第22話 高難易度ダンジョン攻略 下層
ふと何故か浮遊感を感じた。まるでパラシュートでも開いたような。そんなものは持っていないはずだが。
恐る恐る目を開いてみると、俺たちはゆっくりと落ちているのが分かった。世界が遅くなっている。いやでもあのポーションは飲んでいないぞ。
ふと隣に、クシナが見えた。何故か走らないが、彼女は光に身を包んでいた。いや、よく見るとそれは俺たちも同じだ。
「由倫様」
「クシナ……これはいったい」
「……え」
兼木も気がついたようで、瞼に涙を浮かべながら辺りを見回す。
「分かりません。ただどういうわけか、出来ると思ったのです」
クシナも自分で何をしているのかよく分かっていないようで、不思議そうにしていた。
「……全く」
でもそのお陰で、俺たちは助かりそうだ。
この空洞は間違いなく下層へと続いているのだろう。結局ここまで来る事になるのか。
しばらく浮遊した後、ようやく見えた地面にたどり着く。体の外部を廻っていた光が消えて、再び重力がやってくる。
「すごい……。私達、生きてる」
兼木が素っ頓狂な発言をした。無理もない。普通なら死んでいるだろう場面で、俺たちは無事に生還したからだ。それも、クシナのお陰で。
「助かった、クシナ」
「お役にたてて何よりです」
まるで当然の義務かのように、飄々とお辞儀をするクシナ。
「本当だよ。クシナちゃんすごいね」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「謙遜しなくていい」出来ればもっと喜んでほしい。それぐらいの事をしたんだから。そう思い、俺はクシナの頭をなでる。「今回ばかりはクシナがいなきゃ、間違いなく死んでたんだからな。感謝してる」
「由倫様……」
クシナの頬が赤くなるのが見えた。照れているんだろう。だが、できれば
現状報告の為、スマホを取り出して配信ページを見る。コメント欄でもクシナを賞賛する声がたくさんあった。
『クシナちゃんかっこいい』
『あんな科学式魔法あるっけ? すごい欲しい』
『今回のMVPはクシナちゃんで決まりだな』
『キーファンさんもすごいし、たま姫も頑張ってるけど、今日のヒーローは間違いなくクシナちゃんだ』
配信のいいところは、リアルタイムで感想が見れるという所にある。自分の事ではないというのに、なんだが誇らしく思えて来た。
「見てみろクシナ。さっきのをみんなが讃えてくれてるぞ」
それを共有したくて、俺はクシナに配信ページを見せてやる。
「皆さん、わたしの事を……」
「ああ」
するとクシナは、恥ずかし気に指を組む。
「なんだか、とっても恥ずかしいです」
「クシナちゃんはそれだけの事をしたんだから、当然だよ」
笑顔で答える兼木。クシナはまさに、彼女にとって命の恩人と言えるだろう。感謝もひとしおと言った所か。
「ありがとうございます」
クシナは慎み深くお辞儀をした。配信のコメント欄でも、一面には拍手の絵文字やスタンプ、擬音を模したコメントであふれかえっていた。それをクシナに見せてやると、あまりにも気恥ずかしいのだろう、嬉しさと困惑のあまりあられもない表情になっていた。
普段は表情を崩さないクシナの笑みを、つい可愛いと思ってしまった。
「……キーファンさん?」
それを横目で見てくる兼木。俺は深く息を吐いて首を横に振る。
「どうかしたか」
「あ、いえ……」
普段通り冷静さを保ちつつ答えると、兼木は特に気に留めない様子で顔をそむける。それで会話は途絶えた。
ひと段落したところで、今度こそ現状を確認してみる。恐らく今いる場所は下層階のどこか。ぱっと見敵の姿は見えない。
配信ページのコメント欄でも、クシナへの賞賛も大人しくなり、変わって俺たちの現在位置を危惧する声が上がっていた。
『今どこにいるんだろ』
『下層なのは間違いないと思うけど』
『敵らしきものは見えないね』
『キーファンさんとクシナちゃんがいれば何とかなるだろ』
『↑たま姫は?』
