第23話 高難易度ダンジョン攻略 ボス戦その一

 不思議にも下層であるこのエリアには、敵が一人もいない。それらしき骸はいくつも見つけたが、殆どは見るも無残な姿を残していた。ただ、どの骸にも言える共通点がいくつかあった。一つは刃物のようなもので斬られた痕がある事。もう一つは、切り傷がどす黒く灰のようになっている点だ。


 斉賀の仕業でないのは間違いないが、他の冒険者がここまでやって来たというのだろうか。


「これ、どうなっているんですかね」


 兼木も付近を探しながら、呟く。


「分からない。死者も魔物も、全員やられている」


 本来であればこの辺りには、死者と魔物の組み合わせで襲いかかってくるはずだったのだろう。だが何者かによって、全て断ち切られている。


「気を付けてください」突然、威圧感さえ感じるようなクシナの声が響く。「奥から尋常でない邪気を感じます」

「邪気……?」


 兼木が声を震わせながら尋ねる。


「はい。まるで全てを呪うような、恐ろしい怨念が……」


 言いかけて、クシナは言葉を止める。よく見ると彼女の額からおびただしい量の汗が流れていた。寒気を感じるのか、身体も震えている。


 同時に、リュックの中から違和感を覚えた。開けてみると、アメノムラクモから妙な光が見えた。取り出してみると、刀の刃紋に白い光が流れていた。


「刀が……」


 恐る恐る、兼木が顔をのぞかせてくる。


「もしかして、邪気とやらに反応しているのか」


 神宝のじいさんが言っていたが、この刀は生きているという。つまりこれは、奥にいる邪気とやらに反応しているのか。


「進みましょう」


 クシナが初めて、提案ではなくそう告げた。


「クシナ、この奥に何かあるのか分かるのか」

「いえ。ですが……彼奴を野放しにするのは絶対に避けるべきです」


 何かにかられたように、必死な形相で答えるクシナ。俺は兼木と顔を合わせて、頷く。


「ならそうしよう」

「うん。どのみち奥へ進まないといけないからね」

「ありがとうございます」


 クシナは丁寧にお辞儀をした。俺は刀をアメノムラクモに変えて、奥へと進む。

 進むたびに、邪気とやらを自らでも感じるようになってきた。体中から冷や汗が流れ、どこかから『来い』とも『来るな』ともとれる声が聞こえてくる。そのせいか足取りも遅い。


 突然、地面が揺れる。地震ではない。


 ふと奥から、邪気のようなものが波のように押し寄せてくるのが見えた。


「危ないっ!」


 クシナが前に出て、詠唱もせず両手をかざす。すると目の前に光が二つ現れて、俺達を光に包む。


 紫色の邪気が押し寄せてくると、光が俺たちを守ってくれた。邪気は間を通り抜けて、岩肌を切り刻むように通り過ぎていく。難を逃れると、光はまるで息絶えたように輝きを失っていき消えていく。


「今の……危なかった」


 ぽかんと口を開けながら、兼木が呟く。邪気が切り刻んだ岩肌を見てみると、まるでかまいたちのようだった。同時に切り口に黒い部分が見える。


 それで確信した。どうやら邪気の正体とやらが、道中の死者や魔物たちを倒したのだろう。


「恐らくあの敵たちはこれにやられたんだろう」

「仲間割れって事ですか?」

「多分な」頷き、足を進めようとした。だが足もとで、クシナがうずくまっているのが分かった。「おい、クシナ!」


 身をかがめて、彼女の様子を確かめる。


「……大丈夫です。咄嗟の事で……」


 そう告げるクシナの状態は尋常でなかった。体中から汗が噴き出ているだけではなく、普段は全く崩れない表情が崩れて、苦しそうに悶えていた。


「クシナちゃん、大丈夫!?」


 兼木も介抱するように、クシナの背をさする。


「わたしの事は……それより、あの者を……」

「そんな事言ってられないよ!」兼木は力を振り絞って、クシナの肩を支える。「わたしに掴まってて!」

「……申し訳ありません」


 クシナも力ない声で謝罪する。


 再び地面が揺れる。奥から紫色の邪気がかすかに見えた。


「うそ、こんなとこでっ……!」


 兼木が怖れる傍らで、クシナが力を振り絞るように掌を前に突き出す。だがそこで完全に力尽きたようで、がっくりとうなだれてしまった。


「クシナちゃん!」


 叫ぶ兼木。ふとアメノムラクモに目が行く。もしかするとこいつで防げるかもしれない。


 迷う暇はない。俺は刀を構える。


「キーファンさんっ!」

「任せろ。こいつなら出来るはずだ」


 やがて来る邪気。俺は無心で刀を振り下ろす。一瞬世界が光に包まれた。刀から光波が放たれ、邪気を振り払うどころか跳ね返した。


「……すごい」


 兼木が呟く。俺はアメノムラクモへ目を向けた。正直こいつが神宝かどうかについては、疑いの目を向けていた。だがこれで確信が持てた。この刀は間違いなく、神剣『アメノムラクモ』なのだと。


「進もう。早く邪気の主を倒さないと」

「……うん」


 ここで待っている理由はない。兼木はクシナを支え直して、俺の後に付いて来る。

 何度か邪気が放たれてきたものの、全てアメノムラクモが跳ね返してくれた。奥へと近づくにつれ邪気が放たれる間隔が短くなっていたが、そんなものは神剣にかかれば路傍の小石程度。


 やがて開けた場所に出た。あからさまなボス部屋のような場所だった。周囲には何もなく、ただ広い空間。


 その中心に、紫の邪気を纏った鎧武者が鎮座していた。ぼろぼろになった鎧に身を包み、刀を支えにして座り込む。奴はゆっくりと面を上げると、立ち上がる。


「あれが、邪気の主だろう」


 クシナが言っていた事は間違いではない。奴の纏う邪気からは、禍々しい程の怨念を感じる。

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