第20話 高難易度ダンジョン 中層 ボーナスタイム

 それからも数度、同じ戦法で魔物の群れをいなしていく。科学式魔法はまだ余裕はあるが、比例して戦利品は上層攻略時点からあまり変化がない。今の時点で相場換算してみたところ、五千円にも届いていなかった。さらに使用した科学式魔法の分を差し引くと、赤字なんてものじゃない。但し科学式魔法自体は全て買いだめていたものなので、今回のダンジョン攻略でかかった費用には含まなくていいだろう。


 まあ、仕方がないとしか言いようがない。魔物から得られる素材は需要もないし、逆に供給は足りすぎている。魔物メインのダンジョンを攻略すれば、嫌という程手に入るからだ。高難易度だからと報酬がよさげだったのは上層だけなのだろうか。


 こういった造りのダンジョンは珍しくはない。難易度は高いのに得られる物品が少ないなんてのは日常茶飯事だ。特に最奥まで攻略が完了しているダンジョンは、低ランク冒険者でも安易に素材を調達できるからか、殆ど狩り尽くされている場合が多い。何よりダンジョンで得られるアイテムも、敵のように”リポップ”するわけではない。


 だからといって、延々と面白みのない戦いをし続けるのも飽きて来た。少しばかり変化が欲しいところだが……。


「あれ、あそこ道になってませんか?」


 大あくびをかましたと同時に、兼木が明後日の方向を指さす。そちらを振り向きライトで照らすと、わずかに人一人分通れるスペースがあった。


「隠し通路か」


 っていう程隠れてはいないが、基本暗闇なダンジョンにおいては、影と道の区別がつかない時もある。特に疲れによって、一層強く錯覚してしまう事は多い。


「入ってみます?」

「どうするか」


 他のダンジョンでも、この手の隠し通路は存在する。その先で待っているものはやはり、金銀財宝などだ。


 しかし昨今では、金は大した価値にはならない。どちらかというと、銀の方が需要はある。だが財宝を埋めた誰かさんは、銀よりも金を多く埋蔵してしまったのだ。それゆえ、あまり寄り道してもいい事はない。


 やめておこう。目を背けようとしたその時、ふと訪れた静寂の中に重ったるいヘドロのような音が聞こえて来た。


「……キーファンさ――」

「静かに」


 兼木の言葉を遮り、唇の前に指を立てる。空洞の反響に混じって、先ほどの音がかすかにささやいている。音を辿ってみると、どうやら隠し通路の先に繋がっているようだ。


「こっちに進もう」

「え? あ、はい」


 兼木も冒険者であり、経済事情についてはある程度知識があるようだ。だから財宝が隠されていたとしても、安易に進もうとしなかった。それゆえ、俺の指示にも困惑したのだろう。


 通路は細く長く続いていた。ライトで照らした先でも闇は続いており、時折湿った岩肌から水滴が落ちてくる。服が濡れたが気にせずに進む。


 やがてライトに反射したのか、闇の奥で何かがきらめく。近づいてみると、やはり宝石箱からあふれて金銀装飾の財宝が一面に広がっていた。まさに黄金の海、といった光景だった。


「わぁ……すごい」


 兼木が感銘の声を洩らす。しかし冷静さを保ったまま、ライトで周囲を照らしていた。一昔前なら、俺たちはもれなく大富豪になれただろう。だが第二次世界恐慌を経た今では、何の価値にもならない。金を実用化するにも、鋼や鉄といった代替品の方が安く、しかも強い。銀であれば使い道は多岐にわたる。だからこそ、金は無価値なものになってしまった。


「壮観ですね」


 ふと、クシナが呟く。


「そうか? 金なんて大した価値にならないぞ」

「そうですね。第二次世界恐慌以前なら、私もこんなふうに……」兼木は金貨の中へ潜り、中から勢いよく飛び出して金貨をばらまいた。「わーい! って喜んだとおもうんですけどねぇ……」


 兼木の言葉は、後半になるにつれトーンが落ちていく。ちなみにカメラは兼木の方に向けてない。なので視聴者には笑顔の『玉響琴音』の絵と声しか分からないだろう。


 兼木だけではなく、視聴者の反応も薄い。コメント欄には、第二次世界恐慌後の人々の感想が流れていた。


『きれいに輝いてるだろ。ウソみたいだろ。全部ゴミなんだぜこれで』

『すごいね! 溶かしても何の役にも立たないね!』

『死んだじいちゃんに見せたらひっくり返るだろうな』

『何で昔の人ってこんなに金にこだわってたの?』

『↑昔の人にとって、金は特別なものだったからね』

『ゴールドラッシュに生きた人に失礼だろうけど、今じゃ何の役に立たないもんね、金って』

『それよりたま姫に俺の黄金の――』


 呼んでいる途中で、最後のコメントは消去された。この配信サービスはかなり優秀で、卑猥な発言や単語を即座に感知すると、対象のコメントをすぐに消してくれるという。俺からすれば、もっと取り締まるべきものがあると思うんだが。そう、グロテスクな場面とか。


