第21話 高難易度ダンジョン 中層その二
かくして石油を掘り当てた俺たちだが、ダンジョン攻略はまだ終わっていない。斉賀が負けを認めるか、どこかでやられるまでは配信対決も続く。
中層もいよいよ終盤となりつつあるのが分かった。不意をつくような敵の現れ方、入り組んだ地形、高度に張り巡らされた罠。
通り抜ける度、かつて攻略を試みた冒険者たちの末路と何度も遭遇した。五体満足で死ねたなら良し。ある者は下半身を無くし、ある者は身体の右半分を食われた形跡があった。骨ごと砕かれたものもあり、一番ひどいのでは骨ごと圧縮されたものだった。不謹慎ではあるが、まるで鼻くそのように丸め込まれていた。
それらの痕跡は、突然のように姿を見せなくなった。つまり以前このダンジョンに挑んだ冒険者たちは、この辺りでリタイアしたという事だろう。かなり深部まで来ていたんだな。
しばらく歩いて、なぜ彼らがリタイアを余儀なくされたのかを理解した。突然目の前に大きな空洞が現れたからだ。道は反対側まで続いているものの、道は人一人分でやっとというくらいには細い。しかも支えという支えがないため、いつ崩れてもおかしくない状態だ。
「この道、本当に進めるんですかね」
後で兼木が、ライトで道を照らしながら尋ねてきた。試しに一歩だけ踏んでみると、下側から小石が崩れ落ちていく音が聞こえた。
「難しいな。一人でも渡ったら崩れそうだ」
足を離すとさらにぽろぽろと道が欠けていく。下に降りられないかとライトで照らしてみたが、やはり暗闇が続くだけだった。
サイガーたちと攻略したダンジョンでも、こんな空洞があったな。もしかすると、これも下層まで一直線なのかもしれない。
「どうしますか? 引き返して別の道がないか探した方がいでしょうか?」
「お言葉ですがたま――琴音様。他に道といえるようなものはありませんでした」
クシナが示した通り、このダンジョンは一本道型だ。脇道に小部屋こそあれど、交差路は入口近くのあそこしかない。仮にわき道にそれたところで、あるのは袋小路だけだろう。
「とりあえず渡ってみるか」
決して渡れない訳ではなさそうなので、ひとまずは渡ってみる。勿論安全策も考えてある。俺はリュックからロープと杭を取り出す。ダンジョンにもよるが、中にはクライミングで進むような場所もある。なのでこういった道具をそろえておくのは、冒険者の基本だ。
最初に崩れる心配がない場所へ杭を打ち込み、ロープを結んで通す。それをビレイデバイスという、腰のあたりで命綱を通す道具に通しておく。これも本来登山用具なのだが、持っておいて損はない。サイガー達の時ではいきなりだったので使えなかったが。
「琴音さんはこれ持ってる?」
一応、他の二人にもあらかじめ持たせてある。確認したのは、視聴者へ向けて知らせるためだ。
「はい、もちろんです」
「わたしも」
兼木とクシナは、リュックからビレイデバイスを取り出す。
「じゃあまず俺が渡りながら、杭を打ち込んでロープをつけていく。無事に向こうまでたどり着いたら、ロープを伝いながら来るように」
そう伝えると、二人は小気味良く返事をした。ここまで慎重を期すのは、やはり崩れた場合の為でもある。もし道が崩れた場合は、ロープを伝って壁をのぼって来れるからだ。その為の道具もちゃんと用意してある。
「それじゃあ、行ってくる」
俺はリュックから、もしもの時用にカムを数本取り出して腰に掛けておく。ロープと杭を持ちながら、ゆっくりと進む。一歩進むたびに道が崩れていくのが分かったが、無事に耐えてくれそうだ。
少し進んだ先で、二本目の杭を打つ。勿論道が道なので、慎重に打ち付ける。幸い耐えてくれたようで、ぐらつかないのを確認してから再び歩く。
登山の応用でもあるが、こういったやり方は自分から学びに行かないと習得できない。俺の場合、冒険者になりたての頃にこういった場所に出くわしたことがある。そこで登山のやり方が応用できるだろうと考えて、わざわざ学びに行ったのだ。その価値は十分にあったと言える。
