第25話 高難易度ダンジョン 攻略終了

「……もう大丈夫です、由倫様」


 ようやくダンジョンの出口が見えてきたところで、クシナが目を覚ました。


「もういいのか」

「はい。お手間を取らせてしまい、申し訳ありません」


 クシナはそっと俺の肩から離れると、自分の荷物を持ち直す。


「クシナちゃん、気分はどう?」


 顔をのぞかせてくる兼木に、クシナは頷く。


「多少疲労感は残っていますが、お二人の手を借りるほどではありません」

「良かった。わたしびっくりしたよ」

「あれはいったい何だったんだ?」


 聞いて、返ってくる答えに俺は気づいてしまった。


「分かりません」


 なぜ俺は分かっていながら聞いてしまったのだろうか。そう後悔しつつも、続く話に耳を傾ける。


「え? じゃあどうやって出来たの?」

「何故か出来る、と思ったので」


 補足の為、俺も言葉を付け足しておくか。


「前も言ったが、クシナには記憶がない。今後もこういった現象はあるだろうが、大丈夫だ」

「そっか。記憶はなくても、身体は覚えてるってことなんだね」

「恐らくはな」


 確認のため、クシナの方を向いて確かめる。


「由倫様の仰る通りだと思います。本当に何故出来るのかは分からないのですが、やり方は自然と思い浮かぶのです」

「そのお陰で二回も助けてもらえたんだよね、わたし達」

「そうだな」細かいところは俺も気になるが、現状は特に困ったような事態にはなっていない。それにダンジョン攻略でも有用なのは間違いなさそうだ。ただし邪気を避けたあの方法は、今後避けた方がいいだろう。「ただクシナ、最後のは出来るならやめたほうがいい。見た限りかなり消耗するだろうからな」

「……申し訳ありません。以後は慎みます」

「まあ、どうしてもという時は俺が許可を出すから、そん時までは使わないように」

「はい」


 クシナは深々と頭を下げる。


「それで、この後はどこに行くの?」

「勿論鑑定屋だ。石油を売りさばく」

「そうだったね」忘れていたのか、今更のように兼木は頷く。「一体いくらになるんだろう……」

「一リットルの相場は約一万くらいだったな、前見た時は」

「って事は……」


 兼木が言いかけた時、ようやく出口が見えて来た。俺たちは進み、外に出る。ダンジョンの外は、夜になっていた。幸い鑑定屋はまだ開いている時刻なようだ。


「それは後のお愉しみって事にしておこう」


 ひとまず俺たちはその場を離れて、鑑定屋へと向かう。





 お目当ての鑑定屋は、電車を乗り継いだところにある。時刻は閉店ぎりぎりだったが、無事に間に合った。


 店では駆け込みで鑑定をしに来た冒険者が、列を作っていた。冒険者は俺のように兼業している者も多く、この時間帯は特に混む。普段なら避けるのだが、時間や品物の都合もありさっさと売りさばきたい。


 列に並び、数分。ようやく俺たちの出番が回って来た。受付の男が、かけていた眼鏡を中指で直す。


「冒険者許可証をお出しください」


 以前世話になっていた鑑定屋では、こういった手続きがなかった。それだけ不正を抱えていたのだろう。下手に記録を残せば、自分達の悪事がバレるんだからな。


 本来の鑑定屋では、このように冒険者許可証の提示が必要になる。ICチップが仕込まれた許可証で、これまでの収益などを記録として残すからだ。これが何を示すのかというと、手数料や税金などの計上の手間を省くためである。参考までに、ダンジョン攻略で得た収益は年収に含めて計算される。なのでちゃんと申告しないと……ある日突然、税務署のお歴々と対面することになる。場合によっては、冒険者権利をはく奪される事もあるそうだ。


 ちなみに以前の鑑定屋を使っていた際は、自身で計算して割り出していた。いわば昔ながらの確定申告と同じやり方だ。こっ恥ずかしながら、これらの事実を知ったのはつい最近である。