「……ざっと見てみましたけど、よさげなものはありませんね」


 その間に、兼木は付近を捜索してくれたのだろう。彼女は両手で包める程度の銀装飾品をいくつか手にして、リュックに詰めていた。


「どうやらお二方にとっては、あまり喜ばしい物ではないのですね」


 クシナは金貨の一枚を拾い上げて尋ねる。


「欲しいなら好きなだけ持って行ってもいいぞ」


 ダンジョンにある物には、所有権が発生しない。なのでここにある物は全て、見つけた者が好きに扱える。持っていこうが放置しようが、選ぶのは見つけた者の自由だ。


「いえ……お二人が不必要であるならば」


 クシナは金貨を手からこぼれ落とす。その時響いた金切り音は、物欲をひどく刺激した。こういった財宝に胸が躍るのは、人間の本能にその価値が刻まれているからだろう。


「もちろん、こんなものが欲しくて来たんじゃないけどな」だが俺がここまで来たのは、別の理由がある。「もしかするともっとすごいものが出てくるかもしれないぞ」

「え、すごいって……」


 兼木が困惑している間に、俺は折り畳み式のピッケルを取り出して準備する。冒険者にとってこういったアイテムは必須だ。ゴールドラッシュは終わっただろうが、だからといって炭鉱の概念そのものは失われていない。


「まあ見てろ」


 自身満々に言ったものの、賭けだった。これから掘り当てるのがお目当てのものとは限らない。だが冒険者稼業とはそういうものだ。危険だけ冒して、大した収穫無し。そんなダンジョン攻略なんて、一度や二度ではない。


「クシナ。例の物を用意しろ」

「かしこまりました」


 俺がそれらしき場所を探る間、クシナは詠唱を始める。すると何も入っていないポリタンクが一つ現れた。


「キーファンさん、何をするつもりなんですか」

「兼――琴音さんはポリタンクのキャップ開けて、そこで待ってて」


 丁度背後に来た兼木に指示するものの、どうやら状況をよく理解できていない様子だった。


「えっと、その、私よく分からないのですが……」

「いいから、俺に騙されたと思ってやってみろって」


 兼木は首をかしげたものの、俺を信じてくれたようで現れたポリタンクを持ってくる。


「キーファン様、もういくつかお出ししたほうがよろしでしょうか」


 奥でクシナが尋ねる。


「とりあえず一つだけでいい。ただ準備はしておくように」

「かしこまりました」


 クシナはいつでも詠唱ができるよう、じっとその場に立つ。


「よし……」


 俺はピッケルをしっかりと握り、岩肌めがけて突く。二人はその様子を、黙って見ていた。


 思っていたよりも作業は難航した。結構削れるくらい掘り進んだというのに、まだ出てこない。アテが外れたか。


「キーファンさん、本当に大丈夫なんですか」


 俺だけではなく、兼木も心配になっていたようだ。


「ああ。恐らくは」


 よくある話がある。もうだめかもと思い掘るのをやめたが、実はお目当ての物はすぐそこにやって来ていた。実際に出て来るとは限らないが、それでも信じる事は重要だと思う。でなきゃ俺も、冒険者としてここまで来られなかっただろうからな。


 なんて思いながら、やっぱりだめかもと考えたりもする。岩肌はかなり抉られて、人一人分はすっぽり入るぐらいにまで削られて来た。流石にこれ以上は、ムダだろうか。じゃああと一回だけ。


 そう思ってピッケルを振りかざした時だった。ピッケルの先が貫通したのが手を伝って分かった。


「ポリタンク!」


 それ以外の言葉を叫ぶ暇がなかった。奥からピッケルを押し出すように、黒い液体が噴き出て来た。


「あわわっ!」


 兼木があわててポリタンクの口でふさぐ。一瞬遅れてしまったがために、いくつかは漏れてしまった。俺も兼木も、足元に黒い液体が付着する。


「クシナ! 最大いくつくらい出せる!?」

「十つ程であれば」

「よし、十個ずつ、順に出しておくように!」

「はいっ」


 クシナは早速詠唱して、ポリタンクを十個出現させる。さらにもう一度詠唱して、十個。


「キーファンさん、もうすぐ満杯になります!」

「任せろ!」


 いつでも作業できるようにと、俺はポリタンクを四つほど取って足元に置く。兼木のもっていたポリタンクが満杯になって、すぐに俺と変わった。


「これ、どうすればいいんですか!?」

「クシナの近くにおいておけばいい!」


 はいっ、と子気味いい返事をして、兼木はよいしょよいしょと声を洩らしながらポリタンクを手に駆けていく。


 思っていた通りだった。この鼻から通って目を回すような油臭い臭い。だ。それもまっさらな。


 第二次世界恐慌の主たる原因は、この石油の枯渇にあった。アラブをはじめとた各国の石油プラントが、それまで世界を支えていた石油を枯渇させるほどに採取してしまったのだ。各国は次なる石油採掘地を探したものの、それよりも前に石油その物が枯渇する方が早かった。結果、経済破綻が引き起こされたのである。


 この冒険者稼業およびダンジョン攻略の最たる目的は、この石油の再採掘にある。冒険者という稼業を成立させた一番の理由が、このようなダンジョンで石油の発掘が確認されたからなのだ。


 石油で浸されたポリタンクが増える度、漏れた油が金財宝にかかっていく。それほどまでに出てくる石油の量は多い。念のためにと、ありったけのポリタンクを用意しておいてよかった。


「キーファンさん」採取を行っていると、頬に石油を付着させた兼木が声をかけてくる。「こんなに石油を採取したは良いんですけど、どうやって持ち帰るんですか?」

「ああ。そこでクシナの出番だ」

「はい?」


 俺は次に、クシナの方へ顔を向ける。


「クシナ! 満杯になったポリタンクを仕舞うんだ!」

「かしこまりました」


 クシナが再び空のポリタンクを出したところで、振り返り満杯のポリタンクへと向く。彼女が詠唱を始めると、ポリタンクは光を纏いながら消えていく。


「わっ、消えちゃった!」

「大丈夫。あとでいつでも”取り出せる”」

「取り出せるって……」

「クシナの特殊能力さ」ひとまず満杯になったポリタンクをどけて、空のポリタンクを噴出口に突っ込む。「クシナは物をする魔法みたいなのが使えるみたいでな、それを使ってポリタンクを出したりしまったりしてるんだ」


 この事実に気がついたのは僥倖ぎょうこうだった。元はどうやって、クシナがアメノムラクモとあの櫛を出したのか気になっていた所から始まる。


 するとどうやら、クシナは特定の品物を異空間に取り出したり、仕舞い込む事が出来るという。確認してみたところ、生物以外は出し入れできると分かった。


「そんな事が出来るんですね、クシナちゃんって」

「ただし、形を見て覚えた物だけらしい」

「それじゃあ、もし忘れてしまったら……」

「大丈夫だ。現物として家にもう一つ置いてあるし、写真も撮ってある。万が一忘れても、思い出させられるさ」

「つまりさっきからやっているのは、異空間からポリタンクを召喚して、満杯になったポリタンクを異空間へ飛ばしているってコト……ですか!?」

「その通り」


 これにより、本来持って歩けない物もいくらでも持ち出せたり、取り出したりすることができるのだ。もっともこのポリタンク自体、このダンジョンで使うとは思っていなかったが。


 もしいずれ石油を見つけることがあれば、という目的で、あくまで用意していたにすぎない。それが今日使う事になるというのは、実に運が良かった。


 ようやく空のポリタンクがなくなり、今俺が突っ込んでい分で最後という状況になっていた。石油の方は尚も噴出を続けており、一向に止む気配がない。俺は兼木にポリタンクを抑えさえて、噴出を止められそうなものがないかを探す。だがそれらしいものは一つもなかったので、適当な金の杯を取る。


「キーファンさん! もう満杯です!」


 ポリタンクの方も既に浸されていた。


「よし、一二の三で行くぞ」


 俺は杯を構えて、兼木と共に声を合わせる。ポリタンクが外れたところで、俺は杯を岩肌に食い込ませる。噴出が抑えられている間に、削り取った岩片でふさぐ。ダメ押しで金貨の詰まった宝石箱を使い、抑えた。


「……まあこれでしばらくは持つだろう」


 兼木に声をかけたつもりなのだが、肝心の兼木はその場で立ち尽くしていた。


「どうした」

「……あの、本当に私たち、石油を掘り当てたんですか」

「間違いなく、石油だろう」

「本当に?」

「ああ」


 兼木は黙りこくってしまった。声をかけても無意味だったので、俺は配信の方がどうなっているのかを確かめるため、手を拭いスマホを手にとる。


 するとどういうわけか、視聴者が登録者の数倍もいたのだ。コメント欄もびっしりと埋め尽くされて行き、濁流のように流れていた。じっくりと読みたいところだが、そんな暇さえ与えてくれそうにない。


「……あー、今更なんですが、石油を掘り当てたみたいです」


 とりあえず視聴者に声をかけてみたところ、しばらくしてコメント欄に『知ってる』という文字がいくつも投稿された。ですよねー。他にも立ち尽くしている兼木に対してのコメントや、傍らで黙々とポリタンクを隠していくクシナへの突込みなどもあった。




 

 しばらくしてポリタンクを全て隠し終えたところで、一旦休憩を取ることにした。ふと気になったので、斉賀の配信を見てみる。こちらは右肩上がりだというのに対して、なんと向こうは既に視聴者が俺一人だけになっていた。それもそのはず。画面に映っているのは何もないダンジョンの光景だけであり、斉賀が薄汚い息を漏らしながら進んでいく姿しかなかったからだ。


 最後のコメントは特に空しかった。


『もういい加減諦めなよ』


 最後の視聴者がそう教えたのだろう。既に仲間もおらず、視聴者もいない。肝心のチャンネル登録者数も、千くらいあったのにゼロになっていた。


 もはや決着はついたも同然だった。なのに斉賀は諦めず、配信を続けるらしい。空しい努力だなと思い、奴の配信ページを閉じる。

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