三本目の杭を打ち付けて、そろそろ道も四分の三といった所。どういうわけか、奥へと進むたびに道が頑丈になっている気がした。最初の部分では歩く度に道の下が欠けたというのに、終盤はしっかりと踏み込んでも道が欠ける気配がない。そのお陰で、無事に対岸まで進むことができた。
安全な場所を確保して、杭を打ち込む。そこにロープを通して、ひとまず俺の仕事は終了。
「よし! 渡ってきて大丈夫だぞ!」
俺は両手を振りながら、入り口部分で待っていた二人に声をかける。兼木も両手を振ってこたえてから、クシナと何かを離し込む。それからクシナがロープを伝いながら、慎重な歩調で歩いて来る。道具の使い方も先んじて教えていたため、手つきこそおぼつかないが特に立ち止まるような部分もなかった。
無事にクシナが渡り終えて、最後に兼木。彼女も渡り始めたが、いかんせん一歩一歩が遅い。
「琴音さん、大丈夫か?」
一応声をかけてみたが、彼女は苦笑をうかべながらも片手を上げてこたえた。
「先ほど琴音様とお話をしたのですが、何だが怖れているように見えました」
クシナの言葉通り、兼木は怖がっているのだろう。
「大丈夫だ! もしもの時は俺が助けるから!」
そう教えると、兼木は僅かな間立ち止まる。それからこれまでよりも少し早めなペースで向かってきた。
ようやく中ごろまでたどり着いて、俺は胸をなで下ろした。あのあたりから道は盤石となっているので、よほどのことがない限り崩れないだろうからだ。その証拠に、やはり中盤辺りから道が欠ける様子がなかった。
「あのあたりから道が安定していましたね」
「クシナも分かったか」
「はい。なのであのあたりまで来れば、心配ないかと」
クシナも渡り切ることを確信していたようだ。さすがにこれで崩れるとかはないよな……。
そう思っていた時だった。ふと入口の方からライトの光が見えた。光は段々と近づき、その姿を現す。
「……やっと追いついたぜェ、松谷丹ィ!」
「斉賀……!」
「えっ!?」
その声に驚いてか、兼木も足をとめて振り返る。斉賀はひどく汚れた様子だった。体中には泥や血にまみれていて、服もぼろぼろ。血は斉賀の物ではないらしく、奴に傷らしいものは見当たらない。
「そっちは今視聴者何人だ? こっちはなぁ……ゼロだぁッヒャヒャッヒャぁ!」何がおかしいのか、気味の悪い笑い声をあげる斉賀。「このままじゃあオレの負けだなぁ。でもよぉいいこと考えたんだよォ」
「斉賀くんっ!?」
兼木がおびえた様子でロープにしがみつく。すると斉賀は俺が打った楔へ手を置いた。
「どーせマトモなやり方じゃあ勝てねぇなら、いっそ炎上しちまえばいいんだ! Vtuber玉響琴音を殺して、そうすりゃあオレは一躍有名人だぁぁぁ!」
斉賀はロープをナイフで切ると、ポケットから何かを取り出す。よく見るとそれは、科学式魔法の素だった。
「兼木! 早く来い!」
「遅ェ!」
俺が叫んだのと、斉賀の科学式魔法『エクスプロージョン』がさく裂したのは同時だった。爆発の規模こそ一メートルにも満たないが、細く支えのない道を崩すには十分だった。
道が崩れていき、ロープも垂れ下がっていく。兼木は急いでロープを伝って来たが、すでに崩壊は迫っていた。
「助けてっっっ!」
「早く! 手を伸ばせ!」
俺は兼木の手を取ろうと、腕を伸ばした。だが崩壊の方が早く、兼木は道の残骸と共に落ちていった。
「きゃあああああああああああああああああっ!」
「兼木!」
気がつくと、俺は兼木のほうへ飛び込んでいた。本来ならこんなことはしないはずなのに。ただひたすら、彼女を助けよう。その一心だった。
幸い兼木を抱きかかえるのに成功したが、このまま落ちていくしかない。
「助けてっ……!」
兼木は俺の胸へ顔をうずめた。俺はただ、そんな彼女を抱きしめてやる事しかできなかった。
このまま死んでしまうのだろう。どこかから斉賀の甲高い笑い声が聞えて来た。
でもまあ、何を考えても仕方ないよな。
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