 そういった意味合いでも、ここを選んで正解だった。俺たちは冒険者許可証を出す。


「松谷丹由倫様、松谷丹クシナ様、兼木たまき様ですね」


 クシナの苗字についてだが、特に記入をしなかった結果なぜか俺の苗字が使われていた。特に役所からあれこれ言われてこない為、ひとまずは放置しているが。


「では本日お持ちになったものを拝見させてもよろしいですか」

「ああ。なら一緒に外へ出て貰ってもいいか」

「外、ですか」


 受付の男が眼鏡の縁を直す。


「ああ」

「ちなみにですが、本日お持ちになられた品物をおたずねしても?」

「石油だ」

「……は?」

「石油だ。それもポリタンク百個分のな」


 真実を告げた者の、受付の男は固まっていた。背後では冒険者たちが、石油という単語に反応を示す。


「石油? 冗談だろ」

「あんな小僧どもが」

「絶対嘘だって」

「待って。あの冒険者、もしかして……」


 誰かがそう言いかけたところで、男が我を取り戻したように息を深く吸い、嘲笑する。


「大変申し上げにくいのですが、当店では冗談の類は扱っておりませんので」

「それは実際に見てから判断したほうがいい」


 俺は外へ指を向ける。男はため息をつきながらも、受付から外回りでこちらにやってくる。


「……では、拝見させていただきます」


 不服そうな男の顔。明らかに嘘だと思っているのだろう。他の冒険者も疑るようなまなざしでこちらを見ていた。


 外に出て、すぐ横にある開けた駐車場のような場所で足を止めた。


「こちらにあると?」

「ああ」

「……何もありませんが」

「今から出す」俺はクシナの方へ顔を向ける。「じゃあ頼む」

「お任せください」


 クシナは早速両手を伸ばして、詠唱を始める。すると光に包まれて、原油の入ったポリタンクが現れた。だがこれでも、男は信用していないような表情だった。そりゃそうだ。いきなり目の前にポリタンクが現れても、マジックの類だと思われるだけだろう。


「念のため、本物かどうか確かめさせてもらいます」


 男は急いで店舗へと戻っていく。それから測りのような機械を持って、駆け足で戻って来た。一方で店にいた他の冒険者たちも、様子を伺うように外へ出ていた。


「では、中身を拝見させてもらってもよろしいでしょうか」

「ああ、もちろん」


 俺はポリタンクのキャップを開ける。鑑定屋の男はその中に測りを突っ込み、目盛りとにらめっこを始めた。


「えっと……」機械の数字と目盛りを交互に見やり、男は出た数字に目を丸くした。「純度……百パーセント。種類……百パーセントの確率で原油……!」


 男は見開いた目をこちらに向ける。


「ちなみにだが、ポリタンク一つだけじゃない。クシナ」

「お任せを」


 クシナは次に、ポリタンクを十個出現させた。


「こ、コピー品であるかを検証させてもらいますっ!」

「ご自由に」


 男は慌てた様子で、新たに出たポリタンク十個に目盛りを差し込む。


「純度……百。純度……百。これも百。これも……これも……コピー品の可能性、ゼロ……!」

「まだあるんだが、大丈夫か」

「え? あっ、え?」


 男が困惑している間にも、クシナはポリタンクを次々と出していく。そろそろ広大な駐車場を埋め尽くすほどになってきた。


「待ってください! まだ検査が……!」

「と言われても、まだ二十個以上はあるんだが」

「か、鑑定は結構です! 結果は原油そのものです! ですからこれ以上は……」

「そうか。まだあるから全部売らせてくれ」

「払い戻せるお金がありませぇぇぇぇん!」


 鑑定屋の受付の情けない叫びは、やまびこになるほど響いた。そこは考えていなかった。思えば鑑定屋というのは、金を出す側の店舗だ。いくらか手数料や売り上げをため込んでいるとはいえ、場合によっては払い戻し金額が不足する場合もある。


「どうする松谷丹くん。一旦ここで何個か売って、別の鑑定屋で売った方が……」

「と言われてもなぁ。利率がいいのはここだし」


 第一原油を取り扱える鑑定屋があるのだろうか。石油の場合、殆どは総括である鑑定局との直取引がメインらしいが。肝心の鑑定局の知り合いがいない。仮に別の鑑定屋で売っても、同じ状況になりそうだ。ただでさえ交通費が異常な高騰を見せているのに、無闇にほっつき歩きたくないな。


「心配には及ばないわ」


 ふとそこへ、さっそうと白いスーツの美女が現れる。白いハイヒールをカツカツと鳴らして、長くつややかな黒髪をなびかせる。


「あ、貴女は……!」


 鑑定屋の男が驚くも、女はそちらに目もくれず一直線に俺の元へやって来る。

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