかな髪をなびかせ、汚れ一つない白のスーツを着こなし、優雅に立ち振る舞う。


「松谷丹由倫。先の高難易度指定ダンジョンについては聞き及んでいるわ」

「そりゃどうも」


 で、用件はと聞く前に、美女は持っていた黒革の鞄からバインダーを取り出す。


「今回の要件についてだけれど、貴方が掘り当てた石油は全て、私達『鑑定局』が全て買い取らせてもらうわ。支払金はここに」


 そう告げて、美女はバインダーをこちらに渡してきた。そこには原油の買い取り金や相場価格、手数料や税、利率を差し引いた金額が提示されていた。


「さ、三百億っ!?」


 いつのまにか横から顔をのぞかせていた兼木が、やかましく大声を出す。だが冷静なままでいた俺には、この計算がおかしい事に気がつく。


「待てよ。原油一リットルの相場を考えても、総額一千万あたりが妥当な額だろう?」


 原油の相場がリッター一万。ポリタンクは十リットル入るからしめて十万。それが百個ほどとなれば、桁は八つの千万が適正価格のはず。この時代でも一千万というのは、十分な大金だ。


「そうね。では内約をざっくり解説するわね」スーツ姿の女は、俺が持っていたファイルの一か所を指さす。「まず石油発掘場所発見に対する報酬が一億程。そしてもう一つ、件のダンジョンは国が買い取ることになったの」

「俺としては別に構わないが、そういうのは普通当人と交渉するもんじゃないのか?」


 もし国があのダンジョンの所有権を欲したのであれば、別にいくらででも取引に応じるんだがな。ただ本人を通さなかったって言う点が気に入らなかっただけで。


「ダンジョンの所有権を持っている訳ではないでしょう? それに、本当なら所有権の買い取り額は貴方のものではなかったんだから」

「まあ普通は自治体とかだよな」

「正確には都道府県となるの」

「そうだっけか? 俺が聞いた話じゃ自治体だって聞いたけど」

「その辺は少しややこしいの。でも今この話は置いておきましょう」


 俺も美女の意見に賛成だった。ネットが使える昨今では、この手の調べ物はいくらでもできる。


「で、何故買い取り額が俺の総取りなんだ?」

「私達が交渉をして、結果貴方が報酬を受け取れるようにってなったの。これはいわば、私達鑑定局からの報酬よ」


 なるほど。わざわざ国と取引をして、買い取り金が俺にいくよう仕向けてくれたって訳か。だが三百億円ってのはいささか貰いすぎな気もするが。


「手数料とかはしょっ引かれたりしないよな?」

「その辺りも大丈夫」


 何故大丈夫なのか、仔細を話すつもりはないらしい。美女は口を固く結び、ただ頷いた。


「なら、ありがたく受け取っておく」

「では、石油についても問題ないわね?」

「ああ。持っていけ」

「分かったわ」


 白スーツの美女は踵を返すと、背後に付き添わせていた男へ声をかける。男たちが一斉に電話をすると、店の駐車場にダンプカーが現れた。それから作業員達も現れて、美女以外はポリタンクをダンプカーへ詰め込む作業に取り掛かった。


「それともう一つ、貴方に渡すものがあるの」

「何だ」

「でもその前に……貴方の冒険者許可証を預からせてもらうわ」

「どうしてだ?」

「いいから」


 美女は手を伸ばす。仕方がないので、俺は許可証を取り出して渡す。美女はそれをスーツの内ポケットに仕舞う。


「え、ちょっ!」

「一体なにを……!」


 一斉に驚く兼木とクシナ。普通こういうのを見ると、許可証をはく奪されたと思っても不思議じゃないだろう。


「大丈夫。貴女たちの考えてるような事はないわ」


 美女は微笑むと、今度は白金色のカードを取り出してこちらに渡してくる。内容は俺が渡した許可証と全く同じだった。カードの色が違うこと以外は。


 そのカードは銀よりも眩く輝き、金よりも気品を纏わせていた。この色は恐らく白金――プラチナ。つまり……。


「松谷丹由倫。冒険者省からの通達を伝えます。此度の活躍にともない、貴方を『Sランク』冒険者として認めます」

「Sランク……」


 初めて聞いたぞ。冒険者ランクはAが一番上だったんじゃないのか。


「ええそう。本来は大規模で行う高難易度ダンジョンを、たった三人で攻略した功績を称えて。ちなみに他のSランク冒険者は、世界中で貴方だけよ」

「つまり俺が、世界で初めての……」

「おめでとう。いえ、貴方の実力であれば当然といったところかしらね」


 美女は何故か、自分の事のように微笑む。


「す、すごいよ松谷丹くんっ!」


 傍らで、またうるさく大声で叫ぶ兼木。耳が痛いんですが。


「我々鑑定局ならびに冒険者省として、嬉しく思うわ」

「そりゃどうも」嬉しいと言えば嬉しいが、実感はない。そもそもランクが上がったところで、やることに変わりはないのだからそこまで喜べない。「で、気になったんだが……アンタは冒険者省の人間なのか?」

「いいえ、鑑定局の人間よ。今回は私が石油に関する話をするからと、ランクアップの通達も兼ねて行わせてもらったってだけ」

「そうか」


 ふとなぜか沈黙が流れる。すると美女は、分かりやすいくらいに大きなため息をついた。


「……とにかく、報告は以上よ」何故か先ほどまでの笑みを消して、ぷいっと顔をそむける美女。「今後とも貴方の活躍を期待しているわ」


 ハイヒールを鳴らしながら立ち去っていく美女。何か初めの頃は機嫌良さげだったのに、何故突然機嫌を悪くしたのか。


「松谷丹くんっ」美女とは対照的に、万遍の笑みを浮かべる兼木。「許可証、もう一度見せて貰ってもいい?」

「別に構わんが」

「ありがとっ!」許可証を渡すと、兼木は引っ張るように受け取る。それを輝く眼差しで見つめていた。「わぁ、これがSランカーの許可証……!」

「そんなにすごいもんなのか」

「すごいに決まってるよ! だって松谷丹くん、世界初なんだよ!?」

「世界初……ねぇ」


 兼木がまるで自分の事のように、許可証を掲げて大喜びしていた。だが俺には、やはりそれほどの感慨はない。ランクアップで手当が入るとかはないし、入れるダンジョンも変わったりしないからだ。


 たとえSランカーになったのだとしても、ダンジョン攻略を行い続けることに変化はない。報酬が特別になったりとか、そういった変化だってないだろう。

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