兼木に対してのコメントは続かなかった。視聴者側から見れば、やはり兼木の活躍は分かりにくいのだろう。それに、クシナの功績と比べれば埋もれてしまう程だし。
とりあえずカメラでは分からない事も多いだろうから、視聴者に現状を説明しておこう。
「えっと、ご存知の通りデカい穴を降りて来たのですが、自分でもどこにいるのかは分かりません。下層なのは間違いないと思います」
「あの、このダンジョンの下層まで行った事がある人っているんですか?」
兼木が声だけで質問してくる。
「いないと思う。もしいたらこの辺りに遺体か人骨があるはずだ」
見たところ、人のものらしき何かは見当たらない。それどころか人が通った形跡すらない。つまりこのダンジョン下層を攻略するのは、俺たちが初めてという事になる。
「上層では
「俺にも見当がつかない」
「キーファンさんは高難易度ダンジョンを攻略したことはあるんですか?」
「いや。これが初めてだ」
高難易度ダンジョン攻略時の状況はよく聞いていたため、俺は出来る限り避けるようにしていた、場所によっては旨味が全くないようだし。今回の場合、石油を掘り当てられたのはかなりの幸運だ。第二次世界恐慌以前にあったという、宝くじを当てるようなものだろう。あれもかなり確率低いらしいからな。
「これから先、どうします?」
「待ってくれ。その前に……」
そもそも、兼木を突き落とした斉賀はどうなったのかと、奴の配信を――。と思ったところで、早速先ほどの事件がニュース記事になっていた。
『ダンジョン攻略配信中の冒険者、他の冒険者を突き落とす』
記事の見出しは、まだ時間が立っていないからか洗練されていない。内容も簡素な文が三行程度。だが記事に対するコメント欄はすでに百を超えていた。しかもその殆どが、斉賀を非難する者ばかりだった。
反響はニュース記事だけに留まらない。あらゆる掲示板にはすでに十つのスレッドが立ち上がり、動画サイトでも文字だけの動画がいくつもアップされていた。
中でも一番最悪なのは、これにより斉賀の配信の視聴者が爆増していたという事だった。既に視聴者は一万を超えており、先ほどまでの閑散ぶりは消え失せていた。無論ほとんどが斉賀アンチのためにきていたようなもので、コメント欄では奴に対する非難がびっしりと出ていた。
なのに斉賀は、むしろこの状況を楽しんでいる様子だった。
『「ハッ。コメントでしかイキれねーカスどもが。悔しけりゃこっちまで来てみろよ」』
斉賀が発言するたび、コメントが濁流のように押し寄せる。今だにBANされないのが不思議なくらいだ。
これ以上斉賀に構っても仕方がないだろう。俺は当面の問題へ気を向け直す。
さてさて、またこのパターンだな。訳の分からない穴倉に落ちて、どこか分からない場所に出くわす。ただし前回とは違い、ボス部屋ではなさそうだ。道が入り口側と出口側に続いており、まだ先はあるらしい。
「キーファンさん?」
様子を伺っていた兼木が顔をのぞかせる。
「とにかく進んでみるか」
と告げたが、兼木が耳打ちしてくる。
「斉賀くんはどんな感じなの?」
「絶賛炎上中だ。しかも視聴者が増えてやがる」
「そんな……」
「この勝負、まだ終わりじゃなさそうだ」
万が一にも斉賀が生還した場合、現状では俺達の負けが濃い。視聴者の数を確認してみたが、俺のほうはおよそ百人ほど減っていた。これを斉賀ルールに換算すると、一万人分。現在の視聴者数は三万ほどなので、合わせて視聴者数二万。
対して斉賀は、炎上効果もあり四万を突破している。ここまでの規模になったのは、やはり兼木扮するVtuber『玉響琴音』に行った犯行が大きいだろう。視聴者の中には彼女のファンもいるのか、「死ね」や「殺してやる」といった過激な発言も目立つ。
とはいえ、俺達が出来るのは奥へ進む事だけ。準備を整え次第、俺たちは進行を再開した。
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