第19話 高難易度ダンジョン 中層その一
中層に入っても景色は変わらない。暗い洞窟のような場所に、時折骨や錆びた武器のようなもの、茶器や食器類の欠片みたいなのがあるだけだ。
歩き始めて数分、クシナの言っていた敵のいる場所が見えて来た。俺は全員に静かにしゃがむよう手で合図をする。様子を伺っていると、隣に兼木がやって来た。
「中層は魔物の巣窟みたいですね」
「ああ、しかも」ぱっと見、通常のダンジョンで見かける数の比じゃない。「かなりの群れだ。多分百はいる」
「……え、百?」
「ああ」
と教えたものの、兼木は信じられないようで何度も交互に見やる。そこで鞄から暗視スコープつきの双眼鏡を渡してやった。
「これで見てみるといい」
「ありがとうございます。どれどれ……」兼木は双眼鏡を見てすぐ、引きつるように声を洩らして、しりもちをつく。「ゆ、ゆりっ……キーファンさん! すごい数ですよっ……!」
配信を忘れて、一瞬本名で呼ぼうとする兼木。それぐらい驚きを隠せなかったのだろう。
「だろ」
「だろ……じゃなくてですねっ。あんな数、どうやって倒すつもりなんですかっ!?」
「その為に科学式魔法がある。試しに使ってみるから、よく見ておくといい」
俺はポケットから科学式魔法の素を取り出す。ストックはポケットにしまい直して、三種それぞれを一つずつ。
「本当に大丈夫なんですよね? よね?」
焦っているのか、二度も尋ねる兼木。
「もっと多い数を相手取った事もある。この方法が意味なかったら、とっくに俺は死んでるさ」
「……わかりました。気を付けてくださいね」
「二人は隠れているように」
はい、と兼木が返事を寄越して、俺は立ち上がる。
目の前の敵は、百以上は居る。見つかった瞬間、奴らは俺目掛けてくるだろう。しかし知能がない以上、搦め手は使って来ない。
その性質に甘えて、奴らを一瞬でカリカリに焼き上げる。俺はまず電気の魔法『エレクトロチェイン』の素を構える。次に、魔物の群れ目掛けて全速力で賭ける。
「ちょっ!? キーファンさんっっっ!?」
後で兼木の驚愕する声が聞こえたが、振り向く必要はない。ある程度近づくと、魔物の群れ百匹以上がこちらを向く。種類もクシナが教えてくれた通りだ。八足のアリのような魔物『カサドレス』、蛾のような魔物『モス』、サソリの魔物『スコーピオン』。それらが三種混ざり一斉に向かってくるさまは壮観だ。
俺は群れへ跳躍して、魔物を踏み台にする。そこで早速『エレクトロチェイン』の魔法を配置し発動。光る鎖のようなものを引きながら、円を描きつつ魔物の上を走る。中心部まで来ると、そこに次の科学式魔法『フレイムスロアー』を群れの真ん中へ配置。そのままかけて、群れの端まで到着すると水の魔法『アクアピラー』を置いてすぐに発動させる。水柱が現れて、ダンジョンの道を塞いだ。
そのまま円を描きつつ、元の場所へ戻る。鎖が一周したところで、早速『エレクトロチェインを発動。外側にいた魔物たちは、電気の通った鎖に当てられる。内側の魔物たちも身動きが取れない。
そこで最後の仕上げ。足元に『アクラピラー』の素をもう一つ配置し、即座に発動。目の前にも水柱が出て来た。それから『フレイムスロアー』を発動。水柱の脇から、業火があふれ出る。ダンジョンの周囲が明るくなり、水柱の向こう側では電気と炎でもだえ苦しむ魔物たちの悲鳴が沸き上がる。
やがて悲鳴が終わると、魔法もそこで途切れる。水柱がどいた先では、魔物だった焦げカスが一面を覆い尽くしていた。
「……すごい、あんなにいた魔物たちが、一瞬で……」
安全になったのを確認した兼木が、隣にやって来る。その脇にはクシナもいた。
「お見事です、由り――キーファン様。あれほどの敵を、瞬く間に灰燼に帰すとは」
「こうやって科学式魔法を組み合わせれば、効果は絶大になる。次は二人でやってみるといい」
やり方は覚えたはずだろうに、なぜかクシナも兼木も直立不動になった。
「……どうした」
「あの、キーファンさん。非常に申し上げにくいんですが……」
「力及ばず、わたし達ではあのような芸当は不可能です」
震え声になりながら、二人は科学式魔法の素を取り出して俺に渡してくる。
「そんなに難しくはないんだがな。全速力で魔物の上に飛び上がって、全速力で魔物の上を駆け抜ける。それだけだぞ」
「キーファンさん程なら簡単なのでしょうけど、私達にはとても……」
「なので、手間をおかけしますが……」
よほど自信がないのだろう、二人とも手をひっこめない。仕方がないので、受け取っておく。
「ただ走るだけなのに」
「キーファンさんだから出来るんですよ」
「はい、その通りです」
だが俺は、二人の意見に納得できない。こうなれば、より多数の意見が欲しくなる。
そこで俺は、視聴者にも意見を聞こうとした。スマホを向けて、尋ねてみる。
「どうやら琴音さんとクシナちゃんはこのやり方が出来ないと仰って――」
放している最中に、配信のコメント欄が嫌でも目に入る。そこでは満場一致の意見で溢れていた。
『無理です』
『無理やろ』
『いやいや絶対無理』
『そもそも魔物に向かって飛び移るとか』
『キーファンさんって死ぬの下手なんですね。俺なら飛び移る前に死ねるっていうのに』
最後のコメントは罵倒なのか褒めているのかは分からないが、とりあえずできないって意見と受け取っておくか。
「ほら、”お友達さん”もこう仰っているんですから」
端から覗くように、兼木が顔を近づけてくる。
「……本当に難しくないんだがな」
そもそもこの戦法を編み出した時から、一度も失敗したことがない程なのに。まあきっと恐怖心が勝って、うまく動けないからだろう。
ひとまず戦利品の回収を行っておく。残念ながら魔物は死者と違い、あまり有用な戦利品を落とさない。なので魔物の素材を使って武器や防具を……とか、魔物からレアな武器が……みたいな事はほとんど起きない。あるとしても、過去の文化に例えるなら『宝くじで一等を当てる』ほうが簡単だろう。なので冒険者共通の認識として、魔物しか出てこないダンジョンはマズいというのが当たり前である。その癖数は多いしうざったるいしで、相手をする意味が全くないのだ。
ただし百を一々切り倒していくのも骨が折れる。俺は構わないが、クシナと兼木の事を考えれば尚更だ。きっと二人では、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます