第24話 高難易度ダンジョン攻略 ボス戦その二

「すごい圧力……」


 兼木が言った通り、途方もない圧力を感じる。俺ですら体が震えているというのに。


 だが何故か、鎧武者は刀を構えなかった。対話を望んでいるのだろうか。


「あんた、何者だ」


 試しに声をかけてみる。


「ちょっ、キーファンさんっ!?」

「いいから」驚く兼木を諭して、再び鎧武者へ目を向ける。「何か俺たちに話したいことがあるのか」


 鎧武者は答えず、刀も構えない。試しにこちらが先に刀を構えてみたものの、やはり微動だにせず。


 そのまましばらく時を待つ。下手に動いたところで、こいつが何をしてくるのか分からない。いっそ神剣でさっさと終わらせるか。その考えもよぎった。そうしなかったのは、向こうから殺意を感じなかったからだ。


 奴が邪気を放ってきたのは間違いないだろう。ならばもう一度放って来ればいい。なのになぜ、こいつは何もしてこないのか。


「……へっ。どんな怪物かと思ったらただの人間かよ」


 ふと、聞き覚えのある声が聞こえてくる。斉賀だった。


「斉賀くんっ!?」

「よォ兼木ぃ。それとも『たま姫』って呼んだ方がいいのかァ? え?」

「どうしてここに!?」

「んなもん決まってんだろ。まだ勝負は終わってねーからだよ。しかもありがてぇことに、どっかの誰かが下層の敵を全部ぶち殺してくれやがったからなァ。お陰で無事にボス部屋まで来れたぜ」


 斉賀の言葉通り、奴の様子は兼木を突き落とす以前から変わっていない。


「それは良かったな。なら引き返した方がいい。あの鎧武者は普通じゃない」

「あ? このオレに指図すんのか陰キャ野郎が」

「お前の兄貴も同じ事を言ってたぞ。だから死んだ」

「うるせー! 誰がテメェの指図なんか受けるか!」斉賀は俺のほうへ小石を飛ばす。避けるのは簡単だったが、これ以上腹を立たせても仕方がないので黙って受けて置く。幸い、小石は肩の固い部分にあたったので痛みはない。「そんな事より……」


 斉賀はのこぎりのような武器を構える。


「よりにもよって高難易度ダンジョンのボスが、こんな弱そうなやつだったとはなぁ」

「斉賀くん待って! そいつはただの――」

「うるせーっってんだよ! 先にテメェらを殺してやろうか!」斉賀はのこぎり型の武器を振るい、こちらを威嚇してくる。「こんな雑魚、さっさと殺して終わりにしてやるぜ! そうすりゃ手柄は全部おれのもんだからな!!」

「そうか。なら好きにしろ」


 これ以上何を言ったって、奴には届かないだろう。兼木も諦めたように、口を閉ざす。


「言われなくたってやるつもりだ、このクソ陰キャ野郎!!」


 俺は構えを解いて、斉賀の様子を伺う。奴は一気に駆けだすと、鎧武者へのこぎり型の武器を振るう。


 以外にも奴の攻撃は届き、鎧武者の兜が切り落とされる。すると鎧がまるごと崩れて、その場に落とされた。


「へっ! 弱すぎんだろコイツ。ワンパンで死にやがったぜ」


 斉賀は重なっていた鎧を蹴り飛ばして散らかす。満足したのか、踵を返――。

 瞬間、何故か斉賀の四肢が紫色の邪気で切り落とされた。


「あ?」一瞬気がつかなかったのだろう。だが自分の身に起きた出来事を知ると、斉賀は顔をゆがませた「あああああああああああああああああああああああああああああ!?」


「さ、斉賀くんっ! っ……うぇっ……」


 あまりにも悲惨な出来事に、兼木は吐き気を催したようだ。その姿を視聴者に見せないよう、振り向く。だがそこには斉賀の末路がしっかりと移ってしまった。


「どうなってんだよ! テメェは死んだはずだろうが! ざけんなごらあああああああああああああ――」


 叫ぶ途中で、斉賀の身体が宙に浮く。すると影の中から、あの鎧武者が出て来た。奴は斉賀の頭へ刀を突き立てる。


「いやだあああああああ死にたくないいいいいい! 助けて兄貴いいいいいいいいいああああああああああああああああぉゥ――」


 叫びながら、ゆっくりと入刀されて行く斉賀。脳天から真っ二つ。喉元を斬ったところで声が止んだ。そのっま刀は股の下まで切り抜かれ、地面に両断された斉賀が落ちる。


 鎧武者が地面へ降りてくると、再びこちらを向く。だが今度は殺意をむき出しにして、刀を構える。そして、奴の周囲を禍々しい邪気が包む。


 視界には、奴が無数にもいるように錯覚してしまった。そうか、これが正体か。俺は刀を構えなおす。


 ふと手元のアメノムラクモが、邪気に共鳴しているのが分かった。体の底から力があふれてくる。こいつとなら誰にも負けない。そう確信できるほどに強い力だ。


 鎧武者から邪気が解放された。瞬間、無音になる。奴の姿は消え、あらゆる空間が闇に包まれる。


 迷う必要はなかった。ただ、振れ。アメノムラクモがそう告げていたからだ。正確には、俺が勝手にそう思っただけかもしれない。だが俺はその通りに刀を構え、一閃。


 風をなで斬りにする音が響きわたる。そののち、無数の光が雨のように降りそそぐ。雨は押し寄せてきた邪気を打ち付け、鎧武者が幻含めて、なすすべもなく朽ち果てていく。


 雨が止むと、そこには邪気のない空間だけが残った。再び世界がもどる。


「……今の、何……」


 背後では、困惑していた兼木の呟き声が聞こえてくる。俺自身も、困惑を隠しきれなかった。


「これが、アメノムラクモの力……」


 たった一瞬で決着をつけたこの力。これこそが神宝。きっとこいつとなら、どこへだって行ける。そう確信できた。


 全てが終わり、深呼吸。刀を鞘に仕舞い、踵を返して兼木達の元へ。


「大丈夫か」

「あ……うん」


 兼木は腰の力が抜けたように、おもむろにその場へ座り込む。クシナの頭を支えてやると、自分の太ももへ置いた。


「少し待っててくれ。周囲を捜索する」

「うん」


 力なく返事を寄越す兼木。俺はスマホを取り出して、視聴者へと向けた実況でもしながら捜索をしようとした。


 案の定、コメント欄は盛り上がりを見せていた。


『マジかよ』

『高難易度指定のダンジョンをたった三人で攻略するとは』

『俺ら、歴史に残る伝説に居合わせてる?』

『元冒険者だけど、この人は間違いなくイレギュラーだよ』

『自分でも本当にこんなことが起きたのか信じられない』


 自分でもよく分からないのだから、視聴者も分からなくて当然だろう。神剣だと思っていた武器が本当に神剣だったし、そいつにとんでもない力がこめられていた。自分でもとんだもんを掘り出してしまったものだと気おくれしそうになる。


「……えー、というわけでボスを倒したので、ちょっと周辺を捜索してみます」


 視聴者に向けてそう告げると、返事のコメントがいくつも寄せられてくる。


『すげー』

『高難易度ダンジョン攻略後だってのに、平然としてる』

『俺なら浮かれすぎて配信どころじゃないのに』

『キーファンさんクラスになれば……いや、俺も駄目だな。絶対浮かれる』


 正確には実感がないだけなんだがな。でも謙遜し過ぎてもよくないし、言葉はとどめておく。


 あらかた周囲を捜索してみたものの、やはり価値になりそうなものはない。金塊や古びた武器。どれも逸品ではなくありふれたものばかりだ。似たような飾りに模様。拾っていったところで荷物になるだけだ。


 唯一斉賀のスマホを見つけたが、そこには配信ページが消えて『お使いのアカウントは利用停止になりました』という無機質な文だけが残されていた。奴が死んだ以上、勝負どころではなくなっているが、まあいっか。


 ほとんどのダンジョンであれば、ボス部屋の後には価値のある物が眠っている事が多い。だがサイガーと攻略したダンジョンや、今日のはオケラだ。代わりに石油をたんまりと手に入れたので、それで良しとしよう。


『高難易度って割には報酬しょぼいね』

『石油の入ったポリタンク一つすら届かなさそう』

『他に石油が出てくるところとかあるんじゃない?』


 視聴者の提案に乗り、耳を澄ませたり、壁に手を触れて確かめる。だがどこからも石油が出てくる気配はない。


「どうやらあそこだけらしいですね、石油が出てくる場所は」

『せっかく苦労したのに報酬がしょぼいんじゃあやるせないよね』

『実は高難易度じゃなかったりして』

『そういう間違いとかってあるんですか?』


 視聴者からの質問か。


「その辺は、俺は局の人間ではないので詳しくは知りません。ただいくつか突破が難しいと感じたエリアもあるので、その辺を鑑みると高難易度は妥当なのではと思いますが」

『というかキーファンさんがすごすぎるから大した事ないって思えるんだと思う』

『↑それはありえる』

『全く苦戦しなかったもんね』

『ボスもほぼ瞬殺だし』

『だまして悪いが……とかもなさそう』


 むしろそういう展開のほうがいい気がしなくもない。まあ、クシナの事を考えるとどのみち一旦帰らないといけないけどな。


 全体を見終わったところで、そろそろ兼木たちのもとへ戻る。クシナの方はだいぶ落ち着きを取り戻していたのか、穏やかな寝息を立てていた。


「クシナはどんな感じだ」

「うん。だいぶ落ち着いてるよ」

「そうか」そろそろ帰るべきだが、目を覚ましそうにはないな。「疲れて来ただろ。帰りは俺が代わる」

「あ、うん、ありがと」完全に配信を忘れていたのか、兼木はキャラを忘れて普段通りの声色で喋る。こほんと咳払いをして、喉の調子を整えると玉響琴音の声に戻った。「えっとキーファンさん、周囲にめぼしいものとかはあったんですか?」

「いや、なかった」

「そうですか……」

「というわけで、そろそろ帰ろうと思う」

「ですね」


 兼木が立ち上がると、俺はスマホを出す。


「えー、ちょっとばたついてて申し訳ないんですが、これで配信を終わりたいと思います。何かエンディングとか用意できなくて申し訳ありません」


 他の配信者の場合、ダンジョンを攻略し終わった後にエンディングだのをつける場合が多いという。俺は攻略が済んだらとっとと配信を切るスタイルだったので、用意していなかった。


 というより、エンディングそのものが決まらなかったという方が正しいか。兼木はもし負けたらと心配だったようで、そうなったら意味ないだろうと言っていたからだ。かく言う俺も、エンディングを作る暇がなかったというか。まあそれはいずれ用意しておこう。


 俺の挨拶も済んだことで、今度は兼木の方へスマホのマイクを向ける。


「お友達のみんな、今日もありがとー。キーファンさんも、今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

「それじゃあお友達さんのみんな、ばいなー」

 独特な別れの挨拶をして、兼木は手を振りながらしばらく「ありがとー」とか「お疲れ様ー」と告げていた。俺も何度か別れの挨拶を告げて、配信停止のボタンを押すとふぅっとため息をつく。


「大丈夫か」

「うん。なんだかいろんなことがありすぎて……」

「そうだな」


 たしかにいろいろとありすぎたよな。特にまだDランクの兼木にとっては、あまりにも強い刺激だったろう。Aにもなればこういったのは日常茶飯事だし、慣れてしまうものだが。


「結局、斉賀くんとの戦いはどうなんだろう」

「どのみち向こうの負けだろう。ほら」


 俺は捜索中に拾ったスマホを、兼木に渡す。


「……BANされてる」

「だろ? じゃあもう俺たちの勝ちでいいはずだ」


 あの世からこっちの負けだと言われても、俺たちには死者の声は聞こえない。


「……そうだね」


 兼木は笑みをこぼしながら、頷く。


 これで完全にダンジョンは攻略完了といった具合だろう。あとは地上へと戻るだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る